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「国内ならどこでも居住可能」な超リモート体制は、会社と働き方をどのように激変させたか

  • 2022.12.28

創業わずか4年で急成長したペイペイが提唱するのは、好きな場所で、好きな時間に、自由に働き、パフォーマンスを発揮する新しい働き方。社員が仕事とプライベートを両立するだけでなく、人生をより楽しむ姿が見えてきた。

“以前の働き方には戻らない。問題があれば改善していく”

スマホ決済サービス「PayPay(ペイペイ)」。今や私たちの身近な存在となっているサービスだが、創業してまだ4年、サービススタートから3年半しか経っていない若い企業だ。ヤフー社とソフトバンク社の2社からなる共同出資会社が、インドの電子決済サービス企業Paytm(ペイティーエム)と連携して2018年に創業。たった3年で誰もが知るサービスを築き上げた快進撃は周知のとおり。そんなペイペイも20年9月から完全在宅勤務制に転換。今どきの若い企業が行う完全在宅勤務の在り方とは……。常務執行役員 CAO兼CHRO コーポレート統括本部長の走出そで雅紀さんに、完全在宅勤務となった経緯を伺った。

PayPay常務執行役員 CAO 兼 CHROコーポレート統括本部長 走出雅紀さん
「人材不足という課題にも対応」PayPay常務執行役員 CAO 兼 CHROコーポレート統括本部長 走出雅紀さん(撮影=田子芙蓉)

「ジャパンネット銀行(現・ペイペイ銀行)在籍時に『電子決済サービスを始めるからやってくれないか』と打診されたのが18年のゴールデンウイーク。翌月には会社を立ち上げ、10月にはサービスがスタートしました。企業風土の異なる2社からなる共同出資会社。ソフトバンク社はせいせいと営業活動を行っていくトップダウン型であるのに対し、ヤフー社は一人一人がこだわって開発していくボトムアップ型。

技術提供しているペイティーエム社はわれわれとまったく違う感性でシステム開発に取り組むインドの企業。創業時はいつも車座になって、『キャッシュレスにはこんな未来がある』などとヘタな英語とヘタな日本語でかんかんがくがくやっていました。だから、フェイス・トゥ・フェイスで事業を進めることが自分たちの強みであり、それが事業スピードの速さにつながっていると思っていました」

事業拡大に伴い、経験やバックグラウンド、国籍を問わず人材を随時募集。毎日入社してくる社員に合わせ、完全在宅勤務にシフトするまでの2年間で2回の引っ越しを経験。創業時からシェアオフィスに本社機能をおき、出社型の働き方に合わせたフリーアドレス制のオフィスは、引っ越しのたびにフロア面積が拡張されていった。

Work From Anywhere at Anytime

そんなペイペイが、日本国内の好きな場所で、好きな時間に、自由に働き、パフォーマンスを発揮する新しい働き方として、“Work From Anywhere at Anytime(以下WFA)”を発表したのは20年8月。その後、コロナ禍での3回目となる引っ越しは、拡張ではなく縮小に転じた。社長や役員の席はなく、総席数は出社率の上限として定めた25%分しか用意されなかった。

「出社制限を受け、20年3月からリモートワークを導入。最初は、暫定的に感染リスクを避けるためのものでしたが、2カ月ほどリモートで働くと、社長をはじめ、私も生産性が上がる働き方かもしれないと感じ始めたのです。それで、5月ごろから完全在宅勤務の可能性を探りはじめ、9月にはWFAとして正式にスタート。

もしかしたら、反対意見もあったのかもしれませんが、コロナ禍の脅威を前に事業スピードを落とさず、安全に仕事をするためにはやむを得ませんでしたし、人材確保にもつながる働き方。普通なら、石橋をたたいて渡らなければならないのでしょうが、語弊があるかもしれませんが、僕らは『石橋があるなら、渡ってから考えよう』という、失敗に対して鷹揚な気持ちで対処する企業風土があります。それで“100億円あげちゃうキャンペーン”でシステムを止め、家電量販店に長蛇の列をつくってしまったこともありましたが、そのつど反省し、改善してまいりました。でも、それが事業スピードを支えてきたのも事実です。

今のペイペイには、通常の企業にあるミッション・ビジョン・バリューがありません。われわれは日々変わっていきたいので、言葉にすると変われなくなるんですよ。でも、人材募集時に弊社がどういう会社か理解してもらえないので、働くうえで大切にしていることを『PayPay 5 senses』として5つ提示しています。なかでも『スピード』は最も重要な要素。

