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水野梓さん、作家・記者・シングルマザーの両立は? 「理想的な家族像」を問う

  • 2022.12.19
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テレビ局の記者であり、キャスターでもあった鈴木あづささんは、水野梓のペンネームで小説家としても活躍中で、10歳男児のシングルマザーでもあります。仕事と子育てをどのように両立させているのでしょうか? 同じく記者であり2児の母でもあるtelling,の柏木友紀編集長が、彼女の視線に迫ります。

「幸せな家族像」という固定観念

デビュー作『蝶の眠る場所』(2021年)は、小学生の転落事故死を追う、シングルマザーの社会部記者が主人公。『名もなき子』(2022年)では、同じくシングルマザーでTV局の報道番組のディレクターが高齢者施設での不審死に切り込んでいきます。作品内には、ぐずる息子を振り切り、事件現場に向かう女性記者のシーンも描かれています。

柏木友紀(以下、柏木): ご自身の体験に根ざした描写なのかなと思う場面が作品の随所に見られます。ジャーナリストの仕事をしながら小説を書き、ワンオペでの育児は、本当に大変だと思います。

水野梓さん(以下、水野): 配偶者がいた時も、いなくなってからも、一番悩んだのはやはり、働きながら子どもを育てる上で直面する様々な障壁でした。それは制度面であったり、人々から受ける視線であったり。物理的なことだけでなく、心にも重くのしかかかり、シングルマザーとして日々ハードルに直面しています。その源を考えると、やはり人々の中にある「幸せな家族像」という固定観念だと気づいたんです。それは周りの人だけでなく、自分自身の中にもある。「理想的な家族じゃなくてごめんね」という罪悪感が私の中にもあって、それが息子にも伝わってしまうことは生育上、必ずしもいいことではないと思っています。

これからは、お父さんがいて、お母さんがいて、子どもが2人いて、という伝統的な家族モデルはどんどん崩れていくだろうし、崩していくべきだと思っています。

いま、親の病気や離婚、ネグレクト、貧困、望まない妊娠などで社会的養護のもとにいる子どもは約4万2千人とも言われています。うち8割が児童養護施設などの施設で暮らしていますが、日本ではまだまだ血縁が重視されてしまい、里親や養子縁組も進んでいません。イメージにとらわれない新たな家族のかたちを可能にする空気が醸成されていってほしいなあ、と心から願います。

朝日新聞telling,(テリング)

働く母の背中を見て育つ

柏木: ジャーナリストの仕事は不規則で、終わりの時間も見えにくいです。実際、子育てと仕事をどう両立されているのですか? 私自身も下の子が水野さんの息子さんと同い年で、2人の子どもとの時間がなかなか取れないのが悩みです。 まして水野さんは小説も書いていらっしゃる。仕事、子育て、母親の三つをワンオペでどうこなしていらっしゃるのですか。

水野: 本当に悩みますよね……。でも私、子育ては完全に手抜きです。仕事と小説を書くことはともかく、母親業は手抜き、妻業はドロップアウトしました(笑)。例えば洗濯では、タンスの引き出しに「くつ下」「パンツ」などとシールを貼って、息子自身が洗濯機からそのまま投げ入れるだけでいいようにしています。自分のことはできる限り息子にさせるようにしています。

保育園では夕ご飯まで食べてから帰ってきていましたし、小学生の今は学童に通い続けています。食事は切って炒めて市販の調味料を混ぜるだけのものを多用。保育園、学童、そして何人ものシッターさんと、様々な人の力を借りて子育てしてきました。今では、子どもも誰も知らない公園に行ってもすぐに友達をつくって遊ぶようになりました。むしろ私が一人で頑張るより、いろいろな人に囲まれてきたことでコミュ力が高くなったのではないかと。

柏木: 実際、小説の執筆時間はどのように確保していらっしゃるのですか? 日々のタイムスケジュールはどんな感じです?

水野: 朝は6時に起床し、息子と自分の朝ご飯を作り、7時に学校に送り出します。そして9時半の出勤までに一時間ほど執筆します。この間に、夜ごはんも作っておく。日によって違いますが、8時すぎに仕事から帰った時は、夕ご飯を食べさせ、10時には本を読んで寝かし付け、12時まで執筆か仕事の残りを片付け、食器洗いと洗濯をします。あとは休日に、学童や公園で息子が遊んでいる間にまとめて執筆することが多いですね。土日に一緒に遊びに行くってことがないから、かわいそうだなとは思っていますが……。小説のアイデアは、思いつくとスマホに吹き込んでいます。なぜかトイレの中とか、お風呂とか、歯を磨いている時とかなんですよね、案が浮かぶのが。

朝日新聞telling,(テリング)

