1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 詩人・谷川俊太郎の棚。「美しいと感じる心の原点がいつもそこにある」

詩人・谷川俊太郎の棚。「美しいと感じる心の原点がいつもそこにある」

  • 2022.12.2
谷川俊太郎の自宅の棚

ささやかな秩序のようなものが人の心を安らかにする

「ただ好きっていうだけじゃ駄目?解釈したり言葉で説明したりするの、僕はあんまり楽しくないんですよね。自然のままがいいな」

棚の話を聞きに来ましたと伝えたら、のんびりした調子でそう返ってきた。詩人の谷川俊太郎さんが暮らすのは、都内に立つ一軒家。もともと土間のある古い造りだったところを、哲学者の父・谷川徹三さんと母の多喜子さんが改築した。谷川さんにとっては、独立前の十数年を過ごした家でもある。

詩人・谷川俊太郎
「詩が書けるなんて思う前は工業デザインに関心があった。パッケージとしての秩序ある美しさですよね。今もデザイナーの渡辺力さんの時計が大好き」
谷川俊太郎のブロンズの動物コレクション
好きな方を向いて楽しげに暮らしているようなブロンズの動物コレクション。「千年以上前の小アジアのものだったと思います。ばらばらになるのが心配でケースを作ってもらいました」

「建て替えの設計は浜口ミホさんという女性建築家。当時はとても斬新で機能的な家だったと思いますよ。システムキッチンも造り付けの棚も珍しかったはず」

両親の肖像写真が飾られているその場所には、「たしか紀元前何世紀、みたいな時代のもの」というメキシコの土偶や中国の人形、鳥の形をした石の置物など、徹三さんが蒐集していた古美術が並ぶ。ガラスケースに収まっているブロンズ製の小さな動物は、そんな父の影響で谷川さんが最初に集めた骨董品。壁付け棚には、シトロエンの2CVやフィアット・プントなど、これまでに乗ってきた車のミニカーも置かれている。

谷川俊太郎の自宅の棚/ミニカーと模型飛行機
幼稚園時代から外国車のカタログを眺めていた乗り物好き。ミニカーは歴代の愛車モデル。模型飛行機は『PEANUTS』に登場するチェッカー柄の英国機とレッド・バロンの機体。

「世の中にたくさんあるものの中から何かを取り上げる時に、その人の美の基準が表れる。今の僕は、原点というのかな、どこかで自分とつながりのあるものを眺めていたいと思ってるんですよね」

そう言いながら見せてくれたのが、『うつくしい!』という題名の写真絵本。谷川さんが美をテーマに作った一冊で、例えば父が遺した古美術の写真には、一つの美しいものをほかの美しいものと置き換えることはできない、というような文が添えられている。

お気に入りだと話す別のページには、「にんげんのいきかたにも、うつくしさはある。/まいにちのくらしの、/なんでもないところにも、/うつくしさとみにくさのちがいは/あらわれる。/うつくしいおんがくが、/にんげんのこころをうごかすように、/どんなささやかなものであっても、/うつくしいおこないは、/にんげんのこころをやすらかにする」とあり、谷川さんいわく「秩序あるものは美しい、という話。混沌は美しさとはちょっと違う。何かオーダーがないと美しいとは言えないんじゃないかと思います」。

棚には、人生にいつも寄り添ってきた音楽も並んでいる。80歳を越えて聴き始めたハイドンのCDや、「ぼくの幸せの原型」であり「その数小節に匹敵する詩が書きたいと、私はずっと夢見ている」と憧れてやまないモーツァルト。

「音楽が心の中に作り出す状態を、詩で作れないかと、願い続けてきたところが僕にはある。でも音楽と同じようなものは書けませんよ。だって言葉は意味を持っちゃっているけれど、音楽は意味から解き放たれているんだもの。棚だってそう。棚が何かなんて考えても仕方がない。意味がなくても人の心が動くところがいいんだから」

谷川俊太郎の自宅の棚
詩人の谷川俊太郎さんの住まいは、日本初の女性建築家である浜口ミホが改修設計した木造家屋。仕事場にしている広間の造り付け棚には、人生を支えてきた音楽や、哲学者の父・谷川徹三さんが蒐集した古美術が並ぶ。
谷川俊太郎の自宅のCD棚
「石の鳥は父の蒐集品。紀元前のバードストーンっていうんだって」。白い人形は手がけた絵本『どーも』の主人公。CD棚にはモーツァルト、ハイドン、マヘリア・ジャクソン。
谷川俊太郎の自宅の棚/川端康成の肖像で知られる柿沼和夫が撮影した両親の写真
両親が暮らしていた東京・杉並区の家を、当時のまま住み継いでいる。川端康成の肖像で知られる柿沼和夫が撮影した両親の写真の前には、父の徹三さんが大切にしていた古い人形。右は古代メキシコ、左は中国・宋のもの。
谷川俊太郎の自宅仕事場にあるジオ・ポンティの《スーパーレジェーラ》
「最近、どんな芸術家が作ったものよりも自然を美しいと思う」。庭を眺める仕事場には、紙モノを読む時に使うアメリカ製の譜面台と、「最も軽いっていう名前のイタリーの椅子」ジオ・ポンティの《スーパーレジェーラ》。

profile

谷川俊太郎(詩人)

たにかわ・しゅんたろう/1931年東京生まれ。52年に初の詩集『二十億光年の孤独』を発表。現代詩のほか、絵本やエッセイ、作詞、漫画『PEANUTS』などの翻訳まで、幅広く活躍中。近著に詩集『モーツァルトを聴く人』(小学館文庫)など。

twitter:@ShuntaroT

元記事で読む
の記事をもっとみる