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【ネタバレあり】垣谷美雨が描く。30代、60代、80代、それぞれの「あきらめません!」

  • 2022.6.15
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「老後、子育て、ジェンダー、ハラスメント、仕事。『この世の中、どこから変えたらいいのかわからない』というあなたに代わってアラ還の星・霧島郁子が見えない壁をぶっ壊す!」

身近にある問題や社会問題をテーマにした作品を数多く執筆してきた垣谷美雨さん。7月には『定年オヤジ改造計画』がNHK BSプレミアム・BS4Kでドラマ化されるなど、いま注目の作家の1人。

今回は、そんな垣谷さんの新刊『あきらめません!』(講談社)を紹介する。

結婚して三十数年。共働きかつワンオペ育児を卒業し、節約を重ねて住宅ローンも返済完了。郁子がやっと手に入れた夢のセカンドライフは、夫の田舎へ移住したことをきっかけに音を立てて崩れていく。閉鎖的な地域社会、染み付いた男尊女卑――時代遅れな現実を前に打ちのめされる郁子だったが、ある日出会った銀髪の女性議員の強烈な後押しで、なぜか市議会議員に立候補することに......!?

人生の舵を切る

夫婦ともに定年退職を迎えて半年経ったころ、郁子は初めての専業主婦生活を満喫していた。そんなある日、定年延長制度で働き続けている夫が「田舎に帰りたいんだ」と言った。会社を辞めて新しい人生を始めたいのだという。

夫の実家は、東京から新幹線と在来線を乗り継いで行く小さな町にある。郁子にも田舎暮らしへの憧れはあった。ただ、田舎の人は閉鎖的と聞くし、不安は尽きなかったが......。あれよあれよという間に移住話は現実味を帯びていき、夫婦で悩んだ末に東京のマンションを売却した。

「これで、もう東京には戻れない。でも、きっと大丈夫だ。私なら、どこへ行っても創意工夫してそれなりに暮らしていける気がする。干支が一回りして還暦になったのだから、今こそ人生の舵を切ろうじゃないの」

この町の新しい風に

移住して1ヵ月。郁子は田舎の生活にひどく退屈していた。図書館で本を借りた帰り、建物の中で迷子になった郁子は、偶然にも市議会を傍聴することになる。市議会議員は20人ほどで、年寄りの男性が多い。女性議員は、若い女性と銀髪の女性の2人だけだった。

「早う嫁に行かんとあかんぞ」「このまま歳取って枯れたらミサオさんみたいになるぞ」などと、若い女性議員にパワハラやセクハラ全開のヤジが飛ぶ。昭和にタイムスリップしたかのような光景を目の当たりにして、郁子は身震いした。「こんな時代遅れの町でこれからずっと暮らしていけるのか、自分」

議会が終わると、郁子は若い女性議員を呼び止め、「言い返しなさいよっ」「だから女はナメられるのよっ」と怒鳴りつけた。それを目撃した銀髪の女性議員が、「あんた、最高じゃわ」と郁子に声をかけてきた。

彼女が差し出した名刺には市川ミサオと書かれていた。80代のミサオは今期で市議を引退するという。そこで、町の古い体質をなんとかするため、補欠選挙に立候補しないかと勧めてきた。「あんたがこの町の新しい風になるんですわ」。はじめは冗談じゃないと思ったが、日に日に郁子はヤル気になっていく。

「......虚しい。そうだ、私は虚しいのだった。(中略)だから、せめて何でもいいからやり甲斐のあることを見つけたかった。生き甲斐が欲しい」

それぞれの「あきらめません!」

郁子は2度目に挑戦した補欠選挙で当選を果たす。しかし、いざ議場で質問に立つと、「引っ込めっ」「女のくせに」「年増のヒステリー」などと、あまりにも低次元のヤジが飛んでくる。

「私一人の力で、この人たちを変えられるわけがない」。郁子は市議になったことを後悔する。それでも、リーダーシップがあり、正義感の塊のような郁子の奮闘ぶりを見て、彼女を応援する人々が集まってきた。

その1人に、この町で生まれ育った30代の落合由香がいる。パート帰りに保育園で娘を引き取り、帰宅後は家事に追われる日々。「この町でこのまま歳を取ってオバサンになったあとオバーサンになって死んでいく」のかと、虚しくなることがあった。

「私もそのうち四十代になり、そしていつか六十歳の誕生日を迎える。(中略)このままじゃダメだ。私の人生、なんとかせんと。そのためには、私自身がもっと変わらんといけん」

「郁子がこの町に来てから、自分の人生がどんどん変わっていく」。郁子旋風の影響力はすごかった。ただ、郁子本人も、はじめはこう思っていた。

「なんせ残りの人生が少なくなった。あれこれ心配して悠長に迷っていられるほど若くない。七十歳を過ぎたあたりから何をするのも億劫になると人生相談に書いてあった。(中略)六十歳の今が最後のチャンスかもしれない」

30代には30代の、60代には60代の、80代には80代の、焦りや不安、あきらめない気持ちがある。それをただ思って終わりではなく、「まさか」の変化を起こしてしまうのだから面白い。「六十歳の誕生日を迎えたとき、あとはもう老後だと思ったのが」というセリフが出てくるが、人生の転機はいつどこで訪れるかわからないものである。

■垣谷美雨さんプロフィール

2005年『竜巻ガール』で第27回小説推理新人賞を受賞し、小説家デビュー。『結婚相手は抽選で』『七十歳死亡法案、可決』『うちの父が運転をやめません』など著作多数。『老後の資金がありません』が2022年に映画化され話題に。近著に『もう別れてもいいですか』がある。

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