われわれはユーザビリティを大切にしていますが、それはお客様に対してだけでなく、社員に対してもそう。社員の満足度を上げることは生産性を上げること。顧客や社員のユーザビリティを上げるにはスピードがいちばん大切。やってみて、不備があればPDCAを回してどんどん改善すればいいじゃないかという考え方が設立時から根付いていますから」(走出さん)

コロナ禍による緊急事態宣言が出てからの半年間、非接触ニーズの高まりを受け、ペイペイはコロナ禍を追い風に事業を急拡大させていく。出社制限が求められるなか、スピードを落とすことなく事業を拡大し、それに伴う増員に対応できたのは、リスクを恐れず、チャレンジを繰り返す企業風土があったから。しかし、出社型から在宅勤務への転換で業務上困ることはなかったのだろうか。

「整備しなければならないことは多々ありましたが、困ったことはありません。あったとするとホワイトボードが使えないことくらい(笑)。エンジニアはホワイトボードを使って議論したい人が多いので、代替品を急務で探しました。でも、海外はリモート対策では先駆けているので、ホワイトボード機能が使えるサービスをすぐに見つけることができました」(走出さん)

PayPayのオフィス変遷
人事業務をシステム化して社員の動向を把握

入社して2年の人事部人事企画兼HRBPチームの萩原佑一さんは、出社型の働き方からの転換を人事部という立場でどう捉えたのだろうか。

人事部人事企画兼HRBPチーム 萩原佑一さん
「地元のバスケチームに所属」人事部人事企画兼HRBPチーム 萩原佑一さん

「事業成長のスピードが速く、コロナ禍前とは事業フェーズもまったく違うので、在宅勤務になったから業務内容が変わったとは言いきれない状況です。以前は、全社員の顔がわかっていたし、現場に直接出かけることで、様子を把握できていましたが、今は社員数も増え、把握することは不可能。だから、人事部としても考え方を切り替え、フェイス・トゥ・フェイスにこだわるのではなく、いかにオンラインでマネジメント層や現場のキーマンを巻き込めるかがポイントになっています。

ただ、長引くコロナ禍で、1年ほど前からコロナ疲れなのかコンディションをくずす社員をみかけるように。出社ベースで働いているなら、『最近様子がおかしい』と気付けたこともリモートでは無理なので、社長とも相談して、コンディションを可視化するシステムを導入。2週間に1度、仕事や対人関係、健康について回答してもらい、変化が見られる人には保健師の面談を受けてもらうという方法で社員のコンディションを把握するように。

こういった取り組みを続けたおかげで、健康管理だけでなく、休職・退職する社員の傾向もデータで把握できるようになりました。退職する人は不満を口にしてくれるのでわかりやすいのですが、仕事に疲れて休職する人は、真面目で頑張り屋さんに多い傾向があり、直前まで気持ちを伝えてくれないことも。だからこそ、システムから得られるデータが大変役立ちます。オンラインで日本全国の社員とコミュニケーションが取れることを考えると、フェイス・トゥ・フェイスがすべてじゃないと感じるようになりました」

萩原さん自身、完全在宅勤務になってすぐ大阪に家族で引っ越した。和歌山に住む母親が孫にすぐ会える環境をつくることができたうえ、通勤時間がなくなったぶん、余暇には小学生から続けているバスケットボールを社会人チームに入って楽しんでいるそう。

「もし、完全在宅勤務にならなかったら、大阪に引っ越そうとは考えなかったでしょう。在宅勤務になったからこそ生まれた選択肢です。仕事でもプライベートでもWFA導入の恩恵を受けています」(萩原さん)

持ち回りで出社し、社員のITインフラを管理

従業員が快適でセキュリティー上、安全に業務を遂行できるようサポートするエンタープライズエンジニアリング部IT基盤チームの藤川大さんは、業務上、チーム持ち回りで出社対応している。

エンタープライズエンジニアリング部 IT基盤チーム 藤川 大さん
「21年10月に第1子誕生!」エンタープライズエンジニアリング部 IT基盤チーム 藤川 大さん

「セキュリティー対策を行ったパソコンや携帯電話を用意したり、社内システムを運用したり、オフィスのITインフラに関わる業務全般が私たちの仕事。オンラインで業務が完結する部署ではありません。WFAが始まり、どうしたら在宅で業務ができるかを考えると、パソコンや携帯電話の準備や発送作業など物理的に在宅でまかないきれない業務が残ります。だから、25人ほどのチーム内で1日4〜5人ほど出社して対応しています。

でも、それは大きな問題ではなく、私たちがいちばん問題視したのは、毎日入ってくる新入社員が入社初日にZoom(ウェブ会議システム)をつなげることができるかどうか。1度も出社せずに、安心して業務を開始できるようにサポートすることでした。ITに詳しい人ばかりが入社するわけではなく、外国籍の人も増えているのでテキストで情報発信する大切さも痛感しています。

