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見えない存在の確かさを――。青山美智子さんが書き留めたかった「この時代の空気感」

  • 2022.11.17

『木曜日にはココアを』『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』など、数々の連作短編集を手掛けてきた青山美智子さん。本や絵画など共通のモチーフを軸に、話ごとに主人公を変え、物語がリレー形式で綴られていく。

一見、関わりのないように思えた登場人物たちがモチーフを介して繋がり、読後に温かな余韻を残す。最後に驚きの仕掛けが待っているのも青山作品の醍醐味だ。

そんな青山さんが最新作でテーマに選んだのが「月」。新刊『月の立つ林で』(ポプラ社)では、生き方に迷い、身近な人との関係に悩む登場人物たちが、あるポッドキャストの番組を介して自分を見つめ直し、新しい一日へと一歩を踏み出していく。小説家デビュー5周年を迎えた青山さんに、作品が生まれた背景やタイトルに込めた思いを伺った。

見えないけれど、絶対にいる

――今回の作品では、なぜ「月」をテーマに選ばれたのですか?

青山:コロナ禍で閉塞感が続くなか、私は見えないところで支えてくれている存在の確かさを感じていました。例えば電気のスイッチをつけると、灯りがパっとともる。そのスイッチの先には、私たちの生活を支えてくれる人たちがいるのですね。頭ではわかっていても、閉ざされた日々ではそのありがたさを感じることが増えていく。人と人は繋がっているのだということを、今、この時に書き留めておきたいという気持ちがありました。
見えないけれども、絶対にいる存在とは何だろう。そこで思い浮かんだのが「新月」でした。姿は見えないけれど、新月はこの広い宇宙のどこかに必ずいるのです。私は昔から月がすごく好きで、満ち欠けのサイクルも意識して日常生活を送っています。星占いでは、新月は新しい時間のスタートのタイミングとも。大好きな月のことなら、自分にも書けるなと思ったのです。

――作品の中では、タケトリ・オキナという男性が語るポッドキャストの番組『ツキない話』が出てきます。登場人物たちは月に関する話に心を寄せながら、それぞれの毎日を紡いでいくのですね。

青山:これまでの私の小説ではキーパーソンがいて、登場人物は何らかの関わりによって悩みのヒントを見つけていくという展開が多いのですが、今回のタケトリ・オキナは番組の中でずっとしゃべっているだけなんです。登場人物と直接関わりはないけれど、それぞれがポッドキャストを通じていろんなものを得ていく。それも私が書きたかったことでした。
コロナ禍でなかなか人に会えない状況の中で、私たちはSNSやインターネットの恩恵をすごく受けています。身近にふれることができ、世界中の誰かと繋がりあえるツールを手にしたことで何が起きているのか。この時代の空気感のようなものも書き留めておきたかったのです。

太陽のような人にはなれなくても

――長年勤めた病院を辞めた元看護師、売れないながらも夢を諦められない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを抱える二輪自動車整備士......。5人の主人公たちを通して、どのような人間模様を描きたいと思われたのですか?

青山:私が今まで書いた中では、いちばんおとなしい人たちが出てくると思います。すごく自分に自信がなかったり、動けなくて立ち止まっていたり。誰かと比較して、自分のことを肯定できない人たちですね。それでも「月」からいろんなことを得て、自分の人生や立ち位置とすり合わせていく。自分は太陽のような人間ではないけれど、「月」でいいんだと気づくことで、前を向いて次へ向かっていく人たちを書きたかったのです。
さらに、この5人の主人公たちは誰かの役に立っているということ。自分では大したことをしていないと思っているかもしれないけれど、違うよと。「あなたは誰かをすごく助けているし、喜ばせている。月は見ているよ」ということを、この小説を通して皆に伝えたかった。かつて『木曜日にはココアを』では〈わたしたちは、知らないうちに誰かを救っている〉というコピーを付けていただいたのですが、私が言いたいことは一貫しているのかもしれませんね。

