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辞書好き4人が指南!国語辞典の楽しい読み方〜後編〜

  • 2022.12.18
西村まさゆき、飯間浩明、稲川智樹、見坊行徳。

キングオブ国語辞典『広辞苑』はなぜ“よられがち”なのか

西村

国語辞典といって、ぱっと『広辞苑』を思い浮かべる人も多いかもしれません。広辞苑とその他の国語辞典は何が違うのでしょう。

飯間

いろいろありますが、まずは規模が違うというのが一つあります。7万〜8万語を収録した三国や新明解のような辞書に比べて、広辞苑は約25万語を収録しています。あとは……そうですね「なつかしい」を広辞苑で引いて一番最初に書いてある語釈を読んでもらえますか。

西村

「なつかしい (1)そばについていたい。親しみがもてる」。今のなつかしいの意味ではないですね、今の意味は「(4)思い出されてしたわしい」でしょうか、一番後ろですね。

飯間

(1)の語釈は、万葉集で使われている意味なんです。広辞苑は、こういうふうに、言葉がどう使われてきたのかの歴史に重きを置いているんです。

稲川

広辞苑はこういうことを知ってないとちょっと使いづらいんです。しかもその古い意味が、今でも使われるかどうかわかる情報もないんです。

見坊

いけずな辞書ですね。

西村

その割に、なんかあるっていうと、すぐに「広辞苑によると」って引用されますよね。

見坊

そうですね、広辞苑がなぜこんなに言葉の拠りどころにされているのか。もととなる『辞苑』(博文館)という辞書があったのですが、その流れを受けて作られた広辞苑の初版(1955年刊行)は、発売当時、画期的なものであったのは確かなんです。

まず、国語項目に加えて百科項目といわれる固有名詞の収録を強化した。百科事典としても使えるというのが便利だったんです。あとは単純に「岩波書店が出した」というのが当時の人には受けた。岩波書店は今でも一大ブランドですが、当時はさらにすごかった。岩波から出たといえば後光が差して見えたはずです。

飯間

それから、戦後すぐに仮名遣いや漢字の表記が変わったということがあって、言葉や国語に関する関心は非常に高い時期だったんです。そこに、辞書のラスボス、最終兵器みたいな広辞苑が登場したわけです。

西村

そういった経緯があって、今の国語辞典といえば広辞苑というイメージが出来上がったんですね。

『広辞苑』初版が発売された当時の新聞広
『広辞苑』初版が発売された当時の新聞広告。川端康成が「終生私の机上師友となるだろう」と、かなり大げさな表現で推薦しているほか、安倍能成、桑原武夫、小泉信三、中谷宇吉郎、高見順など、錚々たるメンバーが推薦人に名を連ねている。
岩波書店の『広辞苑』中面

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岩波書店の『広辞苑』表紙

『広辞苑』

折に触れて“よられる”ことで有名。収録語数20万語クラスの中型辞書で唯一、紙版をメインに改訂。言葉の意味を古いものから順に記すなど、普通の辞書とは使い勝手が違うクセがあり、それを承知で使用しなければ使いづらいところも。岩波書店/9,000円。

言葉の背景を知るのに便利な『岩波国語辞典』の▽とは何か

西村

今日はいろいろ辞書を持ってきましたが、それぞれの辞書の特徴を見ていきましょうか。まずは『岩波国語辞典』(岩波)はどうでしょう。

飯間

岩波は、言葉の説明は簡潔だが、明治大正の時代に郷愁を持っている辞書で、古い言葉をたくさん載せている。

見坊

新しい言葉には塩対応ですね。

飯間

例えば「臥煙(がえん)(火消しのこと)」なんて古い言葉も載ってる。

稲川

実はグーグルでわからない言葉と「意味」で検索すると表示される語釈は岩波の語釈なんです。ただ、ポイントは下向き三角(▽)で書いてある補注で、岩波はこれが本領なんです。これを読むと言葉の背景がよくわかる。

見坊

グーグルで検索した時はこの補注が基本的には出ないんです。買った辞書だけの特典ですね。

飯間

「るんるん」の補注を見ると「▽テレビアニメ『花の子ルンルン』(一九七九〜八〇年放映)からの造語」なんてことが書いてある。

稲川

ほかの辞書ではこういうことがわかりません。

飯間

実は「るんるん」は、このアニメ以前より用例はあるので、疑わしいのですが、それを含めて情報が載っているのは貴重です。

岩波書店の『岩波国語辞典』中面

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岩波書店の『岩波国語辞典』表紙

『岩波国語辞典』

序文で「新語・俗用にはかなり保守的な態度となる」と宣言するほど、新しい言葉には塩対応。ただし「立ち上げる」「コピペ」などのコンピューター用語や「追い抜かす」といった新語も採録。▽の補足説明だけ拾い読みするファンも多い。岩波書店/3,000円。

西村

『明鏡国語辞典』(明鏡)は?

