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“OL”!? アーティスト川村美紀子新作『まぼろしの夜明け』東京公演に向けて、インタビュー

  • 2015.9.29
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2012年、川村美紀子の『へびの心臓』に、まさに心臓をわしづかみにされた。
血液が身体を駆け巡るのより速く神経のパルスが指先の筋肉にまで精密な指令を送り続けることで生み出される微細な動きが、あり得ないスピード感とダイナミズムの中で展開されていく。彼女の身体からは不思議な"振動波"が繰り出され続ける。もはや自分と同じ人間と言う生き物だとは思えなかった。
この子は魔女か?
そして昨年、トヨタ コレオグラフィーアワード2014で「次代を担う振付家賞」「オーディエンス賞」を受賞した『インナーマミー』からは、振付家としてのセンス、キレの良さを見せつけられた。

『へびの心臓』Photo:bozzo

『インナーマミー』Photo:bozzo


■ 川村美紀子が思う"限界"とは

その川村美紀子の新作が『まぼろしの夜明け』である。
リーフレットにある「ヒトは、どれくらい踊れるだろう?」という文言がものすごく気になる。だって、あんな、信じられない身体スキルを持つ彼女が言う限界とはどんなものなのか、期待してしまうではないか。しかし、先に行われた金沢21世紀美術館でのプレビュー公演では"もっと踊ってほしかった"と言う意見も聞かれたらしい。ホントに川村美紀子が倒れるまで踊ることを期待していた声が高かったのだ。ただし、川村には川村の"限界"のとらえ方があった。

『まぼろしの夜明け』金沢公演より Photo:Hiraku IKEDA

「ただがむしゃらに動くことだけではなく、"人としての存在感"、つまりただそこに、その人が、いるだけで踊りになる、そういうことをやってみたかったんです」

とはいえ、金沢での2日目の公演の様子を映像で見る限りでは、川村を含む6人のダンサーたちの動きはやはり尋常ではないほどスピード感に溢れパワフルである。リングのような舞台に、クラブナイトを思わせる照明が点滅する中でダンサーたちの身体が出会い、ぶつかり合い、打ちのめしたり打ちのめされたり、が、繰り返される。

「4月から作品作りをスタートしていて、8月後半から9月頭の二週間は金沢近郊の山の中で合宿して作品に取り組んでいました。そうした流れの中で、"作品も自分たちも変化していくのが自然である"ということに気づいた。作品作りの流れの中の、どのポイントを切り取ってみても、それぞれに違うものになっている。金沢でも1日目と2日目は違います。だから、これから公演を行うシアタートラムでは、金沢公演とは別の『まぼろしの夜明け』を見せることになるかもしれないですね」

『まぼろしの夜明け』金沢公演より Photos:Hiraku IKEDA


■ 見えない力に導かれる身体

あっという間に注目の人となり、数々の賞を受賞した川村。海外公演も多く、来年は在日フランス大使館のスカラシップで、半年間フランスで研修を行う。クラブで遊びながらダンスの練習をする大学生だったデビュー当時から見ると、環境も状況もがらりと変わった。
「客層も広がり、大人社会とかかわることが増え......戸惑いはしますが、目の前のことを精いっぱいやるしかないですね、今の私には」

この頃、身体の感覚が急速に変わっているのを感じる、と川村は言う。
「身体を自分の意思でコントロールして動かそうとすると、身体の中、特に関節が内側から鈍くて重くてキレの悪い鉈みたいなもので、くーーーっとえぐられるような感じがするんです。なんか、油が切れかかっているロボットみたいな感じ。無感情の中でギシギシ身体の部分をバラバラに動かしている。だからやめよう、と思ったんです」
先月行われたソロ公演『春の祭典』ではほぼ全裸に近いスタイルで、四方を客席に囲まれた小さな舞台に立った。ストラビンスキーの音楽が川村の身体から溢れ出て、天に吸い上げられていくように私には見えた。まさに捧げもの、"巫女"の身体を見る思いだった。
「自分の意思でコントロールするというよりは、身体が音楽を吸収して勝手に動くのに任せた部分が多かった。あらかじめ振付の流れは作ってありましたが細部はその時の空気が創りだしていたと言っていいと思います」

