1. トップ
  2. 台湾料理に興味を持ったら、読みたいエッセイ。香辛料の匂いがしてきそう。

台湾料理に興味を持ったら、読みたいエッセイ。香辛料の匂いがしてきそう。

  • 2022.11.26

コロナ禍でしばらく往来が絶えていた台湾だが、台湾の生活や文化への関心は高く、関連の出版が相次いでいる。本書『オールド台湾食卓記』(筑摩書房)もその1つだ。サブタイトルが「祖母、母、私の行きつけの店」。台湾料理の香辛料の匂いが漂ってくるようなエッセイ集だ。

著者の洪愛珠さんは、1983年生まれのグラフィックデザイナー。母の介護をきっかけに著述を始め、日常の食事や出会った人々について書いた本書で台北文学賞一等賞などを受賞した。

台湾ブームの日本では、台湾の食べ物について書かれた本も多く出版されているが、一般家庭の台所で何がつくられ、食されているかについて書かれたものは少ない。どこから読んでもいいが、祖母や母の思い出のくだりを読むと、台湾映画のシーンを見るようだ。

「母方の祖父は貿易業を営み、1960、70年代には、社員が100人近く、家族も数十人、多いときには毎日、10人用の折りたたみ式丸テーブルを8つ開いて食事したという。さらに連日の宴会では、ヨーロッパや中東、東南アジアから来たお客さんたちを、3日かけて準備した華麗な台湾料理と自家製のお酒でもてなした」

お客さん料理の買い出しも豪勢だった。アワビ、ナマコ、フカヒレ、魚の浮袋、クラゲ、キヌガサダケ、原木椎茸、日本産干しホタテ......。祖母と母が信頼した老舗があり、商品を選ぶ厳密な基準があったという。

著者も買い出しに連れ出された記憶があり、昔かたぎの買い出し地図の様子を描いている。甘いものが好きだった祖母は甘納豆とピーナツに卵の衣をまぶしてあげたものを買った。母と行くならば、そら豆やスイカの種など塩味のスナックを買った。

乾物を買うときは、見る目が必要だという。「店先に大量の砂糖漬け果物やナッツやカラスミを積み上げている店は除外してよい。ドライフルーツの色が美しいほど、より怪しい」。尋ねて初めて、店内の冷蔵庫から品物を取り出してくるのが老舗のプライドだ。著者のような駆け出しが1人で行っても、知らんぷりされてしまうことはざらだという。

さまざまな餅菓子や焼き菓子も売っている。小さな「お嬢さん菓子」は、「一つの包みに六枚入りで、一つひとつは指の爪ほど小さく、口に入れるとすっと溶ける質感が大変精緻だ」。涎餅もある。真ん中の穴に赤い紐を通して離乳期の赤ちゃんの首にかけてあげるものだが、台北ではもうかなり珍しくなったという。「今の時代に子どもを産んで育てることは、涎餅を買うより余程難しい」。ところどころに批評眼が感じられる。

買い物の間に飲食もする。麺類も食べるが、祖母や母の心は「一貫して、食後のかき氷に向いていたのではないかと私はにらんでいる」。かき氷を注文するほうが事情通で、トッピングの略称をすらすら言うのが常連客の洗練ぶりを示したという。

「紅麦布牛(ホンマイブーニウ)」は、トッピング全部乗せのことで、小豆、オートミール、プリン、練乳のことだ。

老舗で食事し、子どもの頃に食べたものを買えば、「時が過ぎるのをごまかせるかもしれないと思っていたが、やはり願い通りにはいかなかった」。

ある店で、祖母の消息を尋ねられ、「亡くなりました」と答えた。「暗く深く底無しの穴が開く」。喧噪の中で感じた孤独。単なるショッピングガイドではない人生への洞察が潜んでいる。

スープは救世主

コロナ禍での日常の食生活についても書いている。参考になるかもしれない。

「葉物はあまり長く置けないので、買う量を少なめに。かわりに、長持ちする野菜を求める。仮に二週間の隔離を命じられたとしても、腐らないだろうセロリやトマトは買う。常温で保存できる瓜の類、南瓜や冬瓜は買って壁際に転がしておく。キノコ類も少し。白菜とキャベツ各一個は、食べ終わったら必ず補充する。白菜もキャベツも密度が高いので、占領する空間と作ることのできる料理の皿数を計算してみたら、非常に経済的。大根、にんじん、玉ねぎなどの根菜類は、サラダにも、煮込みにも、スープにも使えるので常備する」

肉を買えば、スープをとり、冷凍保存する。スープに合う材料は限りなくある。ワンタン、肉入り白玉、つみれ、肉団子、餃子......。スープは救世主だという。

今、日本でも流行している「電鍋」も出てくる。「台湾にオーブンのない家、電子レンジのない家、フライヤーのない家はあるだろうが、この電気鍋のない家はない」。水蒸気で調理する家電で、何品も同時調理できる点が魅力だ。ほったらかしでおいしい料理ができるので、初心者にもオススメのアイテムだ。

お粥、ちまき、揚げ物、お茶などのほか、いま話題のルーロウの作り方や思い出もたっぷり出てくる。食べ物を通して、台湾で生きる三代の女性の人生が浮かび上がってくる。小説や映画を通して、台湾への関心を持ち始めた人に勧めたい本である。BOOKウォッチでは、電鍋の使い方から、メニューや副菜のレシピ、同時調理、応用までわかる『ぜーんぶ電鍋!』(主婦の友社)を紹介済みだ。

■洪愛珠さんプロフィール
ほん・あいじゅ/1983年生まれ。新北市五股出身。ロンドン芸術大学メディア学院卒業。グラフィックデザイナー。文筆家。デビュー作である本書で、台北文学賞、林栄三文学賞、鍾肇政文学賞を受賞。

■新井一二三さんプロフィール
あらい・ひふみ/明治大学理工学部教授。訳書に蔡瀾『人生の味わい方、打ち明けよう』(KADOKAWA)、日本語の著書に『台湾物語』(筑摩選書)など。中国語の著作も多数。

元記事で読む
の記事をもっとみる