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「柳の下のどじょう」とはどんな意味の言葉?その類義語や対義語は?

  • 2022.6.15
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一度うまくいったからといって、いつもうまくいくとは限らない、二度三度とうまくいくわけではないということをあらわす言葉のひとつ「柳の下のどじょう」。 この言葉は、幸運は何度も続かないことを指す言葉でもあります。

では、なぜそれを「柳の下のどじょう」と表現するのでしょうか。 そこでここでは、「柳の下のどじょう」ということばについて、その意味や類義語そして対義語について見ていきましょう。

「柳の下のどじょう」とは

 

まずは「柳の下のどじょう」という言葉について見ていきましょう。

「柳の下のどじょう」の意味

「柳の下のどじょう」とは、一度うまくいったからといって、いつもうまくいくものではないということを例えた言葉です。

一度柳の下でどじょうを捕まえたとしても、いつもどじょうが同じ柳の下にいるわけではありません。 そのため、毎回そこでどじょうを捕まえようとしても思い通りになるわけではありません。

このことから、一度幸運なことが起きたとしても同じ幸運が再び起こるとは限らないという意味で用いられます。 「偶然は必然ではない」ということを言ったことわざとなります。

別の表現をされることもある

「柳の下のどじょう」は、「いつも柳の下にどじょうは居らぬ」「二匹目のどじょうを狙う」といった表現がされることもあります。 語感こそ異なりますが、いずれも「柳の下のどじょう」と全く同じ意味合いで用いられる言葉となっています。

ちなみに、どじょうは漢字表記で「泥鰌」と書きます。 そのため「柳の下のどじょう」を漢字表記で「柳の下の泥鰌」と書かれることもあります。 どちらの表記も間違いではないので、好きな方を使用して問題ありません。

「柳の下のどじょう」の類義語

 

次に「柳の下のどじょう」の類義語を見ていきましょう。 類義語としては「株を守りて兎を待つ」「朔日毎に餅は食えぬ」「大漁の明日」などがあげられます。

株を守りて兎を待つ

「株を守りて兎を待つ」とは、たまたまうまくいったことに味を占めて、同じ手法で成功しようとすることを意味します。 転じて、古くからの習慣にこだわって時代に合わせることを知らないことの例えとしても使用されます。

この言葉は、古代中国で生まれた言葉とされています。

その昔、宋という国の農夫が畑を耕していました。 その際、近くの切り株に勢いよく走ってきた1匹の兎がぶつかってしまい、そのまま死んでしまいます。 農夫はその思わぬ幸運に喜び、兎を持ち帰ることにしました。 次の日から、この農夫は同じことが起こると信じて切り株を見守ることに専念し、畑を耕すことをやめてしまいました。 しかし、当然ながらそのような幸運は二度あるようなものではなかったので、兎が手に入ることはついにありませんでした。

この農夫の物語から「株を守りて兎を待つ」という言葉が生まれました。

朔日毎に餅は食えぬ

「朔日毎に餅は食えぬ」とは、一度あった良いことが毎回決まって起こるものではないということの例えです。 世の中はいつも良いことばかりあるとは限らないという例えとしても使用されます。

正月一日には餅が食べることができますが、だからといって毎月一日(朔日)に餅が食べられるわけではありません。 そこから生まれたのが「朔日毎に餅は食えぬ」という言葉です。

大漁の明日

「大漁の明日」とは、良いことはそうそう長続きしないことの例えです。

大漁だった日の次の日も大漁になるとは限りません。 釣果は1日ごとにまったく違ったものとなりますので、大漁の次の日に全く魚がかかっていないということもあり得るからです。

この様子にちなんで生まれたのが「大漁の明日」という言葉になります。

「柳の下のどじょう」の対義語

 

最後に「柳の下のどじょう」の対義語も見ていきましょう。 対義語としては「二度あることは三度ある」などがあげられます。

二度あることは三度ある

「二度あることは三度ある」は、同じことが二度続いて起きた時、もう一度同じようなことが繰り返し起きる、ということです。 1回のみならず2回もあったなら、3回目も必ずあるだろうということを言ったことわざとなります。

なお、この言葉は、良いことが3回続くことを指すとは限りません。 むしろ悪いことが2回続いたら、もう一度あるかもしれないと警戒すべきという戒めを込めて用いられることが多いです。 そのため、「二度あることは三度ある」は不吉なことが起こった際に使用される傾向にあります。

まとめ

「柳の下のどじょう」は良いことが一度あったからと言って、そう何度も続かないことを言ったことわざです。 柳の下でどじょうを見つけた人が、再び柳の下にどじょうがいないかと探している様子から生まれた言葉とされます。 同じような様子から、「株を守りて兎を待つ」ということわざや「朔日毎に餅は食えぬ」「大漁の明日」という類義語もあります。

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