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シティガール未満 vol.23 最終回──中目黒

  • 2022.8.23

上京して8年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。
前回記事:『Vol.22──中野

「劣化が進んでおりますので、鼻当てを調整する際にもしかしたら金具が折れてしまうかもしれません。そこだけご了承いただければ……」

知らなかった。一般的に眼鏡の寿命が2〜3年だなんて。一目惚れした眼鏡を一生モノくらいの勢いで買った、2年半前の無知な自分に教えてあげたい。

テンプルがジグザグになっているデザインが可愛いこの眼鏡は、2019年秋の、Zoffとジュエリーブランド〈LOVE by e.m.〉のコラボ商品である。SNSで見かけるやいなや最寄りの店舗に飛んで行き、試着してみると我ながらよく似合っていて運命を感じた。私にとっては少し高い買い物だったのだが、いつ見ても新鮮にときめくから、買ってよかったと心底思っている。もう長いこと調整しておらず、流石にそろそろしてもらおう、と店頭に持ち込んだ矢先だった。

しかし、背に腹は代えられぬ。死ぬリスクのある手術の如く、壊れる覚悟で眼鏡を差し出した。数分後、愛しい眼鏡は無事に私の手に戻ってきてくれた。

かけてみると買った頃に戻ったかのように快適だった。これでまた元通りかと思いきや、2週間ほど経つと再びずり落ちてくるようになり、急速に調整前の状態に戻っていく気配を感じた。やっぱり、もう長くないのか……。そう悟った私は、眼鏡を中指で押し上げながら、昔から憧れている美容室のサイトを開いた。

いつかインスタで流れてきて知った、雑誌にもよく載っている有名店。今時のオシャレな美容室のインスタアカウントにはカラーを施したヘアスタイルが並んでいることが多い印象だが、そこは一貫して黒髪が並んでいる。カラーやパーマよりもカット技術で勝負する潔さ、一見シンプルな中に光るさりげない個性、モード感がありつつどこか奥ゆかしい絶妙な匙加減に、唯一無二の美意識を感じ、恋焦がれて早5年。いつも実際に行くのは、ほどほどの価格でほどほどの技術とセンスがある美容室だった。

オシャレな場所に躊躇なく行けるなら、私は連載に『シティガール未満』なんてタイトルをつけたりしない。東京に住んでいてファッションやカルチャーが好きだけどいわゆるシティガールにはなれていない気がする……。そんな漠然としたコンプレックスを表現したつもりだ。ここで言うシティガールの定義を聞かれたら、私はこう答える。

ファッション誌やFASHIONSNAP.COMのストリートスナップに載っている女性。

一般的には、都会的で垢抜けていて流行に敏感な女性、くらいのイメージだろうし、これは他人に対してシティガールか否かを判定する基準などではない。ただ、私が「未満」だと思う時、つまり自分には超えられない壁として具体的にイメージしているシティガール像をわかりやすく言うと、そうした有名なファッション系メディアにスナップされているような女性たちなのだ。

服が好きだから昔から周囲の人にはよく「オシャレだね」と言ってもらえるけれど、原宿や代官山をどれだけ歩いても、まともなファッションスナップの声をかけられたことは一度もない。たまに「今度新しく作るフリーペーパーに載せたいから撮らせて」と言うだけの怪しい男とか、インスタの個人アカウントに“被写体”や撮影会モデルの女の子たちの写真をアップしているだけの自称フォトグラファーが話しかけてくるだけ。美容師に声をかけられてもだいたいサロンモデルではなくカットモデルのハントだし、20歳くらいの頃は表参道を歩いているとたまに芸能事務所にスカウトされたけど胡散臭い無名の事務所ばかりだった。

私のオシャレ偏差値はその程度なのだろうという劣等感があるから、一流のオシャレな美容室には見合わないと足踏みをしてしまう。そして何よりこういうことをいちいち気にするような自意識の強さと自信のなさこそが、シティガール未満たる最大の所以なのだ。

しかし、コロナ禍を通して、行きたいところには行けるうちに行くべきだと痛感したのは、私だけではないだろう。去年の夏、国内の陽性者数が激増していた時期に感染した時は、死を意識せざるを得なかった。そもそも、災害や事故、病気などで突然日常が奪われる可能性は常にあるわけで、例えば首都直下地震が来たら東京にはいられなくなるかもしれない。経済的な事情で地元に帰ることもあるかもしれない。そんなことを想像するうちに、まず今いる東京でやり残したことがないようにしたいと思うようになった。

ずっと行きたかった場所。東京にしかないところ。東京でしかできないこと。真っ先に浮かんだのが例の美容室だった。髪を切るのはリモートでは不可能だし、国内で最高峰の技術とセンスが集まる東京の美容室に行くのは、東京でしかできないことだと言えるのではないか、と。

