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「デジタル給与」来春解禁へ 便利そうだけど安全性は?ファイナンシャルプランナーに聞く

  • 2022.10.22
デジタル給与解禁へ
デジタル給与解禁へ

デジタルマネーでの給与支払いについて検討してきた厚生労働省が、来春にも「デジタル給与払い」を解禁する方針を明らかにしました。便利そうな面が強調されていますが、懸念点はないのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの長尾真一さんに聞きました。

「労働者の同意」が前提

Q.「デジタル給与解禁」方針について、概要を教えてください。

長尾さん「『デジタル給与』とは『〇〇ペイ』などのデジタルマネーで給与を支払うことを指します。賃金は使用者の好きな方法で支払ってよいわけではなく、通貨で直接労働者に支払う、つまり『現金払い』が法律で原則とされており、労働者の同意がある場合に限って銀行口座や証券総合口座への振り込みも認められています。

それらの方法に加えてデジタルマネーによる賃金の支払いも認めようというのが『デジタル給与解禁』案です。厚生労働省でこれまでも議論されてきましたが、具体的に2023年4月に解禁する日程案が9月に示されました。ただし参入する資金移動業者(デジタルマネーの運営業者)には厳格な要件を設け、経営破綻時には全額返金できる保証体制なども求める方向です。

またデジタルマネーの口座残高は100万円までとし、給与の一部をデジタルマネー、残りは銀行口座への振り込みといった選択もできるようにする、毎月1回は手数料なしでATM出金できるようにする、といった条件もつけられる見込みです」

Q.給与を受け取る側にとって、どのようなメリットがあるのでしょうか。

長尾さん「日頃からデジタルマネーをよく利用する人にとっては、自分でチャージをする手間や送金手数料が掛からなくなるというメリットがありますし、これまでデジタルマネーを利用していなかった人も、そういった手間やコストが掛からなくなれば、新たにデジタルマネーを利用するきっかけになるかもしれません。そうすれば現金を持ち歩く必要がなくなり、デジタルマネー独自のキャンペーンによる割引やポイント還元が受けられるようになります。

最近では決済方法をキャッシュレス決済のみとし、現金は受け付けないお店なども少しずつ増えていますが、キャッシュレス決済は今後もますます普及していくことが予想されますので、デジタル給与が解禁されればそのような社会の変化にも対応しやすくなると言えます。

また銀行口座の開設が簡単ではない外国人労働者も、デジタル給与が解禁されれば現金以外の方法で給与を受け取ることができます。そうすれば外国人労働者の暮らしやすさも向上するはずです」

Q.逆にデメリットや懸念はないのでしょうか。

長尾さん「デジタルマネーで多くの人が懸念するのは、セキュリティーや不正利用があったときの補償の仕組みだと思います。その点は厚生労働省の審議会においても利用者が無過失の場合は全額補償とする方向で検討されているようです。

またデジタルマネーは普及してきたといっても利用できるお店や使途が限られること、現在厚生労働省で検討されている内容では無料で出金(現金化)できる回数が月1回程度になりそうであることから、住む地域や個人のライフスタイルによっては、デジタルマネーは現金と比べて必ずしも利便性がよいとは言えないかもしれません。

もちろん、デジタルマネーによる給与支払いが強制されるわけではなく、あくまで労働者本人の同意に基づいて導入する方向ですが、利用すべきかどうかは個々人でよく考えた方がよいかもしれません」

Q.デジタル給与での支払いについて、本人の同意を要件とする方向とのことですが、一般的に、企業の方針について労働者の側が断るのは難しいように思います。そういった点の懸念はないのでしょうか。

長尾さん「確かに現状でも給与振込口座を事実上会社が指定しているケースもあるため、デジタルマネーによる給与支払いも会社から半ば強制されるのではないかと心配する声もあります。

労働組合があるような企業であれば組合で労使交渉できるかもしれませんが、労働組合がない企業の社員や、立場的に弱い有期雇用やアルバイトの労働者は、会社の方針に異を唱えるのは現実的には簡単ではありません。

特にアルバイトや日雇い労働者などの場合、デジタルマネーであれば企業側が現金を用意しなくても比較的簡単に即日賃金を支払える(労働者側からすると賃金を受け取れる)というメリットがありますが、便利であるからこそデジタルマネーで受け取りたくない労働者にもそれが強いられるのではないかという懸念があります。

そのあたりは労働者側が選択できる仕組みを確実に整備し、場合によっては企業に対するチェック体制や、労働者からの相談を受け付ける体制も必要かもしれません」

Q.給与を支払う企業の側のメリット、デメリットは。

長尾さん「企業側にとってのメリットとしては、まず『コスト削減が期待できる』ことが挙げられます。デジタルマネーの送金手数料は一般的に銀行振り込みと比べて安いため、金銭的なコスト削減につながりますし、デジタルマネーは全ての手続きがデジタル化されるので、作業コストの削減(=業務の効率化)も期待できます。

またデジタルマネーであれば賃金の週払いや日払いなどにも対応しやすくなるので、従業員のニーズに細やかに応えることができ、従業員満足度の向上につながる可能性があります。早く導入すればデジタルマネーの利用頻度が高い若者や、銀行口座を持っていない外国人労働者の雇用においては他社との差異化ポイントにもなることも期待できます。

一方で、デジタルマネーによる給与支払いは個々の従業員の選択によるもので、金額も給与全額ではなく一部のみデジタルマネーとし、銀行振り込みと併用する人が多いと考えられます。支払い方法が多様化すれば、企業側にとっては業務が複雑になり、かえって事務コストが増す可能性もあります」

会社が導入決定したら、どうすべきか?

Q.万が一、決済アプリの業者が経営破綻した場合、給与はどうなるのでしょうか。

長尾さん「資金移動業者が万が一破綻したとしても、賃金支払口座の残高は全額を保証するように資金保全の体制を整えることが業者側の要件とされる見込みです。またデジタル口座の残高は100万円を上限とし、残高が100万円を超えた場合には当日中に本人の銀行口座や証券口座に送金することも、厚生労働省における検討案に盛り込まれています。つまり、リスクを限定し、そのリスクは業者側が100%保全する体制を整えることで、利用者側を保護する仕組みが考えられています。

さらに資金保全に関わる保証会社や保険会社に対しても『適時に厚生労働省に報告できる体制』を求めることが検討されています。国としても資金保全の体制整備は重要事項として入念に検討しているようです」

Q.解禁されて会社が導入を決めたとき、デジタル給与で受け取るかどうか、どのように判断したらよいでしょうか。

長尾さん「普段からデジタルマネーを利用しており、なおかつATMなどで都度チャージ(入金)をしている人にとっては、一定の金額をデジタル給与で受け取ることで手間が省けるメリットはあるかもしれません。その際は過去の利用履歴なども確認し、必要最低限の金額をデジタル給与で受け取るとよいでしょう。ただしデジタルマネーを利用している人でも、指定のクレジットカードを利用するなどしてチャージ手数料が無料の人や、ポストペイ(後払い)にできている人にとってはデジタル給与で受け取るメリットはあまりないかもしれません。

これまでデジタルマネーを利用していない人はデジタル給与にも興味がないかもしれませんが、今後もキャッシュレス化の流れは続くと考えられ、キャッシュレス決済に対応できた方が便利、あるいは逆にキャッシュレス決済が利用できないと不便な世の中になるかもしれません。

もしデジタル給与が導入されたら、それをきっかけにデジタルマネーの利用を検討してみてもよいかもしれません。そういった社会の変化や、自分の生活の中でデジタルマネーを利用する場面を具体的に考えてみることが大切だと思います」

オトナンサー編集部

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