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【2022京都紅葉】河原町ビル群裏の穴場イチョウ見頃☆日本史の転換点的お寺「本能寺」

  • 2022.11.28

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は中京区、河原町三条上がった場所からも見える大イチョウが見頃のお寺。11月25日の様子。

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中京区寺町御池下がった場所にある法華宗寺院『本能寺』。日本史上最大のクーデターとして知られる『本能寺の変』。その舞台となったお寺として知られています。

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応永22年(1415)、日隆上人によって創建。
当初、『本応寺』と称され、永享5年(1433)、六角大宮に移転した際、本能寺と改名。さらに天文14年(1545)、油小路蛸薬師一帯に広大な寺域を得て大伽藍を復興。

天正10年(1582)、織田信長が明智光秀によって襲撃をうける『本能寺の変』勃発。信長は自刃した上、大伽藍を焼き払い、30余りあった宿坊も焼失。

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本堂。
その後、天下をおさめた豊臣秀吉の都市計画により、天正17年(1589)、現在の地に移転再建されるも、江戸時代後期の天明・元治の大火により堂宇は焼失。現在の本堂は昭和3年(1928)に再建されたものになります。

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ちなみに、こちらが旧本能寺があった場所。現在では石碑と消防団の建物があり、火の用心に万全な対策が施されています(笑)

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境内の東側。ちょうど河原町通沿いに立ち並ぶビル群の真裏当たり。

ここに織田信長の廟所があります。光秀の謀反により無念の死を遂げた信長を悼み、本能寺の変から一か月後に、三男信孝が本能寺を父の墓所と定め建立。廟所には信長所持の太刀も納められています。さらに周辺には側近の供養塔も。

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さらに信長の廟所の北隣りには9代将軍徳川家重夫人の供養塔、菅中納言局庸子の石塔、島津義久夫人の石塔などが並んでいます。

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境内の南東門にある大銀杏がちょうど見頃を迎えていました。

別名「火伏せのイチョウ」と呼ばれ、天明の大火(1788年)の際には、数十人の避難者を炎から守ったと言われている名木。以前の本能寺が焼失したことから御神木でもあるんですね。

普段はすっぽりとビル群にその存在が隠れているため、意識されることも少ない名木ですが、紅葉シーズンになるとその存在感を発揮。

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ちょうど河原町通り沿いにある裏門からもビルの間から、黄金の大銀杏がチラ見でき、それにつられて本能寺を訪れるショッピング中の通行人も多数。私もそんなもんでしたが(笑)繁華街にある、今の時期だけの黄金の大銀杏。ぜひ立ち寄ってみてください!

詳細情報

名称:本能寺
場所:京都市中京区下本能寺前町522
電話番号:075‐231‐5335
公式サイト:http://www.kyoto-honnouji.jp/

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