――青山さんはデビュー作の『木曜日にはココアを』からずっと連作短編集というスタイルで書かれていますね。

青山:『木曜日にはココアを』はWeb連載で、12カ月かけてバトンを渡すように書いたものが始まりですが、私にはこのやり方が合っていたと思います。ドラマを見ていても、主人公がしゃべっている隣で脇役の人が黙っていると、「この人、絶対違うこと考えてる」と妄想するタイプ(笑)。舞台でもスポットライトを浴びていない人たちの人生にすごく興味が湧くんです。同じ場面でも視点が変われば、まったく違う景色に見えてくる。自分が小説を書いていても、出てくる人物の中ではこれだけの登場じゃ惜しいと思うようなキャラクターもいるわけです。だから、書けば書くほど、またネタが増えていくというか。

SFから官能小説まで応募、47歳で小説家デビュー

――青山さんの作品には登場人物一人ひとりへの愛情を感じられます。もともと小説を書き始めたときも、熱い思いがあったのでしょうね。

青山:私が作家になろうと決めたのは14歳のとき。あれから33年もかかりました(笑)。きっかけはコバルトシリーズ全盛期の頃、氷室冴子さんの『シンデレラ迷宮』という小説に出合ったことです。なんて面白いんだろうと感動し、自分もマネして書き始めたのです。まずはコバルト・ノベル大賞に応募しようと頑張っていたけれど、既定の95枚を書ききれなくて断念。でも、私は天才じゃないんだ......と思ったら、気持ちが楽になって、あとは努力あるのみとひたすら書いていました。
その後、大学を卒業するとすぐオーストラリアへ。ワーキングホリデーのビザで勉強したり、働いたり、旅行したりして、半年間過ごしました。さらにシドニーの日系新聞社で記者として1年半勤めた後に帰国。それからは東京の出版社で編集の仕事をしながら、小説を書いて応募する日々を送っていたのです。

――その頃はどのようなテーマで小説を書いていたのですか。

青山:当時はネットのような情報もなかったので、応募ガイドを見ては、新人文学賞を目指していました。50枚ほどの短編を見つけ、毎月、一覧表を作りました。締め切りは「○月〇日」、選考委員は誰か、賞金はいくら、どれくらい応募数があるか、などと書き出して壁に貼り、それに合わせて書いていく。SF、ミステリー、官能小説まで手当たり次第に応募したけれど、全然ダメで(笑)。20代の頃は1次審査にも残らなくて全滅でした。
やがて結婚し、夫の仕事の都合で静岡へ行き、4年間暮らしました。その間も執筆活動を続けながら、33歳で子どもを出産。実はその頃、初めて小学館のパレットノベル大賞で佳作を受賞したのです。それから37歳でもう一度、地方の文学賞で佳作に入ったのですが、まだデビューはできなくて......。
ようやく『木曜日にはココアを』でデビューできたのは47歳のとき。この作品は新人賞を目指して書いたのではなく、自分が好きなように書けばいいものだったので、それが認められたことはとてもラッキーでしたね。

――青山さんにとって、デビュー作を通して書きたかったテーマとは?

青山:人は誰しも、他の誰でもなく、特別な「自分」なのだということでしょうか。例えば電車に乗っていると、お互いに知らない者同士です。でも、それぞれに家族がいて、帰る家があって......と考え始めると、目の前にいる人への興味が湧いてくる。誰一人として同じ人はいないということって、すごいなと思うのです。地球には70億人以上の人がいるとしたら、70億個以上の物語があるわけですね。そう考えると、人間ってすごく愛おしい存在だなと思う。私はそうした人々の物語を書くのが好きなのでしょうね。

――これからも小説家として読者に伝えていきたいことはどのような思いでしょう。

青山:やっぱり「あなたはそこにいるだけで本当に素晴らしい」ということが、私の中では変わらないテーマだと思います。けれど、あえて読者に何かを伝えたいということではないんです。私は勝手に書いているので、読者の人たちはそれを好きなように感じとってもらえたらと。本当に書きたいものを本棚に並べるから、いつでも、どこからでも、自由に楽しんでもらえたらいいですね。

■青山 美智子さんプロフィール
あおやま・みちこ/1970年生まれ、愛知県出身。横浜市在住。 大学卒業後、シドニーの日系の新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。デビュー作『木曜日にはココアを』で第1回宮崎本大賞受賞。『猫のお告げは樹の下で』は第13回天竜文学賞受賞。『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』で2021・2022年本屋大賞ともに第2位。他の著書に『鎌倉うずまき案内所』『ただいま神様当番』『マイ・プレゼント』など。

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