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「おにぎり、ウインナー、だし巻き玉子だけでいい」料理が苦手だった私に義母の弁当が教えてくれたこと

  • 2022.6.10
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母たるもの、得意料理がなければいけないのか。漫画家の田房永子さんは「私は得意料理がないことにコンプレックスを持っていました。しかしコロナ禍で自炊が増えたことをきっかけに『もういいわ、無理だ。私は料理は不得意だし好きじゃない』と認めたところ、前より料理が楽しくなってきました」という――。

自宅のキッチンで調理する女性の手元
※写真はイメージです
料理の腕は「後片付け」

いま話題の料理番組「DAIGOも台所」。タレントのDAIGOさんが「娘のお弁当を1人でつくれるようになる」を目標にかかげ、人生初のジャガイモの皮むきに挑戦したりします。料理初心者の男性タレントがぎこちなく料理に向き合っている様子って新鮮。最後に皿洗いと後片付けのシーンも入っているのが好印象過ぎて初回からネットでは絶賛の嵐でした。

料理って「食材切ったり、煮たり焼いたり」だけじゃない、その前後含めて、なんですよね!

食材調達→調理(ラクに後片付けができることを段取りしながらの調理)→後片付けがワンセット。もはや「後片付け」がいかに簡単にできるかが、料理という家事の腕じゃないですか?

学校では教えてくれない「段取り動線作り」

私はこの「料理の後片付けの段取り」がとにかく苦手で、うまくできないことがストレスでした。

子どもの頃、おばあちゃんの家で後片付けを手伝っていたから、その手順は知っている。だけど私が手伝う時は「祖母、叔母、私、たまに母」の3〜4人体制で、食器を洗う人と拭く人、片付ける人が同時にその場にいたわけなんですよ。わいわい喋りながら、楽しく、当たり前にすぐ終わる。でも実は食器一個にとってはすごく手間かけてもらってる、みたいな。

1人でやるのとぜんぜん違くないですか⁈

私は結婚して子どもが生まれてから引っ越しを2回したのもあって、キッチンの“段取り動線作り”がままならないまま過ごしていました。こっちにコンロがあるから、鍋を置いとくのはここ、とか、自分の動きに合わせて食器や調理用具の配置を決める、これって実は結構能力(才能)いりますよね……。

“動線作り”がみんな簡単にできるとは限らないのに、家庭科では教えてくれない。味噌の溶き方はやたら教わる機会があるけど、調味料のベストポジジョンは本当にここでいいのか、よく分からない。

「丁寧に暮らしている人の理想の台所」を紹介する本を何冊も買ってみました。でもストレスなく調理を行うことができなくて、「私は『後片付けの段取り』を改めて教わるべき人間なんだ」と思い詰めて料理教室に入会したことがありました。

調理の途中でこうしておくと後片付けがラク、とか、台ふきんはこのタイミングで洗って干す、とかそういう段取りをイチから教わりたくて!

“アシスタント”になってしまった料理教室

料理教室は昼間のコースに出席してたんですが、私以外の生徒は「幾千もの料理をこなし達人の領域に到達したがそれでもいまだ料理への熱意が高いマダム」という雰囲気の女性たちでした。

しかも料理番組みたいに小皿に調味料を用意して「はい始めましょう」とスタートします。手際のいいマダムたちとの共同作業なので、気づいたら私はおたまを渡したりする役になっていました。横に立っててのぞいて、たまに鍋かき混ぜたりするアシスタントアナウンサーの立ち位置。

さらに使った用具や食器はその場ですぐ先生がどんどん片付けて洗ってしまうんですね。初回で「アッ……(まちがえたとこに入ってもうた)」と思ったけど、5回分チケット買ってしまったのでしばらく通ってアシスタントをしてました。

アシスタントになってしまった料理教室

家庭料理コースにしたんだけど、マダムたちの要望に合わせてあるのか、10人前のどデカいラザニアとかサーモンを薔薇ばらみたいにくるくるして盛りつける華やかサラダとか、ホームパーティーメニューが多く、結局「後片付けの段取り」は習得できませんでした。

後片付けの段取りもだし、私は料理そのものにも自信がないんです。

自分のための料理ならミシュラン級

自分一人が食べる料理だとおいしくできるんです。塩加減も自分の舌だけは熟知したミシュラン5つ星レベルです。でも見た目がグチャグチャだったり、私の好みなだけだったりするから、家族に出す料理とまた違うんですよね。

