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"AI巨匠" Midjourneyと絵本を共作。「偶発性」という難題に挑む――スガワラトモコさんインタビュー

  • 2023.1.3

西洋画を思わせる、写実的で美しい少女の絵。見る人の背後を見通しているかのようなその瞳に、なぜか胸がざわつく。絵本『りんご姫』の最初のページの挿し絵だ。

この絵を描いたのは、なんとAI(人工知能)。『りんご姫』は、入力した指示にしたがって瞬時に絵を描き出す画像自動生成AI「Midjourney(ミッドジャーニー)」に、すべてのページの絵を描かせて仕上げた作品だ。

この新しい試みを行ったのは、AIアーティスト(※)のスガワラトモコさんと、神奈川県の出版社・楽人塾(らくじんじゅく)のメンバーだ。絵本の発案者であり、Midjourneyと「共作」をしたスガワラさんに、制作のきっかけや苦労したこと、AIの可能性についてお話を伺った。

※ここでは、AIに指示を出し、希望のアウトプットを出させる技術に長けた人の意。

AIが提示した4人のプリンセス候補。選んだはいいが...

本作で「AIアーティスト」デビューをしたスガワラさん。これまでグラフィックデザイナーとして、企業広告からガラス製品にいたるまで、さまざまな商業デザインを手掛けてきた。「アーティストだなんて気恥ずかしいけれど、ほかに適当な肩書もなくて(笑)。最初はただMidjourneyで遊んでみたかっただけで、出版しようなんて気持ちはまったくなかったんです」と明かす。

「Midjourneyは、人間の指示に従って完成度の高い絵をあっという間に生成してくれる、絵が苦手な人でもプロ並みの絵が描けるAIです。確かにすごいけれど、それだけだとただ"いい絵"を出しておしまいになっちゃう。もっと面白くするには何かゴールを設定したほうがいいと思ったんです。そこで、絵本を作ってみたらどうだろうか、と。物語があれば、『こういう場面じゃなきゃいけない』というゴールができるので。」

そこでスガワラさんは即興でストーリーを考え、Midjourneyを使って絵本を試作することにした。

「最初は『シンデレラ』とか『白雪姫』など誰もが知っている童話で試そうと思ったのですが、昔の作品とはいえ著作権のことなどを考えるとオリジナルの話のほうが使いやすい。プリンセスの物語がいいな、とソファにゴロンと寝転んで考えていたら、"りんご姫"という名前がぽんっと浮かんできたんです。」

思いつくままに、物語をスマホでざっと入力し、文章に合わせてページ割りをすると、絵が必要な場面は20あまり。スガワラさんはまず「りんご姫」のキャラクターづくりに着手した。Midjourneyに「little princess(リトルプリンセス)」と指示を出すと、イメージとは違う4、5歳の女の子が表示された。「"little"だとそこまで小さくなっちゃうのか」と、今度は「ten years old(10歳)」と具体的な年齢を入力してみる。指示は日本語でもできるが、英語の方がより伝わりやすい。翻訳ソフトも使い服装や絵のタッチ、背景などをさらに細かく指示していくと、4人のプリンセス候補が提示された。

「この子にしよう」と決めるまでにさほど時間はかからなかったが、直後に壁にぶつかった。Midjourneyの難点は、同一キャラクターを出せないことだ。まったく同じ単語を入れても、同じ人物を描いてはくれない。何が出てくるかわからない「ガチャ」のような偶発性は、1枚の絵を描くのには面白いが、同じ主人公が何ページにもわたって登場する絵本を作るにはあまりにも不都合だ。ページごとに条件を入れ直し、最初に決めた「りんご姫」に似た人物が出てくるまで、指示を調整しながらガチャを回し続けるしかなかった。

「どんな絵が出てくるかはまさに"巨匠"の気分次第。ページごとに似た人物を選び、目の位置や輪郭をフォトショップで調整するなど最低限の手は加えましたが、基本的にはMidjourneyが表現したものを崩さないようにしています。AIでどこまで描けるかを見てみたかったんです。」

そうしてできた試作品を楽人塾のメンバーに見せると、代表の藤田直之さんをはじめ集まったメンバーたちはみな、「面白い!」と盛り上がった。楽人塾には、普段は会社員として働いている人たちが副業のようなかたちで参加している。「どうせやるなら本気で、売るつもりでやったほうが絶対面白い」と言う藤田さんの指揮のもと、あれよあれよという間に『りんご姫』プロジェクトが始動した。

