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「ロシア人は一様にソ連時代は楽しかったと話す」ロシア人タレントが明かす市民の知られざる実情

  • 2022.10.29
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ロシアによるウクライナへの侵攻開始から8カ月。戦況は激化する一方で終結の兆しは見えない。そんな中、日本在住ロシア人のひとりであるタレントの小原ブラスさんは、ロシアの祖父母らと交流してきた経験から、侵攻に至るまでのロシア市民の知られざる実情を明かす――。

※本稿は、小原ブラス『めんどくさいロシア人から日本人へ』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

貧しかったソ連時代の思い出を楽しそうに話すロシア人たち

僕が生まれたロシアという国について、日本の多くの人は知らないだろうなということを少しお話ししたい。言わずもがな、ロシアは1991年のソ連崩壊まで、社会主義国だった。ソ連といえば貧しく、何かがあればすぐに弾圧、粛清されるような暗いイメージを持つ人が多いかもしれないが、ロシア人は不思議とよく「ソ連のあのころは」という話題を楽しそうに話す。

タレントの小原ブラスさん
タレントの小原ブラスさん

外でお酒を飲む習慣があまりないロシアでは、友人知人の家に集まり、みんなでお酒を飲むのが一般的だ。週に1、2回はそうした宅飲みパーティーが行われている。外ではあまり笑わないロシア人も、このときばかりはしこたまお酒を飲んで酔っ払い、信じられないくらいに大笑いをする!

やっとの思いで手に入れたソ連にはない質の良い外国製のストッキングを、穴が開いても縫い目が見えないよう髪の毛を糸の代わりにして、繕ってはいていたという話や、外国製の運動靴を外で履いて汚れるのが嫌で、裸足で通学して、学校の中だけで履いていたという話。政府の政策でお酒が禁止されたときに必死に家でサマゴン(密造酒)を作って、どっちのサマゴンのほうがうまいか皆で競い合った話。僕が聞いている分には、まったくうらやましいとは思えない状況なのだが、物がなく貧しかった時代の話を、ロシア人は一様に「楽しかった」と回想しているのだ。

誰かを無償で助けることに何の疑問もなかった

社会主義下のソ連では、土地や家は国のもの。自分と他人との所有物の垣根が低い社会だった。そうした社会では、誰かが特別裕福なわけでも貧乏なわけでもない。みんなが一様に貧乏だったので、食べ物を分け合い、誰かの家に手伝いに行ったり来たりして、支え合って暮らしていた。誰かを無償で助けることに何の疑問も持たなかったゆえに、貧しいながらも人と人のつながりは強固で、楽しく暮らせていたのかもしれない。

祖母の話ではソ連崩壊前までは自分の物と他人の物の差が薄かったという。例えば集合住宅の前にあるベンチが壊れていたり汚れたりしていると、誰かがなおしてくれていて、町も綺麗だったのだ。社会主義から資本主義に変わることで、これは私の物、これは違うという線引きがハッキリしたことで、自分の物ではないベンチや公共の物へ積極的に関与する人が減り、お金にまつわる争いごとが増えたのだとか。

「豊かな時代は弱い人間を生む。弱い人間は大変な時代をつくる」

そうした時代を経てきた人たちだからこそ、突然自分の国が資本主義社会に変わり、物が手に入り、生活は豊かになったかもしれないが、人の心が貧しくなっていくことをリアルに感じているのだろう。通勤が不便な場所に暮らしていた人が、車を手に入れられるようになった。楽になった、便利になったと最初は満足していたのに、ふと職場の同僚の車を見ると、自分よりもいい車に乗っている。途端にうらやましくなり、まだ乗れる車に不満を持つようになる。すると、もっと働いて、必死にお金を稼いで、いい車を買おうとする。

資本主義社会は人の勤労意欲を高めるかもしれないが、「もっと、もっと」といいものを求め続けるようになる。欲望には際限がない。だからこそ、「ソ連のあのころは」の話で盛り上がるのは、人の心が豊かだったことを象徴しているのかもしれない。政治体制は最悪で、国の在り方として失敗だったが、人々の心は穏やかだったという話を親の世代から聞いて、意外に思った。

ソ連の社会主義は、競争がないと怠けてしまうという人間のさがによって失敗したと言われることもある。その一方で、今の世界のスタンダードである資本主義は、欲望には際限がないという人間のさがに振り回されていると僕は思う。飲み会の席でよく話題にのぼるロシアの言葉が身に染みる。

「大変な時代は強い人間を生む。強い人間は豊かな時代をつくる。豊かな時代は弱い人間を生む。弱い人間は大変な時代をつくる」

結果として、ソ連の社会主義は失敗だったと結論付けられているが、後世の人類から今の世の中がどう評価されるかだってまだわからないのだ。現代の私たちは本当に沈まぬ船に乗っているのだろうか。

チャートの分析をする男性の後ろ姿
※写真はイメージです
困ったときに頼れるのはロシアか日本か?