飯間

明鏡は、初版が2002年で、後発の新しい国語辞典ですが……ポイントはなんですか、西村さん。

西村

え、なんだろう、言葉の誤用をはっきりさせている?

飯間

そうですね。「御中」なんかを見ると「『◯◯様御中』は誤り。『×営業部様御中→◯営業部御中』」と書いてあり、非常に教育的。ただ、それがちょっと行きすぎちゃうところがある。

稲川

「足元を掬われる」は間違いで「足を掬われる」が正しい、といったような指摘ですね。「足元」は地面のことだから足を掬われるが正しい、という理屈ですが「足元に猫がじゃれつく」なんて言いますから、別にどっちでもいいんです。

飯間

私個人の感想としては、細かい誤用の指摘は、言葉が窮屈なものになってしまうのではないかと心配してしまうわけです。

稲川

誤用の指摘は構わないのですが、ユーザーが、これだけを参考にするとダメなんです。明鏡では誤用とされていても、ほかの辞書では誤用とはなってないこともある。複数の辞書を比べて自分で判断する方がいい。だから、辞書は複数持つべきなんです。

大修館書店の『明鏡国語辞典』中面

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大修館書店の『明鏡国語辞典』表紙

『明鏡国語辞典』

2002年初版。後発の弱みを逆手にとり、ほかの辞書ではあまり取り上げない「巨乳」といった性俗語も積極的に採録。誤用については別冊付録を付け解説する力の入れよう。本文でも「采配を振るう」は×、「采配を振る」は◯など。大修館書店/2,900円。

辞書内に書かれた七福神のイラスト
辞書の挿絵に注目してみるのも面白い。イラストのある国語辞典では、七福神のイラストはかなりの確率で収録されている。見比べると、実に多様であることがわかる。左/『辞苑』博文館、右/『ことばの泉』大倉書店。

意味を知っている言葉こそ、国語辞典で調べるべき

稲川

先日出た『三省堂現代新国語辞典』は「マウント(人を屈服させる意味)」や「沼(趣味にハマる意味)」「草(笑いの意味)」といった、主にネット上で使われる俗語を大量に収録したことで話題になりましたが、それに対して、新しい俗語を収録してけしからんといった反応もありました。

しかしそうではなく、国語辞典はどんな言葉でも載せたうえで、公の場所では使うべき言葉ではないよ、という注釈をつけた方がいい。だから、そういう言葉も載せる意味があるんです。

三省堂の『三省堂現代新国語辞典』中面

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三省堂の『三省堂現代新国語辞典』表紙

『三省堂現代新国語辞典』

高校生向け国語辞典として発行。2018年10月に第6版が発売。「沼」「ぽちる」などのネット用語を多く採録し話題に。「散りばめる(本来は『鏤める』)」や「役不足」に「力不足」という意味を認めるなど、誤用の表示を外した言葉も。三省堂/2,800円。

飯間

そこはね、辞書に対する一般の人の大きな誤解です。辞書に載った言葉は「公認された言葉」、載ってない言葉は「悪い言葉」と考える人がいますが、それは違うんです。辞書は現代の言葉の地図ですから、実際の地図で「さいたま市」はひらがなでふざけてるから載せないとかは、あり得ないでしょ。

同じように国語辞典は「今の日本語はこうなってますよ」と示すのが役割。だから、若者の言葉でもある程度広まっていれば、載せるのが正しい。媚びているわけじゃないんです。

西村

以前、飯間先生がおっしゃっていた「知っている言葉こそ辞書で引くべき」という話を聞いて以来、知っている言葉でも辞書でなるべく引くようにしてるんです。間違って覚えてる言葉に気づくこともあれば、別の言い方を知れたりする。辞書で知らない言葉だけ調べるのはもったいないですね。

