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「このままではお世話してもらえなくなる…」女性の経済的自立に反感をもつ男性の"卑怯な心理"

  • 2022.12.1
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女性の活躍や経済的自立に反感をもつ男性が一定数存在する。彼らはどのような心理なのか。社会学者の平山亮さんは「女性は男性とつがわない限り、生存と生活が難しくなるような状況が崩れれば、『男性であること』だけで自分についてきてくれる女性は減ります。女性の経済状態が良くなることに反感を持つ男性が存在する背景には、お世話係としての女性を切望する心理が隠されているのです」という。同じく社会学者の澁谷知美さん、ライターの清田隆之さんとの鼎談をお届けしよう――。

※本稿は、『どうして男はそうなんだろうか会議』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。

男と女の関係が悪く
※写真はイメージです
助けを求めなくても助けてもらえる立場

【澁谷】平山さんは、ある論考(※)で、「弱音を吐けない男らしさ」に縛られ、助けを求めることができない男たちについて、なぜ「絶滅せずに生き抜くことができたのか」という問いを発しています。どうして「生き抜くことができたのか」、教えていただけますでしょうか。

※「「男ゆえの困難」の何が問題か」、信田さよ子編著『女性の生きづらさ その痛みを語る』(日本評論社、2020年)所収

【平山】ひと言で言ってしまうと、助けを求めなくても、助けてもらえる立場にあるからです。身の回りのことをやってもらったり、気を遣ってもらったりといったことも含め、有形無形の支えのことを、ソーシャル・サポートと言いますが、このソーシャル・サポートは、健康状態や寿命の長さと関連していることがわかっています。

男性は一般的に、ソーシャル・サポートを得られるような私的な関係が少なくて、だから健康も害しやすいし短命になると言われていますが、配偶者の有無で、これは変わります。健康を害しやすく短命になりやすいのは、女性のパートナーがいない男性です。

逆に言えば、女性のパートナーがいる男性は、サポート源がそう多くないにもかかわらず、健康が守られている。なぜなら、性別分業的な家族の制度のもとでは、男性はサポート源を得ようと努力しなくても、制度的にサポートを提供してもらえるご身分にあるからです。そういう制度のもとでは、女性は男性を下支えする役回り、お世話係となることが標準になっていますから。そして、そのおかげで、男性は生き延びてこられた。実際、独身者が増えているとはいえ、男性の4分の3以上は、いまだに既婚ですから。

妻のサポートを得られるのは男性の特権

【澁谷】平山さんはこの論考で、女性にケアをしてもらいたいなら、懇願すればいいじゃないかと書かれていました。

【平山】ところが実際には、相手が自分のサポートを引き受けてくれるような、そういう関係を努力してつくろうとするわけでもない。むしろ、男性ひとりにつき、お世話係をひとりあてがってくれるような制度を切望する男性も一部いるわけです。

たとえば、一部の男性は、女性の経済状態がよくなることに反感を持っていますが、その反感はそういう切望と同根だと思います。男性のほうが経済的な資源にアクセスしやすく、女性は男性とつがわない限り、生存と生活が難しくなるような状況が崩れれば、「男性であること」だけで自分についてきてくれる女性は減ります。制度的にあてがわれていたはずのお世話係の女たちが、男の自分から離れて生きる自由を手に入れてしまうと、男性は女性のサポートを得るために、今後もっともっと気を遣い、努力せざるをえなくなるでしょう。一部の男性が正規雇用の女性に反感を持つ背景には、そうした心理があると思います。

【澁谷】なんとも卑怯な心理ですね。自分が女性に頭を下げたくないがために、女性が資源にアクセスすることを嫌うというのは。

「長時間労働のせいで男は家事育児ができない」説は本当か

【澁谷】男性性をめぐる議論では、定型化した言い方が今でも幅を利かせていると思うんですね。たとえば、ケア責任が女性に偏っている問題については、長時間労働のせいで、ケアを担いたくてもできないといった台詞が出てきます。それに対して平山さんは、そういう言い方はそろそろやめたほうがいいと仰っていました。なぜ、やめたほうがいいのでしょうか?