僕は6歳から日本で育ち、日本での永住許可を取得しているが、国籍はロシアのままになっている。日本への帰化(ロシア国籍を離脱し日本国籍を取得すること)も、もちろん考えたことはあるが、これまで日本に帰化しなかったのは、ロシアに住む母方の祖父母に定期的に会いに行っていたからだ。コロナ禍前には夏休みのたびにロシアに行っていたし、祖父母や親戚以外に現地に知り合いもいた。

日本で育った僕は、ロシアには“帰る”のではなく、ロシアに“行く”という感覚だったが、ロシア国籍がないと渡航のたびにビザを取得しなくてはならないため、結果的にロシア国籍のままにしていた。数年前までロシアのビザの取得は結構面倒なものだった。日本に永住許可がありロシア国籍を持っていることで自由に行き来できる利便性を重要視していた。

新型コロナウイルスが流行し始めた2020年には、日本在住者に一律10万円が給付された。そこで、在日外国人にも給付するか否かで議論が巻き起こったことは記憶に新しいだろう。結果的に在日外国人にも給付はされたが、僕はこの一件で、「有事の際に頼れるのは、国籍のある国なのだ」ということをまざまざと感じさせられた。別に国が外国人に支給しないことも選択できただろうし、生活できないのであればご自身の国籍の国へお帰りくださいと切り捨てることもできるのだ。

母国ロシアがウクライナを侵攻した日

僕がロシアに行ったところで、市役所の手続きもわからなければ、部屋の借り方もわからない。ロシア語の読み書きが苦手な状態では仕事を見つけることも困難だろう。何より日本での生活基盤をすべて投げ捨てるなんてことは、したいとも思わない。とにかく僕はロシアでは生活はできないし、頼るのはやっぱり日本しかない。

日本国籍を取得する必要性を感じ始めた昨年末、ロシアに住む祖父母が新型コロナウイルスに罹患りかんして、相次いで亡くなった。祖父母がいなければ、ロシアに行く理由はない。本格的に帰化の申請をするための準備をしていた今年2月、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した――。

2月24日の朝、テレビをつけると、キーウの空港が爆撃されている映像が流れていた。この日はアレちゃん(編集部註:中庭アレクサンドラさん。小原さんとYouTubeチャンネル「ピロシキーズ」で活動中)の誕生日だったので、マネージャーの家に集まりお祝いをする予定だったが、祝う気になれないというアレちゃんの言葉で誕生日会は中止。僕はマネージャーの家に片付けの手伝いだけしに行った。テレビで流れる映像ではとにかくキーウの空港が爆撃されているという情報だけだったので、街がどうなっているのか、そもそもどのくらい続く見込みのものなのか、訳がわからなかった。

キーウの街にあるライブ配信をしている定点カメラの様子をYouTubeで見たり、知り合いのウクライナ人に連絡をとってみたりしたものの、情報は混乱するばかり。ただそれまでにロシア軍が侵攻するのではという話が盛んに報道されていたので、これが侵攻だということはハッキリとわかっていた。

ロシアによるウクライナ侵攻で破壊された集合住宅
※写真はイメージです
SNSに届いた大量のダイレクトメール

SNSを開いてみるとTwitterやInstagramに大量のDM(ダイレクトメール)が届いていて、正直読む気にはなれなかった。お前はロシア人としてこの件についてどう思ってんだ! というような内容のものも多く、これはメディアに出たりYouTubeをやっている者として黙っていたら肯定していると思われるのではないかといてもたってもいられなくなり、そのままマネージャーの家でカメラを回してプーチンを批判した。自分の立場を悪くしないために動画を撮ったんじゃないかという批判も多かったが、結果として僕に続いて戦争にNOの声を上げてくれたロシアの人たちが複数いたから、あのときにカメラを回してよかったと思っている。