自信ない、家族からの反応も薄い、反応があっても自信ないから気を使ってるのかなって気持ちになる、だからなるべくならやりたくない。

だけど世の中は「お母さん」になったら当然毎日やりますよね、って感じだし、なんか「おふくろの味」みたいな「うちのお母さんのあの料理が好き」って子どもが言うみたいなのあるじゃないですか。「実家に帰ったら必ず作ってって頼むメニュー」みたいなやつ。あれがない。こんなに毎日いろいろ作ってるのに代表作がない。ホームランを打ったことがない。そこにすごいプレッシャーを感じていました(そんなに思い詰めなくていいのに……)。

そのうち、コロナ禍になって自炊の回数が増えた頃、料理を億劫に感じる自分を責めるのではなく、「もういいわ、無理なんだ」とあきらめてみることにしました。

私は昔から絵を描くのは好きでした。でも料理は得意じゃない。

もし「お母さんになったら絵を毎日描きましょう」という世の中だったら、きっとそんなに苦労なく毎日絵を描くと思います。でも、絵を描くのが苦手な人は「お母さんだからってどうして毎日絵を描かないといけないんだろう」と、つらいと思うんですよね。

でもこの世は、お母さんは絵は描かなくていいけど、ごはんは毎日子どもに食べさせなきゃいけない、ってことになっている。ただそれだけですやん、と開き直ることにしたのです。

すると、ある出来事をちょくちょく思い出すようになりました。

激ウマ弁当の思い出

結婚したばかりの頃のことです。夫の実家に行った際、帰りに義母が手作り弁当を渡してくれました。使い捨ての弁当箱に大きめのおにぎりが4つと、だし巻き玉子と焼いたウインナーがみっちり入っていました。

見た時は「シンプルなお弁当だな」と思いました。

家に着いてそれを食べたんだけど、私の大好きなタイプの柔らかいごはんのおにぎりで、「やったー! 超うめえ」ともぐもぐしている口にウインナーをぶち込みました。油っぽさとスモーキーな風味がやわらかごはんと溶け合い「う、うんま!」と声が出るほど。その、こんぶの塩っけとウインナーのうま味と海苔の風味が絶妙に混ざったごはんのかたまりをお茶で流し込んで息もつかずに薄味のだし巻き玉子を頬張る。疲れた体が一気にほぐれるような癒やしが訪れました。最高。シンプル弁当最高! ふーん、と鼻から息を出したらまたおにぎり、ウインナーのローテーションを夢中で繰り返しちゃう。こんなにおいしいお弁当は食べたことがない!

それをずっと忘れていたけど、「“お母さん”の料理ってあれで十分じゃないか?」と思ったのです。おにぎりがにぎれて、ウインナーが焼けて、だし巻き玉子が作れれば、もうそれでOKじゃないか? それ以上にあるだろうか? ないよ! めちゃくちゃウマい料理食べたいならレストランに行けばいいんだしさあ!

そう思った瞬間、「母親ならいろいろなメニューをおいしく作れる人であらねばならない」という思い込みが解けて、台所にいる時間がそこまで苦痛ではなくなりました。

定番が4つもあれば上等

だし巻き玉子はYouTubeでいろんな人たちが作り方を教えてくれています。

なんとなく宮迫さん(元雨上がり決死隊)のだし巻き玉子をマネして作ってみたら、当時9歳の娘が「ママの玉子焼きが一番おいしい」と言って、唯一、私の料理の中で楽しみにしてくれるメニューになったのです。初めて、やっと、「おいしい」と言ってもらえることの喜びみたいなのがわかる、というところにたどり着いたのです……!

え~、自信ついちゃう。それからは、豚汁、のり巻き、ジャーマンポテト、という子どもが喜んでくれる定番メニューが3つできました。4つもあれば上等だよね。

というわけで、いまだに後片付けの段取りはDAIGOさんよりたどたどしいけど、前よりは料理が少し楽しくなったのでした。

おいし〜い!の顔みせてくる娘

田房 永子(たぶさ・えいこ)
漫画家
1978年東京都生まれ。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞(青林工藝舎)。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を2012年に刊行、ベストセラーとなる。ほかの主な著書に『キレる私をやめたい』(竹書房)、『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(河出書房新社)、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)などがある。

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