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「ウサギ耳の男」逮捕では何も解決しない…ソウル“群衆雪崩”事故を「スイスチーズモデル」で考える

  • 2022.11.4
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騒然とする梨泰院(2022年10月、EPA=時事)
騒然とする梨泰院(2022年10月、EPA=時事)

韓国・ソウルの梨泰院(イテウォン)で10月29日、群衆雪崩とみられる事故が起き、150人以上が亡くなりました。事故から時間がたち、情報が明らかになるにつれて「ウサギ耳のヘアバンドをした男が『押せ』と叫んだ。捕まえて処罰せよ」という論調がネット上で目立つようになってきました。結果の重大性を見れば、確かに群衆の中で「押せ」と言った人を許せない気持ちは分かるのですが、筆者は、「ウサギ耳の男」を悪者に仕立て上げて血祭りにあげることによって、この悲しい出来事が「解決した」と考えるべきではないと思います。

第2、第3の「ウサギ耳の男」の可能性

スイスチーズモデル(イラストはリーズンのモデルをもとに筆者作成)
スイスチーズモデル(イラストはリーズンのモデルをもとに筆者作成)

イギリスの心理学者、ジェームズ・リーズンは、「危険源は常にあり、その手前にスイスチーズのように穴のあいた不完全な障壁が何枚かあり、事故はそのスイスチーズの穴が不幸にも重なってしまった時に起きる」と言っています(※イラスト参照)。つまり、事故は通常1つの原因で起きるのではなく、いくつかの原因・要因が重なって起きるものだ、ということです。

逆に言えば、スイスチーズの1つでも障壁として機能すれば事故は防げるので、私たちがやるべきことは、チーズをなるべく増やすことと、穴をなるべく小さくすることです。この時、たった1枚のチーズに注目して、そこに関わる当事者を断罪し処罰しても、下げられる事故リスクは限定的です。他にもっとやることがあるはずです。

少し抽象的なことを書きましたが、今回の事故を具体例として考えてみましょう。群衆雪崩はなぜ起きたのでしょうか。まだ分からないことはたくさんありますが、少なくとも「ウサギ耳の男」が「押せ」と言ったことの他にも、「新型コロナのパンデミックは終わった」という社会的ムード(「パンデミックの終わり」が正しいかどうかは別として)の中のハロウィーンで例年よりも人が多く集まったこと、誰かがイベントを主催したわけではなく自然発生的に人が集まったため、警備や誘導をする人がいなかったこと、現場が坂道であったこと、現場が周囲の道よりも幅の狭い丁字路に挟まれた道で、両側から来た人が集中してしまったこと、坂道付近に有名人がいるといううわさがあったことなどが、事故を直接的、あるいは間接的に起こした要因として挙げられます。

これら個々の要因に対して、それぞれ再発防止の対策は可能です。「集まり過ぎ」に対しては、混雑状況をアナウンスしてタイムシフトを促すとか、別の場所でも集客力の高いハロウィーンイベントを行うなどが有効かもしれません。

「主催者不在」は、あえて主催者を立てたイベントとして企画し、警備や誘導を行うとともに、人が集中しすぎないイベントのプログラムや人流制御を考えることができそうです。実際に、ニューヨークでは主催者がいるハロウィーンパレードに、梨泰院の20倍もの人が集まりましたが、今年も無事にイベントを終えています。

「坂道」を平らにすることはできませんが、狭い道や転倒の可能性の高い坂道は通行止めにする、上り方向の一方通行にするなどの対策が取れます。「有名人出没のうわさ」は防ぎようがないかもしれませんが、逆に利用して、もっと広くて安全な場所に、本当に有名人に登場してもらうことで、狭い路地裏の密度を下げられそうです。

ここに挙げた対策がすべて思い通りに効果を発揮してくれるかは分かりません。しかし、スイスチーズモデルに照らせば、どれか1つでも機能すれば事故は防げます。筆者には思い浮かばなかった原因や対策もあるはずなので、これらも併せてできる対策はなるべくたくさんするべきでしょう。

一方で、事故を「ウサギ耳の男」のせいにして、彼らを断罪しても、恐らく何の解決にもなりません。イベントにたくさんの人が集まる以上、一定確率で不適切な行動を取る人はいるので、ウサギ耳の男を社会から抹消しても、第2、第3のウサギ耳の男が現れる可能性があります。

事故に対する怒りや悲しみを誰かにぶつけたい気持ちは分かりますが、私たちがやるべきことは、断罪ではなく、複数の原因や背後要因を究明し、再発防止のために可能な限りの対策を行うことなのです。

近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢

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