まさか東部地域をすっ飛ばし、いきなりキーウを攻撃するなんて! 当時多くの専門家だけでなく、ロシアやウクライナの国民でさえ想定外だったのは言うまでもない。

侵攻を正当化するプーチンのプロパガンダに腹が立つ

報道を見ていると、侵攻の理由はどんどん変わっていった。最初は「NATOの東方拡大が」と言っていたのに、「東部地域でロシア系住民が迫害されているから」と言ってみたり、「ナチ化しているから」と言ってみたり……。僕の思想では、別にウクライナがNATOに入ろうがロシアの安全保障に影響はないと考えている。ウクライナよりもモスクワに近いバルト三国はすでにNATO入りしているし、何よりロシアは核を保持していて抑止力が働いている国だ。NATO諸国が進んでロシアへ侵攻する理由がない。

ウクライナ政府がクリミア問題を武力によって解決すると明記した安全保障文書を採択しているので、ウクライナがNATO加盟国になればNATOの条約5条(集団防衛)に従ってNATO諸国はロシアを攻撃しなければならなくなるということをプーチンは盛んに唱えていたが、そもそもウクライナの合意なしにクリミアを独立させロシアに編入したのは誰だという話だ。

多くのロシア人はクリミアの独立はクリミアに住む人々に支持されていると思っているし、ウクライナに住むロシア系住民が迫害されているという情報に怒りの感情を持っているが、実際に当時のクリミアの人々や現在のウクライナ東部地域の人々の気持ちや、そんな迫害が実際にあったかどうかは僕にはわからない。プロパガンダ合戦が繰り広げられている今、判断すべきことでもないと思う。

少なくとも、いかなる理由も他国への侵攻を正当化することはできないと僕は思っている。非人道的なことが行われているからという理由で侵攻することを良しとするのであれば、他国へ侵攻する理由はいくらでもつくれる。何でもありとなるだろう。プーチンにも腹が立つし、ロシア国民がプロパガンダに騙されている状況にも腹が立っている。

「デマばかり流れてくるからスマホは見るな」

僕はロシアに住んでいる普通の人たちを知っているから、なぜこの状況をロシアの人たちは不思議だと思わないのだろうと、もどかしく思っている。僕のロシアの知り合いには若い世代が多い。彼らはVPN(仮想プライベートネットワーク)につないで、Twitterや西側のメディアをチェックしているので、ロシアの国営テレビが放送する情報を鵜呑みにはしていない。高齢の人でも反プーチンでこの軍事侵攻に反対の人もいると聞く。

だが、大人のなかには子どもに対して「デマばかり流れてくるから、スマホは見るな」と言う人もいるし、西側の情報を得られないロシア国民がいるのも事実だ。知り合いをいくら説得しても、僕に対して「お前が西側のメディアに洗脳されているんだ」と言う人もいるし、僕を“裏切り者”だと言う人もいる。結局誰も自分が悪者になりたくない。西側の人は西側メディアを信じるし、ロシアの人はロシアメディアを盲信したほうが自己肯定感が満たされる。

40代以上のロシア人の多くはプーチンに投票し続けてきた

前述した通り、ソ連崩壊後の貧しく、混乱した時代を色濃く記憶している40代以降の人たちは、乱暴なやり方ではあっても、国内の秩序を取り戻したプーチンにある一定の信頼を置いている。弱い指導者が選ばれたら、カラチャイ・チェルケス共和国やチェチェン共和国などの小さな国々が集まっているロシア連邦が分裂したり、内戦のようなことが起こったりして、またあの貧しく混沌こんとんとした時代に逆戻りしてしまうかもしれないと恐れて、プーチンに投票し続けたのだろう。

そもそもプーチン以外に人気を得そうな候補が出ると逮捕されて出馬ができなくなったり、それ以前に選挙の不正も多数報告されている。今のロシアの30代半ばくらいまでの人が投票権を得たころには、プーチンの独裁体制は出来上がっていたと言える。

「兵役義務があるのに、ロシアのために戦わないのか?」

ロシアは役割が多い国だ。男はこういう役割、女はこういう役割と、ハッキリと分かれている。だからこそ、特に僕のようなゲイなど少数派の声はかき消されてしまうし、いまだに多様性は認められていない。ロシアではその役割を果たさない人には厳しいし、半面、ルールさえ守っていれば、その他のことには寛容だとも言える。ロシアの男性には兵役義務が課せられ、それが国民としての役割の一つでもある。だから、ロシアのために戦わない僕のような者には、侵攻が始まる以前から厳しい視線も投げかけられる。

