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男子だけでなく女子も…"草食化"では説明できない「若者の性行動」不活発化の本当の意味

  • 2022.7.11
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政府が発表した2022年版「男女共同参画白書」では、「20代男性の約4割がデート経験なし」という結果が注目された。立命館大学教授の筒井淳也さんは「一部のメディアでは、そうした傾向は昔からあり最近変化したわけではないという論調も見られましたが、データからは若者の性行動が明らかに不活発化していることが見て取れます」という――。

日本の若い女性3人が勉強
※写真はイメージです
若者の性行動経験率は2005年がピーク

今回の男女共同参画白書には、調査の結果から、若者を対象とした「恋人として交際した人数」を集計したグラフが掲載されています。その中で、「いない」と答えた人は20~30代の独身女性では24.1%、独身男性では37.6%にのぼっています。特に20代男性では、交際経験がない人は4割近くという結果になりました。

これまでの恋人の人数(独身者)
※「令和3年度 人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査」(令和3年度内閣府委託調査)を一部抜粋し作成

この結果を受けて、新聞やテレビなど大手メディアでは「若い人が交際しなくなったのでは」といったニュアンスで報道されているようです。一方、ネットメディアでは「そうした傾向は昔からあり、最近変化したわけではない」という論調も見られました。

この分野の研究者の間では、「若者のデート・性交(セックス)経験率はここ十数年低下傾向にある」というのが共通理解になっています。これは、日本性教育協会が6年に1度実施している「青少年の性行動全国調査」の結果からも明らかです。

同協会の調査結果を、高校生・大学生の男女に絞って見てみると、デート経験率、キス経験率、性交経験率の多くが2005年を境に低下傾向となっています。例えば大学生女子の性交経験率は、調査を開始した1974年から上昇を続け、2005年には62.2%になりました。ところがその後は、2011年が46.0%、2017年が36.7%と下降の一途をたどっています。

大学生男子も同じです。1974年から上昇を続けて2005年には63.0%になりましたが、その後は53.7%、47.0%と下がり続けています。次の調査予定は2023年ですから、そこで違う結果が出る可能性もありますが、現時点では2005年前後をピークとして「若者の性行動は不活発化している」と結論づけることができます。

デート経験率の推移
出所=日本性教育協会「『青少年の性行動全国調査』第8回調査報告」(2018)
キス経験率の推移
出所=日本性教育協会「『青少年の性行動全国調査』第8回調査報告」(2018)
性交経験率の推移
出所=日本性教育協会「『青少年の性行動全国調査』第8回調査報告」(2018)
「草食化」では、この変化を説明しきれない

こういった変化を「草食化」と呼ぶこともある意味ではできると思います。ただ、部分的には女性の方に不活発化が目立つこと、特に若年女性の間での「性的関心をもった経験」割合の著しい低下が見られることを考えると、主に男性を念頭に使われることが多い「草食化」という言葉で最近の動向を表現することはあまり的確ではないかもしれません。

「青少年の性行動全国調査」およびその結果の分析、性行動の不活発化の解釈については、社会学者を中心とした研究グループが成果(林雄亮他編著『若者の性の現在地』勁草書房など)を発表していますので、詳細についてはぜひそちらをご覧ください。研究グループは、一部では逆に性行動の早期化がみられること(経験しない層との「分極化」)、女性において性への関心の低下が非常に目立つことなど、注目すべき論点を多数提示しています。

不活発化の原因は…

不活発化の原因については、ピークが2005年調査時点であり、また調査結果の分析から、部分的にはインターネットの普及によるものではと示唆されていますが、推測の段階にあり、確かなことはまだわかりません。今のところ、「ネット上の情報や交流で満足するようになったから」、「友だちや先輩の性に関する経験談をリアルで聞く機会が減ったから」など、さまざまな解釈が出ています。

スマートフォンを使ったアジアの若手女子学生
※写真はイメージです

ネット上の一部では、コロナ禍のせいだという意見もあります。でも、新型コロナウイルスの日本での流行は2020年以降ですから、それでは2005年から低下していることの説明がつきません。また、「若者が恋愛しないのはお金がないから」という意見もありますが、お金がないことがそれほど大きな障害にはならない高校生のデート経験率も(少なくとも)2005年から2011年にかけては下がっているわけですから、これだけだと20代の行動変化の一部は説明できても、若年層全体の趨勢を説明できるわけではありません。

これは私見ですが、日本の交際文化、あるいはその「欠如」は背景的な一つの要因になっていると思います。日本は伝統的に「カップル文化」が弱く、欧米のように「どこにいくにせよカップル単位」というようなことはありませんでした。1980年代後半ころからは、統計的にも「結婚は先延ばし、恋愛は重視」のような傾向が見られ始めます。一時的にカップル重視の風潮が広がり、大学生活でも「彼氏・彼女がいないこと」がネガティブに感じられる状況があったと思いますが、ただこれはその時代(バブル経済の影響もあったかもしれません)の一過性の出来事だった可能性があります。

