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売られた少女。戸籍まで......。教科書に載らない日本の女性たちの歴史

  • 2022.7.18

「からゆきさん」という言葉をご存じだろうか。明治から大正、昭和の初め頃まで、九州の西・北部で使われていた言葉で、海外に出稼ぎに行く日本人労働者を指した。

「からゆき」の「から」は「唐」のことだが、その行先はさまざまで、大正に入る頃には朝鮮ゆき、シナゆき、シベリアゆき、アメリカゆきなどに分かれた。男性も商人や土工・石工などとして働きに出たが、さかえたのはもっぱら娼館の女性たちだった。それで、「からゆきさん」は海外で性労働に従事する女性たちを意味するようになった。

今年6月に亡くなったノンフィクション作家・森崎和江さんの代表作、『からゆきさん』の文庫判が緊急重版となった。教科書に載らない女性たちの壮絶な歴史を伝える、貴重な作品だ。

身近にいた「からゆきさん」

森崎さんが出会い、本書を書くきっかけとなった「からゆきさん」は、友人の義理の母・おキミさんだ。本書は、おキミさんの「からゆき」体験や森崎さんから見た当時の姿を追いながら、膨大な資料をもとにさまざまな境遇の「からゆきさん」を描いていく構成となっている。

現代の私たちから見ると、戦前の出稼ぎ労働者というととても遠い存在に思える。しかし本書の「わたし(=森崎さん)」からすれば、友人の母という身近な存在だ。「わたし」の目を通して「からゆきさん」の歴史を追うと、一人一人の体験がまったく他人事でないように思えてくる。

本書の初版は1980年だ。森崎さんがおキミさんを見知っていたのは、執筆時から見て「二十年ほどむかしのこと」だそうなので、1960年より少し前ということになる。おキミさんが朝鮮へ渡り「からゆきさん」となったのは、1912年、16歳のときだった。

あのおっかさんが、わたしを棄てた......

おキミさんは5歳か6歳の頃、見世物小屋へ養女に出され、16歳のときにまた小屋から朝鮮の男のもとへ養女に出された。当時は貧しい家の子どもが売られるのは当たり前で、奉公に出るのは生みの親に対する孝行だという価値観もあった。

しかし、売られるといっても、国内の奉公であれば生みの親との縁は切れず、「育ての親が増える」という感覚だったそうだ。ところが、おキミさんや一緒に朝鮮へ行く少女たちが船に乗り込んでしまったあと、悲しい事実が判明する。「からゆき」となった彼女たちは戸籍上でも生みの親との繋がりを抹消され、朝鮮の男の娘になっていたのだ。

死んでもゆくところがない......。これは売られたのでなくて、棄てられたんだ。あのおっかさんが、わたしを棄てた......。

「からゆき」の少女たちは、1人500円(現在の約1000万円)で売られた。彼女たちを売る人々は暴利を貪るのだった。娼館での労働は過酷だ。おキミさんは当時、自分が20歳になることが想像できなかったという。「からゆき」の少女たちは、ほとんどが20歳になる前に命を落としていたからだ。

歴史の背後に、このような女性たちの犠牲があったという事実は、フェミニズムの機運が盛り上がっている今こそ広く伝えられるべきだろう。

「からゆきさん」は、あたたかいふるさとの言葉

「からゆきさん」は、当時の新聞上では「密航婦」「海外醜業婦」などと記されていた。金儲けのための密航であることに変わりはなく、「密航婦」という呼称に間違いはない。それでも、ふるさとの村ではどんな密航でもあたたかく「からゆきさん」と呼んだ。

本書の中でも、森崎さんは「からゆきさん」を、単なる事実の羅列ではなく、一人一人の「からゆきさん」にクローズアップして生身の女性の体験として描いている。

朝鮮へ渡ったおキミさん。上海の娼館からシンガポールを経て、インドで財を成したおヨシさん。プノンペンでフランス人と結婚したおサナさん。そのほか、成功したり、若くして亡くなったりと、さまざまな運命をたどった「からゆきさん」たち。もし時代が違えば、私も......そんな実感とともに、かつて日本の女性たちに何があったのかを、目を背けず知ってほしい。

■森崎和江(もりさき・かずえ)さんプロフィール
1927年朝鮮慶尚北道大邱府(現韓国大邱市)生まれ。詩人、作家。17歳で福岡県立女子専門学校(現福岡女子大学)に入学するまで、植民地時代の朝鮮で過ごす。丸山豊らの詩誌「母音」に参加し、58年に谷川雁、上野英信らと雑誌「サークル村」を創刊。59年には雑誌「無名通信」を刊行。61年に初の単行本『まっくら』を出版。以後、『第三の性』『闘いとエロス』など、数多くの作品を発表する。2022年、逝去。著書に、『語りべの海』『森崎和江コレクション 精神史の旅』、中島岳志との共著『日本断層論』など多数。

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