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“家”へのあらゆる固定観念を打ち砕く「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」:東京ケンチク物語 vol.32

  • 2022.9.2

「家」へのあらゆる固定観念を打ち砕く住宅を訪ねます。そこで過ごすと五感がフルに動き出し、生き生きし始める。住むことをそれぞれの人が心から楽しめる建築です。

三鷹天命反転住宅イン メモリー オブ ヘレン・ケラー
REVERSIBLE DESTINY LOFTS MITAKA (IN MEMORY OF HELEN KELLER)

私たちの多くにとっていちばん身近で、いちばん長い時間を過ごす建築空間=家。では理想の家、居心地のよい家の条件って何だろう。◯LDKがいいとか、ハイエンドな家電がそろってるといいなとか、バリアフリーがいいなとか……。そんな一般的な捉え方をガラリと覆す集合住宅が、三鷹と国立を結ぶ東八道路沿いに建つ。世界的に著名なアーティスト、建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによる、2 0 0 5年完成の「三鷹天命反転住宅」だ。

通りから見る建物は、カラフルな丸や四角が縦横に重なって巨大な積み木のよう。奇抜でド派手な外観に驚くけれど、室内はその印象を軽々と上回る。3階建ての建物に入る9つの住戸は、中央部分に円形のキッチンやダイニングがあり、そのまわりはぼこぼこと隆起するコンクリートの床。さらにその周囲に、キューブ型や球体をした〝部屋〟が扉なく接続している。シャワーブースやトイレの置かれたキューブに、円形の畳と砂利が敷かれたキューブ、床・壁・天井の境目なく内部もカーブしている球体部分。それぞれのパーツが外観と同じ14色の鮮やかな色で塗り分けられているし、よーく見れば床も天井も傾斜している……!通常の住宅ではありえない要素の連続で、「一体ここでどうやって暮らすの?」という戸惑いに襲われる。

おそらくそれこそが、荒川たちが目論んだことのひとつ。常識を捨て、五感やセンスをフル活用して空間を自分になじませることが、「住空間」の始まりだと訴えてくるような部屋なのだ。あちこちを観察すると、天井一面に相当な数のフックがついているのがわかるから、ここに使いやすい棚や好きなグリーンをぶら下げてみたっていい。あるいはコンクリート部分に立つハシゴのような形状のものを本棚や飾り棚にしてみるのもいいだろう(もちろんよじ登って遊んだっていい!)。色数の多さも、実は自然界に身を置いている時と同じ。目に入る色が多いとかえって一色ずつが意味をなくすから、部屋全体が抽象化された自然の景色のようにも見えてくる。この家は、住む人に何も押しつけない。どう住みたいか、どう使いたいかはそれぞれが考えればいい。住む人の心と身体を真に自由にする住宅だ。

GINZA2022年2月号掲載

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