飯間

前に「家でパソコンを利用する」と書いた文章を見て、変だと思ったことがあって。利用も使用も意味は知っている。でも実はよく知らない。例えば駅のトイレは「利用する」と言うことが多いですけど、使っている時は「使用中」と言う。こういった意味の違いを調べるためにもぜひ、知っている言葉こそ辞書で引いてほしいですね。

小学館の『小学館日本語新辞典』中面

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小学館の『小学館日本語新辞典』表紙

『小学館日本語新辞典』

トイレを「利用する」と「使用する」の違いなど類語の疑問に答えてくれる。収録語数は63,000と少ないが、1項目あたり平均100文字前後(一般の辞書は平均60文字程度)を使って詳しく解説。収録語数の多さは辞書の良さとイコールではない。小学館/6,000円。

他他にもたくさん。それぞれの個性が光る国語辞典

小学館の『現代国語例解辞典』中面

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小学館の『現代国語例解辞典』表紙

『現代国語例解辞典』

日本最大の国語辞典『日本国語大辞典』を母体として編まれた。この辞書も類義語の使い分けに詳しいのが特徴。さらに「ざっくり」と「ザックリ」の使用頻度など、コーパス(言葉のデータベース)を基に集計したコラムなどの読み物も。小学館/2,900円。

三省堂の『てにをは辞典』中面

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三省堂の『てにをは辞典』表紙

『てにをは辞典』

ある言葉と一緒に現れる言葉を列挙。試しに「つきとめる」を引くと「相手を。アジトを。アパートを。……」と、ひたすら言葉が並ぶ。言い回しが自然かの確認にも、引いた言葉からイメージを膨らますブレインストーミングにも使える。三省堂/3,800円。

小学館の『新選国語辞典』中面

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小学館の『新選国語辞典』表紙

『新選国語辞典』

小学館の一般向け辞書。漢字に強く、総画数から検索できる索引が付くなど、ちょっとした漢和辞典並みの機能を有する。また「遊び人」や「宇宙人」という時の人(にん)と人(じん)の使い分け(造語成分)の解説などはほかの辞書にない特徴。小学館/2,600円。

三省堂の『現代語古語類語辞典』中面

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三省堂の『現代語古語類語辞典』表紙

『現代語古語類語辞典』

現代語で言葉を引くと、昔はどう言ったかがわかる。自分で古文を書きたい時に使えるが、それ以外にも「作る」を調べて「こしらえる」などの言い換え表現を探す時などにも役立つ。『現代語から古語を引く辞典』という書名が改訂で改題。三省堂/5,800円。

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西村まさゆき

西村まさゆき(ライター、国語辞典ファン)

にしむら・まさゆき/1975年鳥取県生まれ。ライター、国語辞典ファン。〈ブックオフ〉で売っている100円の国語辞典をふざけて買っているうち、“辞書沼”にハマる。昔の辞書のすっとこどっこいで味わい深い挿絵を探すのが趣味。

Twitter:@tokyo26

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飯間浩明

飯間浩明(国語辞典編纂者)

いいま・ひろあき/1967年香川県生まれ。国語辞典編纂者。2005年から『三省堂国語辞典』編集委員を務める。辞書が売れない現状に心を痛め、世の人が争って買いたくなる辞書を目指して、言葉を集めたり、原稿を書いたりする毎日。

Twitter:@IIMA_Hiroaki

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稲川智樹

稲川智樹(校閲者、国語辞典マニア)

いながわ・ともき/1993年愛知県生まれ。校閲者、辞書コレクター。早稲田大学在学中に〈早稲田大学辞書研究会〉を結成、主幹を務める。講談社に入社後、週刊誌、学芸書の校閲を担当。「辞書部屋チャンネル」は、Twitter:@jishobeya_ch

Twitter:@ingwtmk

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見坊行徳

見坊行徳(国語辞典マニア)

けんぼう・ゆきのり/1985年神奈川県生まれ。辞書ソムリエ。大学在学中に〈早稲田大学辞書研究会〉を結成し『早稲田大辞書』を刊行。辞書マニア仲間で集まっては辞書で遊んだりしている。見坊・稲川両名で「辞書部屋チャンネル」を配信中。

Twitter:@kmbyknr

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