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考察『ファーストペンギン!』9話。論破に負けない気持ちを大事に「あつし~、たかし~、ひろし~、さんし~!」が沁みた

  • 2022.12.7

水曜ドラマ『ファーストペンギン!』(日テレ系)は、実話をもとにしたドラマ。漁業の世界に飛び込んだシングルマザーを奈緒が演じます。脚本は『ごちそうさん』『おんな城主 直虎』(NHK)、『天皇の料理番』『義母と娘のブルース』『天国と地獄〜サイコな2人〜』(TBS系)などを手掛けた森下佳子。政治家ぐるみの大きな力にバラバラにされかかる和佳(奈緒)たち「さんし船団丸」はどう戦えばいいのか。片岡(堤真一)の苦悩を中心に8話を振り返ります。

「敵もいつか味方に」は幻想なのか

「敵もいつか味方になんて、幻想ですよ」

11月30日放送の水曜ドラマ『ファーストペンギン!』(日テレ系)第9話。波佐間(小西遼生)は、「わかってさえもらえれば、敵(漁業協同組合)もいつか味方になってくれるんじゃないですかね」と言う和佳(奈緒)に、こう返した。

最終話に向けて、和佳や「さんし船団丸」を襲う問題はいよいよ大きくなった。さんしに資金提供をした食品商社「新撰オーガニクス」を和佳と引き合わせたビジネスコーディネーターの波佐間。彼は、さんしを筆頭に、汐ヶ崎の漁師たちをひとつの企業としてまとめ、浜全体で「お魚ボックス」事業を進めていくことを提案した。彼の知識と経験、勢いに押されていく和佳。いつの間にか、波佐間は漁師たちに信頼され「ニューリーダー」とはやされるようになっていた。

うまい話には裏があった。新撰オーガは日本企業だが、その株を保有しているのは外国人、あるいは外国企業だ。農林水産省の職員・溝口(松本若菜)はさんしの事務所を訪れて、和佳とそよ(志田未来)にその問題を説明する。溝口は、和佳に用事があるときは彼女を東京に呼び寄せたり、彼女が東京に出るついでに会ったりしていた。今回は、溝口のほうからさんしに出向いた。その行動が、この問題の重さを物語っている。

波佐間の話では、汐ヶ崎の漁師たちや船団が漁協に借りているお金を、新撰オーガが肩代わりするという。これまで、漁協が漁場の争いをおさめ、港の整備をしてきた。新撰オーガが漁協に代わると、一般企業である新撰オーガが漁場・港を管理することになる。株主が全員外国人・外国企業、つまり外国資本の企業が日本の浜、港を管理する。溝口は、これを「経済的な侵略」「防衛上の問題」と指摘した。

大きくなったこの話がどこに帰結していくのか。それは、波佐間の過去にヒントがあるのではないだろうか。

描くのは「気持ち」の問題

波佐間は東北の小さな漁村出身だという。15歳のときにその浜は潰れ、漁師だった父親は酒浸りになり、母親はいなくなった。その父親も、酒に酔って船から落ちて亡くなったようだ。彼は農林水産省の官僚になったが、政治家にその生い立ちを話した際にこう言われる。

「まあアホだからな、漁師は。魚を獲るしか能がないから」

それをきっかけに波佐間は官僚を辞め(クビになり)、世界中で漁師の経験をしたのちに、ビジネスコーディネーターになった。

和佳は、漁協の杉浦(梅沢富美男)を口でやりこめる波佐間を見て、「かなわないよね。専門家で漁師で、頼もしくて。私とは説得力が違うよね」とこぼす。知恵と経験の波佐間と、ロマンや気持ちで突き進んできた和佳やさんしの漁師たち。そんな対比に見えるが、実は違うのではないだろうか。

幼い頃から漁村で育ってきた波佐間が、漁協がある意味や、日本の海が外国資本に侵略される怖さを知らないはずがない。彼は、片岡(堤真一)よりも魚の血抜き作業が上手いと漁師たちに認められるほど、漁師として仕事もできる。漁師の仕事を愛していないと、少なくとも愛着のようなものがないと、片岡ほどの腕前には至れないのではないか。

死んだ父親を政治家に馬鹿にされたことを忘れられない。そんな波佐間も何か感情に突き動かされている人物のように思える。それは、政治家や日本の体制への復讐心かもしれないし、郷土や家族に対する恨み、あるいは愛着かもしれない。このレビューでは、「経済的な侵略」「防衛上の問題」といった大きな問題よりも、ひとりひとりの気持ちの面に焦点を当てていきたいと思う。