他方で、性行動の傾向が「70年代当時に戻りつつある」という見解は、違うでしょう。1970年代の日本では、若者の交際や婚前交渉は控えめであるのがよしとされる価値観がまだあったように思います。「バブル期を経てそうした価値観が変わったが、現在は控えめであるべきという昔の価値観に戻っている(保守的な価値観が復活した)」わけではないでしょう。あくまで別の原因が模索される必要があります。

総合的にみると「不活発化」していると言える

このように、原因についてはまだ推測の域を出ない状態ですが、若者の性行動の不活発化はデータから見て明らかです。先ほどの日本性教育協会の調査結果は非常に明確であり、数十年の変化を追うことができる貴重なデータで、信頼度も高いのではないかと思います。

話を2022年版男女共同参画白書に戻すと、「20代男性の4割がデート経験なし」という調査結果からは、これまでの人生の中でのデート経験率が日本性教育協会の2017年調査からさらに下がった可能性が伺われます。日本性教育協会の調査対象は大学生までの若者ですが、この調査も白書で参照されている調査でも「“これまでの人生で”」の経験を尋ねているので、20代男性のデート経験率が低いという結果は、2017年時点での大学生の経験率低下が背景にあると考えても無理はありません。

概して、人々の行動の長期的変化については複数の調査データをみて総合的に判断すべきです。というのは、数値というのは人々の実際の行動をシンプルに表す以前に、調査の設計や集計方法によって「作られる」ものだからです。つまり数値は、個々に「クセ」があるのです。

その意味で国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査・独身者調査」は参考になります。分析したところ(参考)、やはり全体に占める「結婚経験・恋人なし」の割合は20代では2002〜2005年以降上昇傾向にあり、「若年層の性行動の不活発化」というこれまでみてきたデータと整合的であると判断できると思います。

「出生率を上げたい」国の思惑

ではこうした傾向は、未来にどんな影響をおよぼすのでしょうか。政府は出生率の低下やそれを引き起こす未婚化・晩婚化に危機感を抱いていますから、今回の白書でデート経験率にまで踏み込んだのは、「婚姻率や出生率低下の原因の一部は若者の交際不活発化にもあるのかもしれない」ということを暗に示したかったのでしょう。

若者の性行動の不活発化がどの程度婚姻率低下に結びついているのかについては、前出の林雄亮先生の考察があります。林先生は東京大学社会学研究所が実施したパネル調査の結果を用いた分析から、「若い世代ほど高校生、大学生時代に交際経験が乏しくなり、その後20代を通してその傾向が続いていることが明らかになった」としています(林雄亮他編『若者の性の現在地』勁草書房、12頁)。

恋人がいないことへのプレッシャーが弱まった

やはり若者の性行動がそれほど活発ではなかった1970年代には、それでも職場や近所、親類にたいてい「おせっかい」を焼く人がいて、独身者がいると結婚を勧めたり相手を紹介したりしていたものでした。結婚に向けた世間的なプレッシャーも強く、「年頃になったら結婚して当たり前」と考える人が多かったはずです。1980年代にはすでに未婚化は進んでいましたが、この期間前後に「失われた結婚」のうちかなりの部分が、職縁結婚の減少によって説明できる、と専門家は指摘しています(岩澤・三田「職縁結婚の盛衰と未婚化の進展」『日本労働研究雑誌』535号)。

他方でこの間、恋愛を重視する雰囲気が強くなり、また出生率の低下も注目されていなかったこともあって、「結婚離れ」が社会問題として話題になることもそれほどありませんでした。

今は結婚しなくても恋人がいなくても、以前に比べればプレッシャーが小さくなった可能性があります。若者の選択の自由が広がったのはいいことであり、その自由はもちろん尊重されるべきです。

しかし、一方で交際や性行動の不活発化が未婚化・晩婚化、ひいては出生率の低下に影響することが考えられる以上、政府としては個人の選択の自由をあまり損ねない範囲で現状を変えていきたいと考えているのでしょう。

政権は白書の結果を重く受け止めている

野田聖子男女共同参画担当相は、白書の結果を踏まえた記者会見で、男女の出会いについては「一人で過ごす時間が多い人がどう人と出会えるのか」という課題について「イノベーション」が必要だと語りました。その中身が具体的に語られているわけではありませんが、行政がオンラインマッチングサービスを何らかのかたちで支援するような話になるとすれば、かなり踏み込んだ方策になります。いずれにしろ、今回の白書の結果は政権でそれなりに重く受け止められている可能性があります。

ただ、社会の重要な変化は、多くの場合複合的かつ把握が難しい要因のからみあいのなかで生じます。もしシンプルにひとつの要因で問題が生じているのなら、その問題はすでに解決に向かっているはずです。しかし実際にはそうではありません。未婚化も出生率低下も、そして今回取り上げた性行動の不活発化も、複雑な要因のからみあいのなかで現れてきた結果だと受け止めるべきです。

絡み合った要因を解きほぐすには、研究者の多くの時間と労力が必要です。「言い切ってしまう」ような言説に飛びつく前に、政府も、また私たち国民も、このことを常に意識しておく必要があります。

構成=辻村洋子

筒井 淳也(つつい・じゅんや)
立命館大学教授
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。著書に『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)などがある。

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