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「キャリア女性の部屋には地雷がある」専業主婦歴20年・片付けのプロが見た女性たちの危機的状況

  • 2022.7.7
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片付けの習慣化をサポートするHomeportの西崎彩智さんは、24歳で結婚してから20年間、専業主婦だった。離婚後に起業し、片付けの指導をする中で見えてきたキャリア女性たちの危機的状況とは――。

ヨガができないヨガスタジオ店長

二人の子どもを連れて、離婚に踏み切ったのは46歳の時。ヨガスタジオの店長として働いていた西崎さんは、たまたま目にしたフリーペーパーで「起業塾」を知った。どこかうさんくさいと思いながらも気になってならず、一度はゴミ箱へ捨てたもののまた拾いあげた。「やっぱり気になるから行ってみよう!」と思い、さっそく説明会へ――。

Homeport 代表 西崎彩智さん
Homeport 代表 西崎彩智さん

「自分を売り込むためにいちばん大事なことは何か。まずは自分の生き方をきちっと見直さないと、人にモノは売れないのだと教えられ、なるほどと腑に落ちたのです」

専業主婦歴20年、ヨガスタジオの仕事もヨガができるから入ったわけでもなかった。それでも受付で接客するのは好きで、主婦の悩みや子育てなどの相談に乗るのは得意だった。自分にできることは「コーチング」かもしれないと考え、職場の人に相談すると、心配して「コーチングなんかで子どもを育てられるわけないじゃないか」とたちまち反対された。

覚悟を決めるために買った赤い日産ジューク

その後、スタッフと話していたとき、西崎さんは「私、本当にここで人生一新したいんだよね」とふと漏らした。なぜかそこで頭に浮かんだのが、家に残っていた元夫の車。

「あの車が嫌いだからどうにかしたいと思い、お金が貯まったら買い替えるつもりでした。だけど先に車を買ったら起業もがんばるしかないから、覚悟を決めるために『買いに行こう!』と。その足で日産のショールームへ行ったんですよね。今思えば、バカだなあと……(笑)」

日産の赤い「ジューク」が欲しくて、ずっとネットで中古車などを見ていた。平日の昼間、誰もいない販売店を訪れると、店員が丁寧に応対してくれる。希望の車種を伝えて探してもらうと10分後に「ありました」と言われ、「これ買います!」と即決。店長に金額も掛け合ってくれた。さすがにシングルマザーなのでローンにした方が良いのではと勧められ、その場で新車を手に入れたのだ。

12歳年下の新たなパートナー

実はこの頃、新たな人生のパートナーとなる男性との出会いもあった。起業塾で知り合った彼は12歳年下で、一年後には結婚という周りも驚くスピードだった。きっかけは飲み会の席で彼から気になる言動があり、皆の前で怒鳴ってしまったこと。翌日、ちょっと言い過ぎたと反省した西崎さんが「昨日はすみません」とメッセンジャーで詫びると、「ありがとうございます」という返信が。毎日「大好きなさっちゃんへ」というメッセージが届くようになり、二人で会ったときにいきなり「僕と再婚しない?」と聞かれる。面喰らいながらも温かな人柄に魅かれていった。

「子どもの学費があったから頑張れた」と西崎さんは話す。
「子どもの学費があったから頑張れた」と西崎さんは話す。

「20歳の娘に『ママ、悩んでるんだよね』と結婚の相談をしたんです。すると娘は真顔になって『相手は、うちにお金がないことを知ってるんでしょ』と聞くので、『知ってる』と答えると、『私たちがいることも知ってるんでしょ』と。『この家もママのものだよね。もし結婚してうまくいかなかったら、何が困るの?』と聞かれたのです。私が『傷ついて2週間くらい泣くかな』と言うと、何も失うものはないのだから幸せになれるかもしれない未来を信じて、と背中を押してくれました」

「子どもの学費」という絶対に逃げられない出費

急展開する日々のなか、西崎さんは退職を決意。2015年8月からスタートしたのが「片付け」の仕事だった。もともと専業主婦時代に友人とチームを組んで、片付け代行をしていたことがあった。起業を目指していたとき、知人から家の片付けを依頼されるようになり、一人で始めてみようと思い立ったのだ。

当初はやはり、「片付け」がどのくらいビジネスになるのかという不安もあった。それでも西崎さんは何とか軌道に乗せなければと強い覚悟を持っていた。

「私には『子どもの学費』という絶対に逃げられない出費があったから、ゴールは常に明確でした。○月までに授業料をいくら振り込まなければいけないと、もし払えなければ子どもたちは学校へ行けなくなるのです。そのためには○月までに売り上げの数字をどのくらい達成するかを考えて、具体的な経営計画を立てなければなりません。ヨガスタジオの店長時代に社長から言われたのは、仕事は『今』ではなく『3カ月後』を見据えてしなければいけないということ。めちゃくちゃ数字は苦手でしたが、もう苦手なんて言っている場合ではなかったので切実でしたね」

