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「140字ごはん」で話題の文筆家の珠玉のエッセイ。

  • 2022.12.31

『泣いてちゃごはんに遅れるよ』

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寿木けい著 幻冬舎刊 ¥1,540

寿木けいさんを知ったのはTwitterの「きょうの140字ごはん」だった。カブとイチジクのサラダ。春菊とパルミジャーノのお蕎麦。意外な組み合わせのレシピには、繰り返し作りたくなる確かなおいしさがあった。料理もさることながら、惹きつけられたのは抑制が効いたその言葉だ。余分なものをそぎ落とすには、修練がいる。短いレシピの向こうに、凛とした暮らしの気配が垣間見えるようで、この人は一体何者なのだろうと思っていた。

『泣いてちゃごはんに遅れるよ』は、その意味では、文筆家としてあらためて自己紹介をするようなエッセイかもしれない。富山県に生まれ、大学卒業後は編集者として働きつつ、執筆活動を始めた著者が人生の折々で感じてきた想いが、鮮やかな小景とともに綴られていく。

「毎日料理をする中で、私はひとつひとつ、小さな工夫を手ごたえに変えてきた」「探しものはなんだって、一本道をゆくものでないことは、もう、じゅうぶん承知だ」。働くこと、夫婦のこと、家族のこと、すべては日々のやりくりの中にあることをこの人はよく知っている。生きていくことは思うに任せないことの連続だ。当たり前に思えた日々が当たり前ではないことを知ってから始まる景色がある。これは人生の曲がり角を曲がったことのある人の言葉なのだ。ケセラセラ、なるようになるわ、先のことなどわからない。ドリス・デイの名曲「ケセラセラ」のサビの歌詞を自分ならどう訳すか。その答えにシビれた。不本意な現実を受け入れ、それでも前を向こうと腹を括ったことのある人なら、腹落ちする言葉がいくつも見つかるはずだ。

須賀敦子。庄野潤三。池波正太郎。沢村貞子。著者の背骨をつくってきた先人たちの顔ぶれになるほどと思う。「私は私らしく生きていくという道標は、自分のなかにしか見つけられない」。最後の一行にたどり着いた時、背筋がスッと伸びる感じがした。心強い相棒のように、繰り返し読みたくなるエッセイだ。

文:瀧 晴巳 ライターインタビュー、書評を中心に執筆。西原理恵子著『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』 (KADOKAWA刊) 、吉本ばなな著『「違うこと」をしないこと』(角川文庫)など、構成も多数手がける。

*「フィガロジャポン」2022年3月号より抜粋

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