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リモートワークで夕食を作るようになった夫が、突然やめてしまったワケ

  • 2022.12.3
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台所ほど、住人の生活スタイルや生活への姿勢を鮮明に伝えてくる場所はないかもしれない。

2022年11月22日発売の『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』(朝日新聞出版)は、台所と食を通じて人生を立て直した人々を描く、ノンフィクション本。朝日新聞デジタルマガジン「&w」での人気連載「東京の台所」書籍版の最新刊だ。

同連載は過去に『東京の台所』『男と女の台所』(平凡社)として書籍化されたほか、漫画版(作画:信吉)の単行本第1巻が11月15日に発売されている。

「素敵な雑誌やメディアの取材ならいい。だが、本書の元となる連載『東京の台所』のような取材をされるのは、自分なら躊躇するだろう。なにしろ冷蔵庫の中はもちろん、吊戸棚の端やシンク下、食べかけの菓子、昨日の残りのおかずまで見られるのだから」

本書、『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』の冒頭で、著者の大平一枝さんはこう書いている。台所という、人々の生活を浮き彫りにするような場所を通して、何かを喪失した人が再び立ち上がろうとする姿を描いているのだ。

ネグレクトの親から離れ上京した学生、重いアレルギーを持つ子を育てる母、解体寸前の名建築で暮らす女性たち......本書に収録された、22人の「喪失と再生」の物語。今回は、そこから2つのエピソードを紹介したい。

「きちんと」をやめた母

「ぐでぐで親子」と題されたエピソードに登場する47歳の女性にとって、台所は自分の城だった。もともと料理が好きで、食材を刻んだり煮炊きしたりすることがストレス解消になっていたという。夫もよく食べる人だったが、ある日、脳梗塞で急死してしまう。

突然の死別に、大きな喪失から子どもたちを守らなければと気を張り続けていた女性。彼女が生活スタイルをがらりと変えたのは、子どもを預けていた保育園の、自身もシングルマザーである園長の言葉だった。

「お母さんが泣かないと子どもも泣けないから、泣きたいときは泣いていいのよ」

それを境に、女性は「きちんと家事と育児をこなして子どもを守ること」から、「家事はできるだけ端折って、いかに子どもと楽しく笑い合う時間をつくり出すか」に注力するように変わったそうだ。

そのため、彼女の家の台所は時短するための工夫が満載。計量スプーンは、料理中にいちいち洗わなくていいように、2個用意している。子どもが遊びたがったときには、キッチンばさみと食材を渡して「チョキチョキしよう」と一緒に楽しめるよう、ハサミを3本常備。土曜日は「母公認ダラダラデー」と決めて、普段は禁止している食後のお菓子もOKにしながら、娘2人と「名探偵コナン」を観ているのだとか。

常に気を張ってつらそうなお母さんより、子どもたちも一緒にダラダラするほうが安心できそうだ。

「料理をいっさいやめたふたり」というエピソードには、2時間かけて野菜炒めを作った夫が登場する。普段は妻が毎日の食事作りを担当しているが、コロナ禍で夫婦ともにリモートワークが始まったこともあり、週に1度だけ夫が夕食作りをすることになったのだ。

その後、定年退職を迎え、ホットクックで鶏肉と根菜の甘酢炒めやクリームシチューなど凝った料理も作るようになってきた、ある日。彼はぱったりと料理をしなくなってしまった。

きっかけは、娘が家を出て1人暮らしを始めたことだった。29年ぶりに夫婦だけの2人暮らしになったことで、何も作る気力がなくなってしまった。そして、それは妻も同じだったという。

子育てが終わった喪失感にも似た心境とのことで、現在は、高機能オーブンなどの調理家電を駆使して簡単なおかずを作る日々。大皿を使うこともなくなり、食器もミニマムに。デパートの惣菜や夫婦で外食を利用することも増えた。いっしょに食卓を囲む人数が減ったことで、料理への姿勢が変わっていくのは自然なことなのかもしれない。

本書には、家族や健康、夢など大切なものを失ったところから再び立ち上がっていく人たちが多く登場する。その姿を見ることで、読者にとっていつもの光景である自宅の台所も、特別な場所に思えてくるような不思議な1冊だ。

■大平一枝さんプロフィール

おおだいら・かずえ/長野県生まれの文筆家。編集プロダクションを経て1995年に独立。市井の生活者を独自の目線で描く、ルポルタージュコラムやエッセイを執筆している。2022年には、朝日新聞デジタルマガジン「&w」での人気連載「東京の台所」をもとに同名の漫画単行本を発売。著書に『ジャンク・スタイル』『男と女の台所』(平凡社)など多数。

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