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ディストピア小説やパンデミック小説がベストセラーに。文学が現代社会を「予言」するのはなぜ?

  • 2022.12.26

近年、文学で、世相を反映したリバイバルヒットが生まれることが多い。トランプ政権誕生時には、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』がベストセラーになった。新型コロナのパンデミックが始まると、カミュの『ペスト』がこぞって読まれた。

翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子さんは、こうした文学の「予言」の力に着目している。未来の世相を見抜く結果となった文学作品は、どのようにして書かれたのか。鴻巣さんの文学案内書『文学は予言する』(新潮社)が発売された。

鴻巣さんは本書で、「ディストピア」「ウーマンフッド」「他者」という3つの主題を軸に据えている。さまざまな媒体で書評・時評を書きながら浮かんできたテーマだという。

ディストピア」は、近年たびたび世界的にブームになるテーマだ。トランプ政権や、イギリスのEU離脱、ロシアのウクライナ侵攻という世界情勢に加えて、環境破壊やAIの発達、SNSの普及など、現代社会には「ディストピア」を連想させる要素がいくつもある。本書では、『1984年』に並んでリバイバルヒットした、女性の中に"産む機械"としての階級を設けた社会を描くM.アトウッドの『侍女の物語』をはじめ、ディストピア小説の歴史と現在を解説している。

『侍女の物語』のヒットの背景には、フェミニズムの躍進もあった。「ウーマンフッド」では、古代ギリシャの『オデュッセイア』から変わらず描かれてきた性加害の構造や、『風と共に去りぬ』などの古典に描かれる理想の女性像、『コンビニ人間』など現代の女性の生きづらさをテーマとした小説を紹介している。

他者」は、言い換えれば「異質なものとの出会い」だ。鴻巣さんは翻訳を通して、異言語間の他者性に向き合ってきた。原作者と翻訳者のパワーバランス、そこにある避けがたい政治性とは。ドイツに在住し日本語とドイツ語で小説を書く多和田葉子さんの作品や、日本語の歴史と可能性を見つめる奥泉光さんの作品にもフォーカスしている。

〈鴻巣さんコメント〉
社会の分断、パンデミック、戦争......わたしたちの予想や予測をつぎつぎと越える現実世界の展開に、文学のほうがリアルに追い抜かれそうな印象すらあるかもしれません。しかし文学にはいつも、いま起きていることはすでに書かれていました。文学ははるか以前に「予言」していたのです。ディストピア小説にかぎらず、すべての小説は、すでに起きていながら多くの人の目に見えていないことを、時空をずらして可視化する装置です。本書をお手に取っていただければ、そのことをきっと実感していただけると思います。

文学の「予言」の力を通して、"小説を読むプロ"鴻巣さんがおすすめする、国内外の珠玉の小説に出合える一冊。

【目次】
はじめに

第一章 ディストピア
1 抑圧された世界――ディストピア小説のいま
2 『侍女の物語』の描く危機は三十五年かけて発見された
3 大きな読みの転換――『侍女の物語』と『密やかな結晶』
4 拡張する「人間」の先に――ポストヒューマニズムとAI小説
5 成功物語の限界――メリトクラシー(能力成果主義)という暗黒郷
6 もはやリアリズムとなったディストピア

第二章 ウーマンフッド
1 舌を抜かれる女たち
2 男性の名声の陰で
3 シスターフッドのいま
4 雄々しい少女たちの冒険
5 からだとケア労働
6 文学における女性たちの声

第三章 他者
1 原作者と翻訳者の無視できないパワーバランス
2 パンデミックの世界に響く詩の言葉
3 リーダーの雄弁術
4 盛りあがる古典の語り直し
5 ますます翻訳される世界――異言語と他者性のいま
6 多言語の谷間に――多和田葉子
7 日本語の来た道――奥泉光
8 小説、この最も甚だしい錯覚
9 アテンション・エコノミーからの脱却――それは他者と出会うこと

おわりに

■鴻巣友季子さんプロフィール
こうのす・ゆきこ/1963年東京生まれ。翻訳家、文芸評論家。訳書にJ・M・クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、M・アトウッド『誓願』(早川書房)、A・ゴーマン『わたしたちの登る丘』(文春文庫)等多数。E・ブロンテ『嵐が丘』(新潮文庫)、M・ミッチェル『風と共に去りぬ』(全5巻、同)、V・ウルフ『灯台へ』(『世界文学全集 2-01』収録、河出書房新社)等の古典新訳も手がける。著書に『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)、『翻訳教室』(ちくま文庫)、『翻訳ってなんだろう?』(ちくまプリマ―新書)、『謎とき『風と共に去りぬ』』(新潮選書)、『翻訳、一期一会』(左右社)等多数。

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