しかし、盲点だったのが、各家庭のインターネット環境が有線LANやWi-Fiルーター、モバイルルーターなど、さまざまだったこと。トラブルが発生したときに、機器の問題なのか通信環境の問題なのかを把握できずに困りました。ただ、家庭の通信環境は皆さんにお任せしているので、年10万円の在宅手当で対応してもらっています」

昨年、第1子が誕生したばかりの藤川さんは完全在宅のおかげで家族と過ごす時間を多くもてるようになったことに大きな喜びを感じている。

「日々成長していくわが子と一緒にいられる時間が増えたことがとてもうれしいですね。もう、元の働き方には戻れません」(藤川さん)

社員出社率の変化
多くのセクションと連携する仕事もリモートで完結

韓国籍のパク・ガラムさんが所属するのは事業推進部サービス企画チーム。韓国の大学で日本語を専攻していたことから、4年前、卒業を機に日本へ。1年前、ペイペイに転職を決めた。

事業推進部 サービス企画チーム パク・ガラムさん
「入社と同時に広島へ移住」事業推進部 サービス企画チーム パク・ガラムさん

「コロナ禍での転職活動はすべてオンラインでした。でも、コロナ禍ですから特別なことだとは思いませんでしたね。入社が決まったときは東京に住んでいたのですが、国内であればどこに住んでも働けると知り、広島へ引っ越しました。広島を選んだのは、平和の街に住んでみたかったから。

私の業務は、加盟店とペイペイユーザーをつなぐ新サービスを探るというもの。営業部門やエンジニアチーム、マーケティングチームなど、さまざまなセクションと連携して業務を進めますが、基本的にリモートで仕事は完結します。月に1度、東京本社に集合してチームビルディングを行うなど、直接コミュニケーションを取ることもあり、たまの出張が楽しみでもあります。東京に住んでいたころは、九州や四国はとても遠いところというイメージでしたが、今は気が向けばすぐに行ける場所。1年間、広島に住んで、次はどこに住もうか思案中。6カ月単位で都道府県を回るのも楽しそうだなと考えているところです」

現在(22年2月)、ペイペイでは海外からのリモートワークは認められていないが、国内なら日本全国どこでも居住可能。ひと昔前なら、「遊び気分で仕事をするな」と叱責しっせきされそうだが、きちんと仕事の成果と結果を出しさえすれば、居住地を縛られずに人生を楽しめるなど最高の働き方ではないだろうか。

完全在宅勤務制が転職を決めるきっかけに

半年前に転職してきたばかりのコーポレートコミュニケーション部社内広報の安田敬子さんは8歳、4歳、1歳の3児の子育て中。

コーポレートコミュニケーション部 社内広報 安田敬子さん
「子ども3人を抱えての転職」コーポレートコミュニケーション部 社内広報 安田敬子さん

「以前は出版社に勤めていました。異業種へ転職するなら年齢的にも最後のチャンスと思い、完全在宅勤務制度があることに背中を押されて入社を決めました。入社して半年の間、いちばん下の子が毎月熱を出していたのですが、子どもの面倒を見ながら仕事を続けられたのはWFAのおかげ。とても助かっています。

今の業務はオウンドメディア広報。社員に向けて、また、入社を考えている人に向けて、『この部署ではこんな人がこんな働き方をしています』と紹介記事を書くなどしています。取材・撮影のために出社することはありますが、基本、リモートワーク。チャットツールで日々コミュニケーションを取れますし、キャッチアップと意思決定がとても速い会社なので困ることはありません。以前の職場ではリモートワークを行っていなかったので、子どものお迎えや夕飯づくりで仕事を中断できるのはとても助かります」

完全在宅勤務を支援するサテライトオフィス

女性にとって完全在宅勤務の大きなメリットは、ライフステージによるキャリアの中断なしで働けること。しかし、話を聞いていると、完全在宅勤務は育児や介護だけでなく、人生を謳歌おうかする働き方なのだと気付く。生き方に合わせて、働き方を選ぶ、そんなことができるようになれば、世界から“働きすぎの日本人”といわれてきた私たちのアイデンティティーも少しずつ変わり、「仕事のために何かを犠牲にしなければならない」というのは古い考えになっていくだろう。

コロナ禍となって丸2年。完全在宅勤務、在宅と出社のハイブリッド、完全出社と働き方は多様化。どれが正解となるかは未知だが、ペイペイのこれからに注目していきたい。

撮影=田子芙蓉

江藤 誌惠(えとう・ふみえ)
ライター

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