みんなで紡いだ新しい物語

『りんご姫』は、ポム王国の姫が10歳の誕生日を迎える前日に、一人で旅に出る場面から物語が始まる。行く先々で出会った人々の何げない言葉に傷つき、自信を失っていくりんご姫だが、<森の老婆>と共に過ごすことで自分を見つめ直し、しなやかに成長していく――。

物語はスガワラさんが考えた原案に、5人のメンバーが意見を出し合い、肉付けをしていった。あるメンバーの「自分の体験を反映してみたら?」というアイディアが、『りんご姫』を単なる「おとぎ話」から「自分と対話する物語」へと成長させるきっかけになったとスガワラさんは振り返る。

「容姿を笑われたり、ふとしたひと言に傷ついたり、世の女性は少なからず私と同じような体験をしたことがあるんじゃないかと思います。無垢なりんご姫が世の中を知って、傷つきながらも自分と向き合い、前向きに一歩を踏み出していく。そこに私自身の過去の体験や当時の気持ちを載せることで、読者に共感してもらえるんじゃないか。私一人で考えていては、そこまでの発想には至らなかったので、これはみんなで紡いだ物語です。絵本の作者って1人か、絵とお話を別の人が書いても2人。ひとつの物語を複数の人が考えた作品ってあまりないですよね。その意味でも新しい試みになりました。」

骨子が固まったところで、挿し絵もブラッシュアップしていった。Midjourneyでは同一人物が出てこないことに加え、苦労したのがりんご姫の表情だったという。

「微妙な表情を出すのが難しかったですね。『笑っている』と指示すると大爆笑、『泣いている』と指示すると、うわ~ん!みたいな号泣レベル(笑)。にっこりするとか、ホロリと涙を流すくらいがいいのですが、さじ加減が難しくて。『少し口を開ける』とか、『歌っている』といった具合に表現を変えて、狙った表情になるまで試行錯誤しました。」

ほかにも、服装が変わってしまったり、背景の城の形が違ったりするのはまだいい方で、森の中にポツンと生首が置かれている場面など、怖すぎる「提案」も。「絵本とは別に失敗集を出したいくらい(笑)。どうしてそうなった?!って、意図が分からない作品が出てくるのもMidjourneyの魅力です」。

「巨匠」の気まぐれにはさんざん振り回されたが、一方で、AIの表現が期待を大きく上回ったことも。スガワラさんが特に気に入っているのは、りんご姫が<森の老婆>の言葉にはっとして目を見開く場面だ。「ものの見方次第で世界が変わる」というメッセージがより伝わるよう、りんご姫の表情に合わせて壁紙の柄も華やかに変化するものを選んだ。

最新ツールを使って描く「むかし話」

Midjourneyの絵は重厚でダークな色調と立体的な表現が特徴的だ。これまでの絵本とは趣が異なるが、「その点も含めて、斬新な作品になった」とスガワラさんは言う。

「最初に"お姫様もの"にしようと決めて、参考の絵本を探しに本屋へ行ったら、シンデレラや白雪姫などの絵本ってほぼディズニー。トラディショナルな挿し絵のむかし話っていま、意外とないんだなと気づきました。制作途中で面白いと思ったのは、AIという最先端のツールを使っているのに、結果的には昔ばなし風の絵になったこと。幼い子が読み聞かせてもらいながら、"むかしむかし"をイメージできる、美しい仕上がりになったと思います。」

小さな子から大人まで楽しめる『りんご姫』。特に20~30代の女性が「自分と対話するきっかけになれば」という願いを込めた。「絵本なのか自己啓発書なのか、それも新ジャンル」と笑う。

最後に、「アートにもAIが進出してきたことをどう思うか」と尋ねると、スガワラさんは「表現の幅が広がってよかった」と肯定的だ。

「それは、私がグラフィックデザイナーで、絵はデザインを構成する一つのパーツと捉えているから言えることかもしれません。イラストレーターや画家のように絵を本業にしていたら、仕事を奪われる危機感を抱いたかも。でも、少なくとも私にはこのタッチの絵は描けませんし、それを自分の作品として世に出せるのは、すごく面白い。Midjourneyの偶発性にインスピレーションをもらって、物語を膨らませることもできました。
AIはどんどん進化していくと思います。それを恐れるのではなく、『どう面白がるか』というところを、これからも模索していきたいです。」

■スガワラトモコさんプロフィール
絵本作家・AIアーティスト。東京生まれ、埼玉育ち。専門学校卒業後、HOYAクリスタルカンパニー他インハウスデザイナーとして勤務の後、フリーランスのグラフィックデザイナーとして活動中。子どもや女性向けのPOPでカラフルなデザインが得意。クリエイターの可能性を広げるための活動やAIを用いた表現を模索中。

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