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ゾッとする短編もたまらない。柚月裕子の作品集から、一押し紹介。

  • 2022.5.30
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「佐方貞人」シリーズ、「孤狼の血」シリーズ、『盤上の向日葵』『慈雨』など、数々のベストセラーを世に送り出してきた柚月裕子(ゆづき ゆうこ)さん。

本書『チョウセンアサガオの咲く夏』(株式会社KADOKAWA)は、デビューから13年、柚月さんが書き続けてきた短編をまとめた初のオムニバス短編集。

「チョウセンアサガオの咲く夏」「泣き虫(みす)の鈴」「サクラ・サクラ」「お薬増やしておきますね」「初孫」「原稿取り」「愛しのルナ」「泣く猫」「影にそう」「黙れおそ松」「ヒーロー」の11編を収録。

ミステリー、ホラー、サスペンス、時代、ユーモア、「佐方貞人」シリーズスピンオフなど、ジャンルもページ数も読み心地もいろいろ。なかには、柚月さんはこんな作品も書いていたのか! という意外なものも。

「美しい花には毒がある 献身的に母の介護を続ける娘の楽しみとは......。」

美しい花のなかには

ここでは、それまで見えていた景色が反転してゾッとした「チョウセンアサガオの咲く夏」と「初孫」を紹介しよう。

「チョウセンアサガオの咲く夏」は、9ページのショートショートでありながら最も鮮烈だった。

母の芳枝は今年72歳になる。認知症のうえ、半分寝たきりの状態だ。娘の三津子が世話をしている。医師の平山からは、「三津子ちゃんはほんとに偉いなあ」と感心されている。

三津子は常にどこか怪我をしたり体調を崩したりして、親に心配をかける子供だった。そんな手がかかる三津子を、芳枝は溺愛した。

「幼い自分を愛してくれた母の面倒を看ることは、当然のことだと思った。だが、甲斐甲斐しく母の面倒を看る三津子にも、辛いことがあった。孤独だ」

三津子の唯一の楽しみは、園芸だった。気にいった花を購入し、庭に植えている。ただ、きれいな花だからといって、よく調べもせずに買ってはいけないのだった。なぜなら......

「きれいな花には棘がある、と言われるように、美しい花のなかには毒性を持っているものがあるからだ」

三津子は庭に向かった。目の前で、大輪の美しい白い花が咲いている。名前は「チョウセンアサガオ」。毒性を持つ花だった――。

まさか――妻に限って

「初孫」は、実際にありそうでゾッとした。

ホテルのバーラウンジで、啓一は封筒をテーブルに置いた。藤堂が手を伸ばし、「たしかに、本人と息子さんのものなんだな」と言うと、啓一は黙って肯いた。

藤堂は大学で遺伝子の研究をしている。啓一が大手新聞社の政治部に籍を置いていることもあり、「依頼人はやっぱり、政治家なのか」と聞いてきた。

「渡した封筒には、ふたりの人間の口腔内細胞が入っていた。だがそれは、藤堂が思っているような政治家親子のものでもなければ、大物俳優のものでもなかった。ひとつは啓一、もうひとつは五歳になる息子、悠真のものだ」

啓一は、妻の美幸、悠真、実父の壮一郎と暮らしている。啓一と美幸は、結婚してしばらく子宝に恵まれなかった。「もし、どちらかに問題があるのなら、早く治療した方がいい」と、壮一郎は不妊外来の受診を啓一に勧めた。

診察の結果、原因は啓一にあった。不妊治療を続け、不妊外来を受診してから1年後、美幸は妊娠。そうして悠真が生まれた。ところが、幸せな日々に影が差した。悠真は自分の子ではないのではないかと、啓一はあることをきっかけに疑いはじめる――。

「まさか――美幸に限ってそんなはずはない。あれは貞操観念の固い女だ。結婚するまではと肉体関係を拒んだし、啓一がはじめての男だった。しかし(後略)」

柚月さんはカドブンのインタビューで、「いろんな話が入った福袋みたいに楽しんでいただけたら嬉しいなと思います」と語っている。

ジーンとくる話もあれば、ホッとする話、ゾッとする話もある。1人の作家が書いたとは思えない多彩さにぐいぐいひきこまれ、あっという間に読了した。

■柚月裕子さんプロフィール

1968年岩手県出身。2008年「臨床真理」で第7回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。18年『盤上の向日葵』で「本屋大賞」2位。映画化され大ヒットした『孤狼の血』の続編に『凶犬の眼』『暴虎の牙』がある。著書に、『最後の証人』『検事の本懐』『検事の死命』『検事の信義』と続く「佐方貞人」シリーズのほか、『蟻の菜園―アントガーデン―』『パレートの誤算』『朽ちないサクラ』『ウツボカズラの甘い息』『あしたの君へ』『慈雨』『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』『月下のサクラ』『ミカエルの鼓動』などがある。

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