【平山】これには問題が二つあって、一つは、たった一つの要因で説明するという単純化に陥っているからです。家事育児の分担をめぐる話になると、長時間労働のせいで男性はやりたくてもやれない、で終わってしまいがちになる。これは、立場の違いを超えて見られる傾向です。しかし、データを見る限り、男性は労働時間が減っても、家事育児の時間が必ずしも増えるわけではない。

たとえば、総務省が行った「平成28年社会生活基本調査」の、独立していない子どものいる世帯のデータを見てみると、それがわかります。子どものいる男性が、仕事にかける1日あたりの平均時間と、家事や育児にかける平均時間を、都道府県ごとに分けて見ると、少なくとも前者には明らかな地域差が見られる。仕事にかける時間は、長い県と短い県では平均50分ほど、つまり1時間弱、違いがあります。

では、仕事の時間が減った分、家事をもうちょっとやろうか、子どものケアにあてようか、となるかというと、そうはなっていないようで。なぜなら家事の時間も育児の時間も、どちらも1日あたり20分前後で、こちらは都道府県のあいだで差がほとんど見られないからです。ここから示唆されているのは「長時間労働のせいで、男性はやりたくてもやれない」ではない。むしろ、「労働時間にかかわらず、やらない男性はやらない」ということでしょう。

家事を手伝わない夫に文句を言う妻
※写真はイメージです
男性は女性の3倍も余暇を楽しんでいる

【平山】では、子どものいる男性は、何に時間を使っているのか。余暇のようです。NHK放送文化研究所の「2015年国民生活時間調査」の結果を見ると、育児中の人が多いと思われる30~40代の休日の余暇時間、たとえば、スマホやパソコンでゲームや趣味に興じる時間の男女差は、大きいです。調査では「趣味・娯楽・教養のためのインターネット」の時間となっていますが、30~40代の女性は、日曜日でも30分前後しかスマホやパソコンで好きなことをしていない。でも、男性たちは女性の3倍以上もの時間、遊べている。女性が自分の余暇を削ってでも、家庭内の無償労働に従事せざるをえなくなる一方で、男性は余暇のための時間をちゃんと確保している。そういう非対称性が垣間見えます。

もちろん、長時間労働を前提とするような、現在の就業システムは問題です。それは女性にとっても問題です。したがって今の体制は、変える必要がある。しかし、いま紹介したデータを見れば、現在の就業システムが、男性の行動に与える影響を過大視していることがわかりますよね。「長時間労働のせいで、やりたくてもできない」だけで議論するのは、適切ではないと思います。

【清田】「性役割の乱用」「責任の外部化」というお話がありましたが、「やりたくてもできない」という構図もまさにそれですね……。自分も「諸悪の根源は長時間労働!」みたいに考えていた部分が正直あるので、データの重要性を痛感しました。

仕事がなくても男性は家事をするわけではない
『どうして男はそうなんだろうか会議』(筑摩書房)
『どうして男はそうなんだろうか会議』(筑摩書房)

【平山】もう一つの問題は、そもそも家事育児ができない理由として、仕事を持ち出せること自体、特権的なことだからです。

先ほどの「社会生活基本調査」を再び取り上げると、子どものいる世帯での育児時間は、男女ともに有業な場合や、男性だけが有業で女性は専業主婦である場合だけでなく、男性が無業で女性だけが有業の場合でさえも、女性のほうが長い。

つまり、女性は仕事と育児の時間をトレードオフすることも、仕事があるからといって育児を配偶者に任せることも、ほとんどできないということです。つまり、家事育児ができない理由として仕事を持ち出せるのは、男性の特権なのです。

優位を利用して反論を封じるのはハラスメント

【平山】女性が家事育児をすることがデフォルトになっている社会で、女性たちは就業継続の困難も含め、既にさまざまな不利益を被っています。そういうなかで、女性が男性に「家のことも、もうちょっとやってほしい」と訴え、自分の置かれた状況を改善しようとしているとき、男性が「仕事で忙しいんだから」と言って反論することは、優位にある側がその特権を最大限利用して、劣位の側の必死の訴えを叩き潰す行為にほかならないんです。これこそ、構造的優位の乱用そのものでしょう。

【澁谷】めちゃくちゃ腹がたってきました。

【平山】これはハラスメントと言ってよいと思っています。相手に反論を難しくさせる、自分の構造的な優位を利用して、相手を自分の好きなようにするのがハラスメントですから。「時間がなくてできない」がまったくの虚構ではないにしろ、それを当然のように持ち出し、そのことで男性の家事育児の少なさを「致し方ないこと」のように説明してしまう意味を、男性はもっと自覚したほうがいいと思いますよ。それって、ただの弱い者いじめですから。

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