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ヤマザキマリが、最も敬愛する作家・安部公房を語る。

  • 2022.5.18
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『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)などで知られる、漫画家・エッセイストのヤマザキマリさん。ヤマザキさんの「最も敬愛する作家」をご存じだろうか? 『壁』『砂の女』などを書いた、戦後を代表する不条理文学の名手・安部公房だ。

ヤマザキさんは、「もしあの頃、安部公房の文学に出会っていなかったら、私は今とは違う考え方や生き方をしていたかもしれない」と言う。彼女の人生に、安部公房はどのような影響を与えたのだろうか。ヤマザキさんが、敬愛する安部公房についてたっぷりと語った本『壁とともに生きる わたしと「安部公房」』(NHK出版)が発売された。

安部公房作品のキーワードは、「壁」。『砂の女』は、主人公の男が砂の壁に囲まれた集落に閉じ込められてしまう話だ。いま私たちは、パンデミックと戦争という、自由をはばむ「壁」に直面している。閉塞したこの時代を俯瞰でとらえるためにも、いま安部公房を知り、安部公房を読むことは、私たちにとって大きな価値があるに違いない。

出会いは、イタリアでの極貧生活中だった

ヤマザキさんは、17歳のとき、画家を目指して単身イタリアに渡った。美術学校に通いながら、食べるものもなくインフラも止められるという極貧状態におちいっていたそうだ。芸術を志す人間が軽視され、保護されない不条理を真正面から感じていた。そんなとき、地元の芸術家や文芸人の集まるサロンで、主宰者の老作家が「これを読みなさい。今の君はこういう文学に触れておくべきだ」と言って手渡してくれたのが、『砂の女』のイタリア語版だった。

『砂の女』を読んだヤマザキさんは、「これは私のことだ」と思ったという。砂の壁に閉じ込められる主人公の男のように、ヤマザキさんも、「当時のフィレンツェで這い上がることのできないすり鉢状の穴の中に入り込んでしまった」と感じていたのだ。また、『砂の女』の主人公が集落を訪れたのは、新種の虫を見つけて世に名を残すためだった。画家として大成したいと思っていた当時のヤマザキさんと、よく似ていた。

『砂の女』に衝撃を受けたヤマザキさんは、日本にいる母親に連絡して、安部公房の本を山のように送ってもらった。ヤマザキさんは届いた本を寝る間も惜しんで読み漁り、やがて頭の中がすっかり「安部公房化」してしまったという。しかしそれが、極貧生活で不安定になっていた精神のバランスを保つための、救いだったのだ。

もしいま、パンデミックや世界情勢に不安を覚え、見えない「壁」を感じているなら、ヤマザキさんのように安部公房作品に触れてみるといいかもしれない。そこには夢や理想はないが、現実に立ちはだかる「壁」を真っ向から見つめ、現在地を客観的にとらえることができる。きっとそれはある種の救いになるし、現実をサバイブするタフな精神をつくってくれるだろう。いま、こんな時代だからこそ、ヤマザキさんとともに安部公房の世界に足を踏み入れてみてはどうだろうか。

【目次】
プロローグ 壁とともに生きる
第一章 「自由」の壁......『砂の女』
第二章 「世間」の壁......『壁』
第三章 「革命」の壁......『飢餓同盟』
第四章 「生存」の壁......『けものたちは故郷をめざす』
第五章 「他人」の壁......『他人の顔』
第六章 「国家」の壁......『方舟さくら丸』

■ヤマザキマリさんプロフィール

漫画家・エッセイスト。1967年生まれ。17歳のときに渡伊、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。エジプト、シリア、ポルトガル、米国を経て各地で活動したのち、現在はイタリアと日本を拠点に置く。1997年より漫画家として活動開始、2010年、『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』(講談社)、『プリニウス』(とり・みきとの共作、新潮社)など。エッセイに『ヴィオラ母さん――私を育てた破天荒な母・リョウコ』(文藝春秋)のほか、『国境のない生き方――私をつくった本と旅』(小学館新書)、『たちどまって考える』(中公新書ラクレ)など多数。2022年5月、安部公房の作品論『壁とともに生きる――わたしと「安部公房」』(NHK出版新書)を刊行。2015年度芸術選奨新人賞受賞、2017年、日本の漫画家として初めてイタリア共和国星勲章・コメンダトーレを受章。東京造形大学客員教授。

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