さんしのメンバーはみんな、感情的なことを大切にしている人たちだ。夢とロマンを語って漁師たちを引っ張ってきた和佳。片岡は拗ねてすぐに「やめる」と言うので、仲間たちから「ひろっさんの『やめる』は挨拶みたいなもん」と言われていた。口数が少ないので落ち着いて見える永沢(鈴木伸之)も、自分が婚約者を寝取られたことと、波佐間が汐ヶ崎でニューリーダーになろうとしていることを重ね合わせて「なんかやだ! なんかわかんないけど!」といらだつ。

その感情の根底には、それぞれに「汐ヶ崎をひとつにして盛り上げたい」「日本中の海を蘇らせたい」「さんしの頑張りを他人に横取りされたくない」という夢や仁義がある。

和佳は「気持ち」でビジネスをしてきた。漁師たちに対してもだが、取引先である割烹料理店「さな田」の大将(六平直政)や、フレンチレストラン「モンシェリミスティーク」のシェフ・流山(速水もこみち)にも、根性や誠意といった気持ちの部分を認めてもらってきた。

「敵を潰すなんてセコい考えは捨ててさ、前だけを見て、まっすぐ歩いていこう」

第9話では、和佳が過去に言ったこのセリフがリフレインされていた。なぜ波佐間は、漁協の役割や経済・防衛の危険を知っていながら、外国資本企業に浜を売り渡し、漁協を潰すような計画を持ち込んだのか。その胸の内が、和佳や片岡たちのまっすぐな気持ちと、それにともなう行動によって明かされる結末を期待している。

堤真一、鈴木伸之、北川尚弥らの「さんしっぽさ」が嬉しい

拗ねて、息子の琴平(渡辺大知)の家に転がり込んでいた片岡。琴平のパートナーである林田楽(大貫勇輔)とも打ち解けて楽しそうだ。

琴平と楽は、ゆくゆくは汐ヶ崎で病院を開業しようとしている。その不安を楽が話すと、片岡は、浜の人たちが「ラクちゃん先生~!」と言って慕ってくるはずだと言い安心させていた。楽が浜に来たら、片岡が一番に「ラクちゃん先生~!」と言って頼りに行く姿が見えるようだった。

琴平の家に片岡を迎えに来たのは、山中(梶原善)、磯田(吹越満)、たくみ(上村侑)、永沢だ。酔って寝ている片岡を車に積み込んだ。途中のパーキングエリアらしき場所で起きた片岡が車内で慌てている様子を、軽食をとりながら山中と磯田が半笑いで眺める。笑えるのに、こうやって長年お互いを見てきたんだろうなとしみじみとしてしまうシーンだ。

ドラマの途中までは一番常識人っぽかった永沢が、波佐間を「あの赤ネクタイ」と呼びだす。途中までツンツンとしていたたくみが、「あつし~、たかし~、ひろし~、さんし~!」のハモリに、立ち上がって嬉しそうに参加しているのも笑ってしまう。パーキングエリアの場面は、さんしのコメディ部分が全開で、嬉しくなって何度も見返してしまった。

新人の小森(北川尚弥)は、さんしの事務所に帰ってきた永沢にツッコみを入れたり、磯田に「小森くん」と言われると即メモを読み上げたりと、すっかりさんしの一員感が出ていた。

原作の坪内知佳 『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』(講談社)には、おそらく小森のモデルとなったのであろう「萩大島船団丸」の一社員のことが書かれている。第8話で片岡が電車の改札をとおれず、しかも小森がその片岡を見捨てて和佳についてきたという場面があった。原作を読むと、それは実際のエピソードにかなり近いかたちで描かれていたことがわかる。ドラマ放送時、そのモデルとなった彼が、周囲の人にからかわれたり、思い出話に花が咲いたりしたのではないかと想像すると、それも微笑ましい。

最終話、和佳はさんしと汐ヶ崎のために重大な決断を迫られるようだ。『ファーストペンギン!』は、いつも進(石塚陸翔/10年後の声:城桧吏)のナレーションとともに、「10年前」というテロップではじまる。和佳が選んだ道がどんな未来をもたらすのか。「10年後」の部分も含めて、結末が楽しみである。

■むらたえりかのプロフィール
ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。

■pon3のプロフィール
東京生まれ。イラストレーター&デザイナー。 ユーモアと少しのスパイスを大事に、楽しいイラストを目指しています。こころと体の疲れはもっぱらサウナで癒します。

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