自分で片付けられる人を育てよう

最初は友だちにお願いして、お客さまを紹介してもらうなど、手探りでスタート。なぜか西崎さんの再婚が話題になって婚活セミナーの講師を依頼されることもあり、自分にできることは何でも引き受けた。片付けの仕事は少しずつ広がり、リピーターも増えていく。だが家全体の片付けは肉体労働なので、一人で回していくのは無理があると感じ始めた。

Homeportの西崎彩智さん

「おうちの片付けを全部私がやったら確かにきれいになるけれど、お客さま自身は片付けられる人になるわけではない。これからの長い人生を考えたとき、本人が片付けを身につけるチャンスも奪っているのではと気づきました。ならば自ら学ぶことで、自分で片付けられる人を育てようとシフトしたのです」

当初はマンツーマンで、西崎さんの自宅へ招いて学んでもらう形で始めた。お客さまの家で撮った写真と見比べながら、片付けのポイントを教えて宿題を出す。1週間後までに自分で取り組んでもらい、その後、西崎さんが手伝いに行くというやり方だ。

お客さまの中には「片付いていない家を見られたくない」という人もいるので、反応は良かったが、マンツーマン方式も難しいことがわかってくる。宿題を出しても「まだ終わっていないので1週間ずらしていいですか」と予定を変更されることが何度か続いた。マンツーマンでは気兼ねなくリスケできて緊張感が保てないことから、一対多という講座形式のセミナーに変えてみた。

45日間のセミナーは家中の写真を撮ることから始まる

仲間がいることで予定を変えづらくなり、日常生活の中で「片付け」の優先順位が上がる。互いに情報を共有しながら、「あの人もがんばっているから、私も……」と励みになる。西崎さんは心理面もサポートしながら、目標達成のコーチングを生かしたスタイルを築く。それが「家庭力アッププロジェクト®」だ。

セミナーで登壇する西崎さん。(写真提供=Homeport)

単に「片付け」のノウハウだけが身につく講座ではなく、「家庭力」アップとはどのような学びがあるのだろう。

セミナーは45日間で1クールとなる。まず片付ける前には、家中の写真を全部撮ることで現状を把握してもらう。課題図書としてビジネス書でベストセラーになった『7つの習慣』を読んで、自分自身が習慣にしていたことを理解してもらう。例えば、人のせいにしていた、自分が主体的ではなかったと気づくと、改善すべきポイントが見えてくるからだ。さらに西崎さんが参加者に問いかけることがある。

「そもそも、あなたは何のために家を片付けたいのかということ。皆、それぞれ理由があるのです。子どもの友だちを呼べるようにしたい、育休から復帰したときに家事に追われたくない、家族のイライラがない家にしたいとか。どんな暮らしをしたいかということを引き出して、自分の言葉で明確なゴールを描いてもらうようにしました」

何を自分の未来に持っていきたいか

そのうえでもう一回家の中を見てもらうと、今まで残してきたものが大して必要ではなかったこと、自分がどんなものに執着しているかなどを分析できる。それは西崎さん自身も経験したことだ。離婚後まもなく、中3の息子から「もう友だちを呼んでいい?」と聞かれて、ハッとした。小学生の時は自宅が子どもたちのたまり場になり、ママ友たちもよく来ていた。だが、中学へ入るタイミングで前夫がリストラされ、家庭は荒んでいく。西崎さんは夫が家にいることを隠したくて、「もう友だちは呼ばないで」と言っていたのだ。

片付けを通して女性たちの悩みに寄り添っていく。

「離婚しても、前の主人が残していったものがいっぱいあったし、私がストレス買いしたものも増えていたので、2トントラックで2台分のゴミとして捨てたんです。すると、気持ちがすごくスッキリしたので、たぶん皆もそうだろうなと思いました。未来への不安から残しておいたもの、過去への執着心から捨てられないものもあったけれど、それを手放したら本当に自分がやりたかったことも見えてくる。何を自分の未来に持っていきたいかを見据えて、そこを目指すのです」

家を片付けることで家族の関わり方も改善されていく。どんな暮らしをしたいかと考えていくと、自分一人でなく家族がチームになることも欠かせない。それが「家庭力」アップにつながるのだろう。

最初のセミナーは申し込みがたった1人だった

プロジェクトは2018年1月から福岡でスタートし、夏には東京で初めて開催した。それは西崎さんが数年ぶりに上京した際、学生時代の友だちから「東京で働くママたちはすごく大変」と聞き、仕事や家事、子育てに忙殺されているのでセミナーをやってほしいと頼まれていたからだ。