柏木: 素晴らし過ぎます。スーパーウーマンです。そんなお母さんを見て、息子さんは育つんですね。

水野: いえいえ。息子は夏休みの作文に、「ママはいつも怖い顔でパチパチパソコンを叩いていて、『早く早く』が口癖だ……」みたいなことを書いて、朝日小学生新聞に投稿していました(笑)。でも、彼も働く母の背中を見て育つことで、シングルマザーのもとで育ったことも恥ずかしくないって思ってもらえるようになるといいなと思っています。次の世代の多くがそういう考えになってくれれば、社会が変わるかな、と。

「完璧」になろうともがいた日々

柏木: 1月からはロンドン支局長として渡英されます。お子さんを帯同され、現地でも仕事と子育てを両立されるんですね。

水野: 今回、イギリスへ赴任することで、いろいろと考えました。息子は寮のある学校に入る予定です。現地には500校ぐらいあり、申込書を取り寄せて見てみると、「学費は誰が払いますか」「誰と住んでいますか」「父と母のどちらが親権を持っていますか」「サポートする人が誰かいますか」など様々な家族構成が当たり前の申込書になっていました。家族のあり方が多様であるという社会的コンセンサスがすでにあるんだなと思い、びっくりしました。

多様性が認められているということは、誰にとっても生きやすい社会なんじゃないかなと思い、少なくとも私はホッとしました。特異な目で見られたり、あるいは憐憫の目で見られたり、という偏見みたいな視線を向けるのではなくて、多様な家族のあり方を受け入れて、サポートしてくれる社会であったらいいなと思っています。

柏木: 外から見ると、水野さん・鈴木さんは、すべてを完璧にこなしていらっしゃるように見えます。ですがお話を伺うと、ご自身の中で、いろいろともがき苦しんだ結果、今は肩の荷を少し下ろしたような、ちょっぴり楽になった状態なのですね。

水野: 子どもを産むまでは、 私は完璧になろうとして、もがき続けていました。仕事はトップスピードでやり、自分にも周りにも厳しく、みたいな。でもそのうち、うまく生きていこうとすればするほど、いろんなものにぶち当たってしまって。社会の課題って自分が当事者になってみないとわからないんですよね。40代後半になって、自分が弱い立場にも立つようになって、いろんなものが見えるようになりました。それで、初めてようやく肩の力が抜け、周りの人たちに「助けて~」とか「もう無理」って声を上げられるようになりました。今は前よりも少し生きやすくなったかなと感じています。

レーダーチャートが完璧な人間であろうとしていたところから、「まあデコボコでもいいじゃん、できるところだけ頑張ろう」って思えるようになったんです。ある部分は30%しかできていなくても、部分を三つ足せば90%になるみたいな感じで。そう思えるようになったのは、出産したことが大きかったです。自分の思い通りにいかないものが出現するということ、結婚や子育てというものは自分が思い描いた通りには全くいかないってことを身をもって体験して、 ようやく肩の力が抜けたかな。完璧であろうとするところから降り、「降りた自分を認めてあげよう」と。

水野梓さん(右)と、柏木友紀・telling,編集長

「わきまえない女」でいたい

柏木: 若いうちは すべてのことを望みますよね。仕事も子どもも自分の生き甲斐もって。そのうちなかなか全部とはいかないなと気づく。今回の作品にもそうした様子がよく描かれています。年齢やキャリアを重ね、人生について今、考えることは? 生き方に迷っているtelling,読者へメッセージをお願いします。

水野: 今、48歳。私は年齢をあえて言うようにしています。就職氷河期世代を経験し、いわゆるロストジェネレーションと呼ばれる世代です。バブルがはじけて不景気な時代になんとか就職し、「なんとかなる!」が身についているんだと思います。意見も言わずに空気を読む「わきまえた女」というのが一時流行語みたいになりましたが、私はいくつになっても「わきまえない女」でいたい。

それでなくとも日本は同調圧力の非常に強い国です。コロナ禍での自粛警察などでも感じましたが、ますますその空気は強まっているような気がします。わきまえた女を長く続けていると、“組織内の空気は読めるけれど、時代の空気が読めない人”になってしまう気がするんです。だから、いくつになっても、わきまえず、青臭く怒りを抱き、「なぜ、どうして」と問い続ける気持ちを持ち続けていたいと思っています。

若い世代には、まず一歩を踏み出してみて、と伝えたい。踏み出さないと、何も始まりません。誰もが青写真通り、理想通りにいくことはないんだから、恐れずに踏み出して 失敗しまくっていい。その失敗が後から振り返ると、実は1番自分の糧になっていたりするので、恐れずにどんどん踏み出してほしいと思います。

自分の核になることって、実は1番痛い思いをしたことなんですよね。 傷痕が多ければ多いほど、人としては豊かになれるんじゃないかなと思います。 踏み出して、イバラの中でトゲトゲにぶち当たって全身傷だらけになって、そこから立ち上がる。そういう姿を、今回の作品でも3人の女性たちに託しました。世の中の女性たちにエールを送りたい。それが私が本作を書いた1番の動機です。

■柏木友紀のプロフィール
telling,編集長。朝日新聞、AERAなどで記者として、教育や文化、メディア、ファッションなどを幅広く担当。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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