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社長に物申すだけで賃金25%ダウン…異業種からの転職組が見た「保育園運営会社の闇」

  • 2022.12.12

神奈川県で暮らす48歳の須藤慎太郎さん(仮名)は保育園を運営する会社に異業種から転職して収入が大幅ダウンした。須藤さんは「園長や保育士の過酷な労働条件に加え、社長に物申すだけで賃金をカットされる風通しの悪さもあります。給料が増える未来は見えません」という――。

※本稿は、小林美希『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

頭を抱えるビジネスパーソン
※写真はイメージです
年収800万円が520万円にダウン

本当に、もう、何もしちゃいけないんですよ。何かしたらお金を使うでしょ。じっと動かないでいるしかないんです。

異業界から保育業界に転職して3年間、保育園を運営する会社の本部で働いていました。それ以前は年収が800万円あった時もあるんです。けれど、保育会社に転職したら年収は520万円に減りました。手取りだと400万円。

妻は専業主婦なので僕だけの収入だから、生活はかなり苦しくなりました。月収だと手取り32万円ですが、毎月、貯金を取り崩してなんとかしています。

転職時は給与が多少低くても仕方ない。管理職での採用だったので、あとから昇給すると信じていました。それが、同じ役職でも人によって給与額があまりにもバラバラ。低い金額で入社するとずっと低いままで変わらないと、後から知りました。

昇給についてルールがないんです。えー、そんなのあるのかって信じられなかったですよ。わりと大きな会社なのに。社長と社長の取り巻きの役員連中だけ高額報酬をもらっていて、ほとんど仕事はしていない。

社長に物申すだけで賃金25%ダウン

それで、ある幹部が社長に物申すと、入社時より25%も賃金ダウンとなったんです。社内の様子を見ていると、どうも、この先、収入が増える見込みがしないんです。

僕一人の生活ならなんとかなるかもしれませんが、妻は体調が良くなく働けないし、娘は小学校高学年でこれからお金もかかってくるし、これじゃあ生活していけないので、保育会社を辞めました。早い段階で「会社の闇」っていうんでしょうか、そういうところが見えたんです。人を大事にしないんですよ。

ブラック企業で不当に解雇されてしまった

僕は保育業界に入る前は長年、労務を担当していたのですが、異動希望をとられたので書類に「総務部」と書いて出したら、学生アルバイトでもできるような補助金の申請業務の部署に移されたんです。これ、私が労働組合に入ったからだとしか思えないんです。

補助金申請のエクセルを打っていて、どうも数字が合わなくて。それを上司に相談したら、「データを合わせろ」と命令されたんですよね。これ、補助金の不正請求だろうなとピンときたんです。だから、前任者にヒアリングしていたら、「部署を越えた越権行為だ」「情報漏洩ろうえいだ」と言われてしまいました。それで労組に相談したら、懲戒処分を受けたんです。

解雇されたので、デスク周りの私物を段ボールに
※写真はイメージです

人事面接では社長はいつも、僕たち管理部門も含めて保育士の待遇もよくすると言うんですが、ハッキリ言って、「するする詐欺」ですよ。社長の“お気に入り”は給与が高くて、そうでないといつまでも収入が増えない。人事評価制度がちゃんと機能していなくて、客観的な評価がどうだったのかも分からないんです。

社長に何か苦言を呈するだけで造反したと見られて、懲戒処分を受けて排除されるんです。これは保育園の園長も同じです。次々に保育園を増やしているので、一定の規模になると行政も潰せなくなるのではないでしょうか。大手・中堅なら、もちろん政治家にロビー活動もしているはずです。そういうコネや資金力があれば、不正を行っても「じゃあ、いいよ。明日から保育園を全部閉めるから」と役所に強く出たら、行政は手も足も出なくなるんです。売上高が10億円を超えたあたりから、そういうケースが多くなってくるんじゃないかな。

園長たちの善意だけで現場がもっている

保育園の現場を見たら、質が低すぎてびっくりすると思いますよ。残念な経営陣が残念な保育環境を作っているんですから。保育士が可哀想ですよ。うちの会社は賃金が低いし、人手もギリギリ。残業しても残業代は出ないのですから。

園長クラスはすぐそれに気づいて、「会社に何も求めない。子どもたちの笑顔だけ」と言っていて、もう、本当に善意だけで現場がもっていると痛感しました。とにかく現場は大事にされないから、それもすぐ限界がきて保育士も園長もすぐ辞めていくんです。社長が優先するのは会社の規模拡大、それだけ。

保育士は「園児はお金、親もお金」と割り切るしかない

労組で現場の相談を受けていて分かったことがあります。各保育園の保育士で少し仕事ができるようになって、冷静に自分の置かれた職場環境を見ることができるようになると、ああ、会社には期待できないんだなと気づいてくる。

でも、他の会社に転職しても似たりよったりだろう。今いる保育園なら園長になって一国一城の主になれる。とりあえず、サラリーマン保育士になっておけば、薄給でも安定していられる。

あとは日々のスケジュールをこなすだけ。登園する園児を預かり、散歩に出て、お昼ご飯を食べさせ、昼寝させて、ケガをさせないように遊ばせて。親の質問やお迎えの時には定型文で答えておけばいい。何か問題があれば、オプション回答する。明日も元気で登園してね。