ところが、いざ説明会を開いても「やりたい」と声をあげてくれた人はたった一人……。何とか人づてに5、6人集めて、セミナー開催にこぎつけた。すると、参加者がブログに書いてくれ、それを見た大阪の人から「ぜひ大阪でも開催してください」と連絡があった。翌年には大阪でもスタートし、開催地が広がっていく。西崎さんはずっと一人で講師をしてきたが、受講生の中に整理収納アドバイザーの資格を持った女性がいて、彼女と二人三脚の体制に。翌2020年にはオンライン講座を開始した。

キャリア女性の家には地雷がある

これまでに1万件を超える相談を受け、全国から集まる受講者は1500人以上に及ぶ。フルタイムで働く女性たちは半数を占めるという。「片付けられない」と相談に来る人たちはどんな悩みを抱えているのか。

「うちの受講生はハイキャリアの人も多いんです。彼女たちはやはり良いお母さんでもありたいし、自分の人生も大事にしたいと思っています。けれど昔の日本的な価値観にしばられて、全部自分がやらなきゃいけない、夫に頼るのも悪いなどと思いがち。すごく真面目な方たちなのです。私はいつも『家事はアウトソーシングしていいんだよ』と勧めますが、家が片付いていないと他人には見せられないからアウトソーシングもできないと。結局、その前に立ちはだかるのは自分のプライドだったりするわけです。

あとは片付けない家族にイライラしてしまう。そもそも自分もやっていないのに、『片付けなさい!』と子どもに怒鳴っている自分が嫌という人もいます。いわば家の中に地雷があるというか(笑)。だから私は『片付けは地雷除去作業ね』と言うんです」

廊下やベランダがクローゼットに…

実際に家の中を見ると、アイランドキッチンに食器が山積みになっていたり、ひと間が「物置部屋」と化していたり。ベランダに干した服を取り込まず、その中から選んで着るので、ベランダが「クローゼット」という女性や、廊下がクローゼットになっている女性もいるという。

受講生の中には「もう離婚したい」とまで思い詰めて、参加した人もいた。大手メーカーでマネージャーを務め、中学生と高校生の子どもをもつ40代後半の女性だった。

「彼女の根底には、とりあえずこの家から逃げたいという気持ちがあったようです。でも、家を片付けることは現実と向き合う作業でしかないので、一つずつのモノに対して本当に必要かどうかを考えますし、家族の意見や希望も聞かなければなりません。そして相手がやってくれたことには『100倍の〈ありがとう〉を言ってください』と勧めています。照れくさくても、子どもや夫に感謝の気持ちを伝えたら相手はうれしいし、もっとやってあげようという気持ちになるでしょう」

片付けの基本は「コミュニケーション能力」でもあると、西崎さんは考える。この女性は家を片付けるなかで夫婦の会話が増え、夫の本音を聞くこともできた。妻の仕事を応援したいと、家事も進んでやってくれるようになった。彼女も安心感が増して、今では夫婦むつまじいツーショット写真が送られてくる。

女性たちの自己肯定感の危機

「良いお母さんにならなければならない、私がしっかりしなきゃいけないという意識にとらわれていると、自分自身が苦しく、家族にも強要してしまいます。けれど家が片付くことで気持ちにも時間にも余裕ができるから、自分のことを少し許せるようになって、家族の愛情も受け入れられるようになります。すると表情が柔らかくなるし、肩の力が抜けて、本来の自分に戻れるんですね」

職場でも家庭でも精いっぱいがんばって、キャリアを築いてきた女性たちを見ていると、実は自己肯定感が低いことを感じる。家を片付けていたら、若い頃に取った資格の書類やスーツなどが出てきて、「私はこんなにがんばっていたんだ」と胸が熱くなったという人。幼い子どもが手伝ってくれる姿、「ママ、がんばってね」と書いてくれた手紙を見たときに泣いてしまったという人もいる。西崎さんもそんな声を聞く度、この仕事をしてきて良かったと心から思えるという。

片付けをして不幸になった人はいない

「片付けをして不幸になった人は見たことがないんですよ。彼女たちは片付けの過程で自分の過去と向き合い、本当はこんなことがしたかったんだということに気づく。私は片付けのトレーニングをするだけではなくて、片付けを通じて女性たちが人生を切り開くサポートをしているのだと考えています。私の人生の困りごとが誰かの役に立っているのはすごくうれしいですね。」

専業主婦歴20年の西崎さんが48歳で起業したとき、ある人に「ずっと専業主婦だったあなたが50手前で起業できるほど世の中は甘くない」と苦言を呈された。それでも自分には愛する子どもたちがいて、一人で育てなければという目標があったからがんばれた。自分も「帰りたくなる家」をつくり、幸せな家庭を築くこともできた。だからこそ、今は「片付け」の仕事を通して、多くの女性たちに幸せになってほしいと願っている。

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター
1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。

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