それでもなんだかんだタイミングを逃してしまっていたが、余命少ない眼鏡に尻を叩かれてついに予約を入れたのだった。

今いちばんお気に入りのワンピースに身を包み、久々にM・A・Cの濃いボルドーの口紅を塗って、中目黒駅から山手通りを歩く。少し早めに着いて、ガラス張りの向こうの白で統一された清潔な店内を横目に、ただの通行人ふうに一旦通り過ぎてみる。路地裏で猫背をせいいっぱい伸ばしてから引き返し、軽く深呼吸をしてドアに手をかける。とにかく、堂々と。堂々としているのが最強のオシャレな気がするから。

受付でアンケートを受け取り、白いソファに腰を下ろす。記入を終えると、坂口健太郎似のアシスタントらしき好青年がシャンプー台に案内してくれる。

「こないだMEN’S NON-NOの撮影があったんですけど……」「資生堂の人が来て……」

常連らしきお客さんとの会話の中で美容師さんが放つ固有名詞のあまりの華々しさに眩暈がしそうになっている私の顔に、白い布が被せられる。その隙間から僅かに見える、ソファで順番を待つボリューミーなショートヘアの女性も、それ以上どこに手を加えるのか疑問なくらい既に完成されているように思える。

鏡の前の椅子に移動し、指名した美容師さんと挨拶をする。今日はどうしたいとかってありますか、との問いかけに私は、予約した時から決めていた、たった一つの望みを口にする。

「この眼鏡に合う髪型にしたくて……」

現状では、両フレームから伸びるジグザグのテンプル部分が前髪で隠れてしまって、せっかくのデザインが生かされていない。最期にこの眼鏡の魅力を最大限に引き出したい。この眼鏡との生活でやり残したことがないように。この人ならきっと叶えてくれると思ったのだ。

私は基本的に美容師さんと世間話をするのも苦手なのだが、担当の美容師さんとは不思議と話しやすく、心にすっと入ってくるような自然さを感じた。でも決して、何のお仕事されてるんですか、などと個人的なことは聞いてこない。カットしながら、眼鏡の話を広げてくれたり、髪質やヘアオイルについての話だけをしてくれる距離感にも安心できたのかもしれない。

5センチほど切って顎くらいの長さに揃えたところで、いよいよ前髪の調整。幅をよりワイドに、かつ眉くらいまで短く切ることでテンプルに被らない。サイドバングをジグザグの下降線の角度に合わせることで眼鏡との統一感が出る。何度か眼鏡をかけたり外したりしながら丁寧に、眼鏡を魅せるデザインに仕上げてもらうことができた。

「うん、可愛い」

美容師さんは私に対してというよりは自身の作品に納得したようにそう呟き、私も同じ言葉を心の中で呟いた。これはコロナ以降毎回なのだが、人に顔を見られる機会と比例してメイクをすることも髪を切る頻度も減ったせいで、数ヶ月ぶりにしっかりメイクをして美容室に行って伸び放題だった髪が整うと、自分が可愛すぎてびっくりするのだ。見慣れてしまえば何とも思わないのだが、その時だけは落差によって可愛く見えるという現象である。それにしても今回はいつにも増して可愛い気がする。スナップはされないかもしれないけど、可愛い。眼鏡を外しても似合っているのも嬉しい。

最後に合わせ鏡で360°から確認する。私の頭蓋骨の形が左右非対称だからか、今までどこでカットしても右後頭部が若干ぺたっとしたシルエットになりがちだったのだが、それもほとんど気にならない。正面から見た時の左右の髪の長さを最終調整するフェーズがなく、一発で綺麗に揃っていたのも驚きだった。
最も衝撃的だったのは、切った髪の毛がなぜか全くと言っていいほど顔や首に付いていなかったことだ。首に巻く布などが特別きつかったわけでもないし、これが一流の技術なのだろうか。

卑屈になって緊張していた1時間前が嘘のように、私はただただ気持ち良く過ごして店を後にした。

何かやりたいことがある時、なんとなく面倒臭いとか、なんか恥ずかしいという程度の理由だけで行動しないのはもうやめたい。現状維持と迷ったらなるべく変化のある方を選びたい。自分にとって必ず新しい発見があるし、世界が少し広がるような気がするから。

私は約2年ぶりにマスクを外して、生まれ変わったような清々しい気分で目黒銀座商店街を歩いた。東京でやりたいことリストにチェックを入れる。次は前髪が伸びないうちに、浅草の寄席に落語を観に行ってみたいと思っている。

絶対に終電を逃さない女より ひとこと

『シティガール未満』は加筆修正のうえ書き下ろしを加え、柏書房より来年書籍化予定です。現在準備中ですので続報をお待ちください。

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