また、ロシアは食料自給率が高く、エネルギー資源もあるため、ジリジリと制裁の影響は受けていくだろうが、自国の経済圏だけでもある程度の長い期間をやっていける国でもある。若い人たちのなかには売り払った人もいるが、ダーチャ(家庭菜園付きの別荘)の畑で食料を育てる文化も残っている。自宅で作った瓶詰をたくさん地下室で保存している家庭もまだ多く、プーチンはそうした背景を利用して、太平洋戦争時の日本のように「欲しがりません、勝つまでは」と持久戦に持ち込むつもりなのかもしれない。

「砲撃をしているのはウクライナ」と伝えるロシア側のメディア

この侵略行為が始まった当初は、なんとかロシア国内に情報を広めようとSNSアカウントを開設したり翻訳した西側の情報を流してみたが、まったく反応はなかった。今思うとプロパガンダは2014年から始まっていたことを見落としていた。東部地域のロシア系住民がウクライナ政府から迫害され、ひどい目に遭っているんだというプロパガンダ映画は、毎年のようにロシア国内では公開されていたし、西側諸国のロシアいじめが盛んに行われているんだということを何度も繰り返しメディアで煽っていた。

この侵攻が始まったときには既に西側メディアにアクセスできたとしても「また西側がフェイクを流してる」と思われるようなプロパガンダ漬けのロシア人が多く、僕の努力は意味があったのか疑問だ。西側の人間が見たときに「ロシア人はひどい! こんなの人間のすることじゃない!」と道徳心が傷つき憤るのと同じで、それまでの8年間多くのプーチン支持者は「ウクライナ政府はひどい! こんなの人間のすることじゃない!」と憤っていたのだ。

テレビのニュースを見ているとロシアが侵攻し民間施設に向けて砲撃、民間人の痛ましい状況ばかりが流れる。一方、ロシアのメディアではその逆で砲撃をしているのはウクライナだと言われるし、ロシア兵を歓迎する現地の人たちの映像ばかりが流れる。西側の国にいるとなんでロシアの国民の多くはこんなことを容認しているんだと思うが、ロシア側の人と話すとまったく同じように何で西側の国民はこんなことを容認しているのかと言われるわけだ。過去の戦争についていろんな話を聞くたびに「なぜそうなるんだ?」という疑問があったが、きっと当時も今と似たような状況だったのだろうと今ならわかる。戦争が一度始まってしまえばあらゆることが混沌としてわけのわからない状況になるのだと思う。

プーチン政権を一刻も早く終わりにしてほしい

僕はロシア生まれでロシア国籍ということから、ウクライナ侵攻が始まった当初は、取材の嵐だった。朝起きてテレ朝に行って、昼にTBS、夕方は日テレ……そんな日が続いた。どんなメディアにも何度も言っているのだが、僕はウクライナ侵攻について、ロシアにどんな理由があろうが大反対だし、侵略行為は許せない。ましてや、ウクライナで多くの人たちが死んでいる映像を見れば、権力がプーチンに一極集中された状態を一刻も早く終わりにしてほしい。

小原ブラス『めんどくさいロシア人から日本人へ』(扶桑社)
小原ブラス『めんどくさいロシア人から日本人へ』(扶桑社)

これまではロシアに行くこともあったし、ロシアの祖父母に迷惑がかかるといけないから、なるべくプーチンに関する発言はせず、中立な立場でいたほうがいいのだろうと思っていた。しかし、祖父母が相次いで亡くなったことにより、僕はロシアに行く動機がなくなったし、僕のせいで圧力をかけられる人はいないだろうと心の枷かせが軽くなり、堂々とプーチン批判をできるようになった。

ロシアに住むロシア人が政権批判をしたら逮捕される可能性が高いことは広く知られている。それに加えて、ウクライナ侵攻後にロシアでは法律が変わり、海外在住のロシア人が母国を批判するのも法律違反になった。つまり、僕が日本でプーチンを批判するのも、ロシアでは法律違反ということになる。いくら日本での暮らしが長くても僕はロシア国籍だから、僕が日本以外の国に行くときのパスポートを失効したり、僕が罪を犯すなどして日本での永住許可が取り消されたりすることがあれば、僕はロシアに行かなければならない。そうしたときに、どういう対処をされるかはわからない。

小原 ブラス(こばら・ぶらす)
タレント、コラムニスト
1992年、ロシア連邦ハバロフスク市生まれ。兵庫県姫路市で育つ。関西弁を話すめんどくさいロシア人として、「ポップUP!」「5時に夢中!」など、TV番組で活躍中。「外国人の子供たちの就学を支援する会」理事長などの一面もある。著書に『めんどくさいロシア人から日本人へ』(扶桑社)がある。

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