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もどかしくも、繊細。この2人の関係を、あなたならどう表しますか――注目の直木賞候補作

  • 2023.1.11

一穂ミチさんの小説『光のとこにいてね』(文藝春秋)が、第168回直木賞候補となった。2021年に同賞候補となった一穂さんの『スモールワールズ』(講談社)は短編集だが、本書は460ページ超えの長編だ。

主人公は2人の少女。裕福な医者の家庭で生まれ育ち、私立の一貫校に通っている小瀧結珠(こたき・ゆず)と、団地の一室で母親と暮らしている校倉果遠(あぜくら・かのん)だ。2人の出会いは、小学校2年生のときに突然降ってきた。

運命的な出会いと、突然の別れ

ある日の放課後、結珠は母親に連れられて、家から離れた団地にやってくる。母親は「ボランティアなの」と言ったが、訪ねた部屋にいたのは見知らぬ男の人だった。「降りた階段のところで待ってなさい」と、結珠は一人で残される。

下に降りて敷地内の公園に出ると、向かいの棟の5階の端のベランダから、同じ年頃の女の子が身を乗り出していた。結珠がおそるおそる近づくと、女の子も結珠に気づき、目が合った。そのとき結珠は、自分でもなぜそうしているのかわからないまま、彼女に向かってめいっぱい両手を伸ばした。まるで「落ちておいで」とでも言うように。女の子はすぐ部屋に引っ込んで階段を駆け下り、結珠のもとまでやってきた。それが果遠だった。

結珠と母親は毎週団地にやってくるようになり、「ボランティア」を待つ間、2人はこっそり遊ぶようになる。対極の環境で生まれ育った2人だったが、結珠が果遠に三つ編みのし方を教えたり、果遠が鉄棒でたくさん回ってみせたり、結珠が習っているピアノを弾いて聞かせる約束をしたりと、互いの違いが新鮮だった。しかしそんな日々も、結珠の母親が突然団地に行かなくなって、失われてしまう。

8年越しの再会、でも......

2人は8年後、高校で再会する。結珠が通い続けていた一貫校に、果遠が受験して入ってきたのだ。しかも、家の経済状況は変わっておらず、特待生になり奨学金を利用しての入学だった。2人は同じクラスになったもののどちらからも声をかけられず、初めて話すことができたのは偶然トイレで2人きりになったときだった。果遠は、団地に結珠が着てきていた制服を手がかりに学校を探したと話す。朝と夜にバイトをし、昼休みは図書室で寝ているという果遠に、結珠は「何で?」と尋ねた。

ぐにゃぐにゃの頼りない私には、果遠ちゃんのなりふり構わないまっすぐさが怖かった。(中略)
「何で私なんかのことで、そんなに頑張っちゃうの?」

すぐに元通りの仲良しに戻らないのが、この小説のにくいところだ。互いに宝物のような思い出の人でありながら、2人は距離を測りかねる。果遠はためらいなく「結珠ちゃん」と呼んだが、結珠は「校倉さん」と呼び、果遠も遠慮して「小瀧さん」と呼ぶようになる。でも、交互に視点が変わる地の文では、どちらの視点でも「結珠ちゃん」「果遠ちゃん」という名前のまま。友情と言うにはあまりに複雑でもどかしい関係性が、繊細に描かれていく。

そして高校生の2人も、果遠の母親の事情で、またもや突然に引き裂かれる。そして次の再会は、なんと14年後だった......。

恋愛ではない、でも友情以上の特別な関係

一穂さんは本書について、朝日新聞社のインタビューでこう語っている。

「誰もが持ち得る、名前のつけられない感情、名前のつけられない関係を描いたつもりです」
(好書好日「一穂ミチさん『光のとこにいてね』インタビュー 惹かれ合う女の子2人の『名前のつけられない関係』描く」より、2023年1月10日最終確認)

結珠と果遠の「名前のつけられない関係」をあえて分類するなら、「ロマンシス」が適当だろう。「ロマンス」と「シスターフッド」を組み合わせた造語で、恋愛ではないが友情以上の、女性同士の強い結びつきを意味する。「ロマンシス」を描いた他の作品には、2022年に実写映画化されたコミック『マイ・ブロークン・マリコ』(KADOKAWA)などが挙げられる。

一穂さんはもともと、男性同士の恋愛を描くBL(ボーイズラブ)ジャンルの作家だ。同性同士の関係性を題材にすると、男女のラブストーリーのように恋に落ちて告白して付き合って......という型をそのままなぞれない場合が多い。交際や結婚を前提とする「恋愛」の型にはまっていなくても、誰かを友達以上に強く思う気持ちは、誰もが持ち得る感情だ。そんな「名前のつけられない感情、名前のつけられない関係」が、一穂さんの描きたいものなのではないだろうか。

家庭の不自由さと違いを乗り越えて

本作が描いているもう一つの大きなテーマが、「母娘」だ。母親のおかげで出会い、母親に引き裂かれる2人だが、それぞれの家庭の中にも息苦しい母娘関係がある。結珠の母親は勉強や生活態度に厳しく、ずっと「うっすらつめたい」「嫌われている」と感じている。一方で、自然派スーパーで働いている果遠の母親は、添加物を嫌って給食もお菓子も食べさせず、シャンプーのかわりに塩とお酢を使わせる。そのせいで、果遠は小学校で「くさい」と避けられていた。

理不尽な母親たちは、「毒親」とも言えるかもしれない。しかし彼女たちの中では、母親は絶対悪とは限らない。果遠はどれだけ母親に振り回されても、「まあまあ好き」と思っている。結珠は、母親のいないところでもしつけられた通りに振る舞っているのを自覚し、それをこんなふうに表現している。

「呪縛」とか「束縛」という単語には、縄や鎖でぐるぐる巻きにされるようなイメージがあるけれど、ママの存在はたとえるなら私という布地をまだらに染めている【しみ】のようなもので、ほどいたり外したりできない。どんなに漂白を繰り返そうが真っ白にすることはできないし、しみの部分を切り取って縫い合わせたらそれはもう自分じゃない。(【】部は傍点)

親の教育が「しみ」のように生活習慣や考え方に染み込んでいると感じる人は多いのではないだろうか。結珠と果遠の家庭環境はどちらも極端だが、その中で感じる不自由さや、それでも憎みきれない思いは、多くの読者に共感されるのではないかと思う。

全く違う家庭で育ち、振る舞いも考え方も正反対で、片方にとっての当たり前はもう片方にとっての別世界。でも、だからこそ結珠にとっては果遠が、果遠にとっては結珠が、どうしようもなく輝き、愛おしく見えるのだ。環境の違いを乗り越えて互いを思いやっていく2人の、人間的な成長も見どころだ。結珠と果遠がどんな運命をたどり、どんな関係を育むのか、ぜひ本書を通して見守ってほしい。

■一穂ミチさんプロフィール
いちほ・みち/2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。劇場版アニメ化もされ話題となった『イエスかノーか半分か』などボーイズラブ小説を中心に作品を発表して読者の絶大な支持を集める。2021年に刊行した、初の単行本一般文芸作品『スモールワールズ』が本屋大賞第3位、吉川英治文学新人賞を受賞したほか、直木賞、山田風太郎賞の候補になるなど大きな話題に。主な著書に『ふったらどしゃぶり When it rains, it pours』、「新聞社」シリーズ、『パラソルでパラシュート』『砂嵐に星屑』(山本周五郎賞候補)など多数。

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