幼稚園で、園児と輪になって踊る保育士
※写真はイメージです

園児がいなければ運営費が入らないから、園児はお金、親もお金。お客様は神様です。おべっか使って機嫌をとっておけばいい。保育士は、人を見る目があるんです。社長がいかに薄っぺらいか。組合活動で、そんな不満ばかり聞いていました。

新卒の保育士は純真無垢むくです。奨学金や就職お祝い金を出して一本釣りする。本部のマネージャーが「3年は働いてね」とプレッシャーをかけるんです。

奨学金を得ているからといって、別にうちの会社で必ず働かなくたっていいんです。けれど、知識のない保育士には暗黙の了解のようにプレッシャーをかける。親に保証人になってもらっていることが多く、親に迷惑をかけたらいけないと思って我慢して働いているうちに、メンタルを崩したりしていく若手もいるんです。そうなる前に僕も辞めて良かったのだと思うようにしています。

転職で収入減少、毎月10万円の赤字

保育業界に転職して収入が下がったことを妻には言えないでいました。日本の転職はまだまだネガティブに見られて、前職より賃金が低くなるでしょう。

でも、管理職採用だから上がると見込んでいたので、前の職場時代に妻に内緒で作っていた銀行口座があって、虎の子のへそくりで毎月の赤字を補填していました。それでも足りず、祖母が遺産として残した田舎の一軒家の家賃収入が月4万5000円あるので、それも家計に投入しました。今は実家の近くのマンションに住んでいますが、家は買えません。

家計の赤字が続き、人生の脱落者という感覚に

赤字は毎月10万円。これって、一般的な家庭像で夫が大黒柱で妻が扶養の範囲内で働くとちょうどいい、というのと合致しますよね。なんだか、そういう典型的な夫婦のモデルケースになれないって、人生の脱落者という扱いなのかな、って思っちゃうんです。

夫がサラリーマンで妻が社会保険料を支払わなくていいように月8万円ほどに調整して働く。それが中流家庭なんでしょう。だから、うちは中流以下。でも、そもそも中流って何なのでしょうね。

僕のお小遣いは、昼飯代も込みで月1万5000円です。基本、弁当です。昼飯を外で食べたとしても500円で収めないと。あとは、おごってもらえるような人と外に出るしかない。もうサバイバルですね。

月1万5000円の小遣いでやりくりするには

モバイルのお財布とか、ICカードで支払うと使いすぎが分からなくなるのでヤバい。現金主義です。仕事の経費は怖いですね。精算するまでお金が戻ってこないのですから。

でも、僕の中学、高校時代の友人も小遣いの金額は同じようなもので、そんなに低いとは思っていません。ただ、1万5000円ですから、何もしちゃダメなんです。何かしたら使わないといけない。じっとしていないと。

インターネットで買い物をするときは必ず妻の許可をもらいます。お茶を買うのがもったいないので、今の職場では福利厚生でウォーターサーバーを要望しています。

同じ年収でも独身なのか、妻や子どもがいるかで当然、変わってくると思いますが、僕のように片働きで妻子がいると年収520万円ではつらいですね。

給与が入ったらまず20万円をおろして、自分の小遣いの1万5000円を財布に入れます。残りが家賃などの生活費。娘の学資保険が月2万円くらい。10万円が足りないくらいなので、貯金はできません。手取り40万円ないときついです。年収が700万円あればトントンかな。

娘の学費がこれからどのくらいかかるのか、まったくイメージがつかないです。もう、大学なんて行かなくていい。早く社会人になって。そう思っています。娘はアイドルかトリマーになりたいと言うので、金の稼げる獣医になれって言っています。

「甲類焼酎、バタピー、厚揚げ」という贅沢

こういう状況なので、おごってくれる上司と飲みに行くのが嬉しいです。自分にとってご褒美ほうびをもらえている感じがしますよ。

あとは、家で飲みます。「イオン」で紙パックに入っている大きなサイズの甲類の焼酎を1000円くらいで買って、おつまみには100円のバターピーナッツ。88円の厚揚げを買ってきてフライパンでごま油で炒めて食べる。妻がつきあってくれて、いろいろ話しながらお酒を飲むのが最高ですね。

釣りも好きで、埠頭ふとうに行くとカサゴがよく釣れるので、その場で締めて夕飯にする。釣りはお金がかからなくていいんです。

中流以下でも車を持つ理由

車の維持費がかかるのですが、ないと不安で。ガソリン代がかからないように、なるべく乗らないようにしています。

小林美希『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社現代新書)
小林美希『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(講談社現代新書)

それというのも、東日本大震災の時に、うちの辺りは電力不足で計画停電になったんです。電気や冷蔵庫が使えなくなっただけでなく、情報も入らなくなって妻が不安で不安で仕方なくなって。車さえあれば、エンジンをかけてテレビやラジオもつけられるので、車だけは持っておこうと決めているんです。

車を持っていると、ガソリン代が月5000円。税金や保険で年7万円もかかりますが、土日に買い出しにも行けるし。中流以下の僕は、安いスーパーを探します。「三和」「イオン」「業務スーパー」の常連ですね。

こういう状態で、もし自分に病気が見つかるといけないので、健康診断は受けません。老後のことなんて考えられないですよ。自分には老後が来ないと信じています。

小林 美希(こばやし・みき)
労働経済ジャーナリスト
1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業。株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリストに。13年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 保育格差』など。

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