金沢での合宿生活では、生活習慣やものの考え方に至るまでひとりひとりが違うものを持っているということを改めて肌で感じた。そんなことも"コントロールするのではなく自然の流れを尊重する"という思考にシフトするきっかけになっているという。
「自然の流れの中で、限界までその人の存在感を際立たせていく、際立った存在感同士のぶつかりあいが、ダンスと言う表現になればいい、そう思っています」
他者との闘いは、裏を返せば自分との闘いでもある。注目や期待など、自らを縛り付ける何かから緩やかに解放されるために今、川村美紀子は自分との闘いを余儀なくされているのかも知れない。


■ 私の肩書は"OL"です

「私は自分をダンサーとは名乗りません」
と川村は言う。ダンサーとは、踊らない人が付けた呼び名なのだと。......そうかもしれない、踊りという表現スキルに対して観客となる私たちが勝手にそうカテゴライズしているだけで、実は私たちがダンサーと呼んでいる人たちの中には"踊ることを職業にすることが目的"である人と"自分の表現手段としてたまたま身体を使っている人"がいる。そして、川村は圧倒的に後者である。あんなに高い身体性を持つのに? と思われる方も多いとは思うが、彼女は作曲・歌・詩・文章・絵画・書(紫水、という屋号も持っている)、めちゃくちゃ幅広いジャンルから表現を行っている。そんな自分のことを笑いながら、
「私はOLです、って言ってます。Orgasms Lady」
と川村。あらゆる局面に感度の鋭さを発揮する彼女にぴったりの表現かもしれない。

ハマっているものはいろいろある。
最近の大作は、般若心経のビーズ細工(マット)。文字の形、デザイン、色合い、すべて自分でデザインしてビーズで一粒一粒埋めて行く。「無」に蓄光ビーズを使い、暗闇で文字が浮き上がるなど、随所にウィットが込められている。金沢では、地元の工芸品の竹筆を用いて「夢」としたためた。

川村さんの作ったもの。左からピスタチオのカラで作ったアート、ビーズアートの般若心境(まだ制作途中です)。

(左)金沢公演では自らの書も物販コーナーに。(右)手作りの短篇集。

「金沢でのリハーサルを終えたとき、やっとここまでたどり着いたことを"夢を見ているみたいだね"と皆で喜び合った。これからもいろいろなものを創り、いろいろな人と共有していきたい、それが私の夢かな」

『春の祭典』ソロ公演では、自作の短篇集をわら半紙に印刷して綴じ、販売した。中にはこの3年間、彼女が海外などで体験した突拍子もないエピソードを元にした刺激的なショートストーリーが33篇、並んでいる。そのユーモアと毒の絶妙な配合具合に思わず吸い込まれてしまうのは、彼女のダンスそのままだ。

だから彼女から目が離せない。
川村美紀子、彼女そのものが事件であり、ひとつの物語である。
シアタートラムでは、どんな風に私たちの期待と予想を裏切ってくれることだろう!

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川村美紀子

1990年生まれ、16歳からダンスをはじめる。日本女子体育大学卒業。2011年より本格的に作品を発表し、2012年初演の『へびの心臓』は国内外で上演を重ねている。2014年『インマミー』初演、トヨタ コレオグラフィーアワード2014「次代を担う振付家賞」「オーディエンス賞」、横浜ダンスコレクションEX 2015「審査員賞」「若手振付家のための在日フランス大使館賞」受賞他、受賞歴多数。2013--16年度(公財)セゾン文化財団ジュニア・フェロー。国内外から注目を集めている。

http://kawamuramikiko.com/


川村美紀子 新作ダンス『まぼろしの夜明け』
日程:2015年10月9日(金)15:00、19:30 10日(土)15:00、19:30 11日(日)15:00
会場:シアタートラム
料金:一般前売り¥3,000、当日¥3,500 学生前売り¥2,500、当日¥3,000
問い合わせ先:世田谷パブリックシアターチケットセンター tel 03-5432-1515(10:00〜19:00)
http://setagaya-pt.jp

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