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気が合うより、「胃が合う」。おとなの友情に大切なこと。

  • 2022.4.25
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「悩みごとはとりあえず、食べてから話そう。」

<胃袋のソウルメイト>に巡り合った人気作家とカリスマ書店員。千早茜さんと新井見枝香さんの共著『胃が合うふたり』(新潮社)は、共に囲んだ11の食卓を舞台に人生の味わいまで鮮やかに描き出す美味絶佳のWエッセイ集。

友情のかたちもいろいろだが、千早さんと新井さんの場合、食への情熱、確かな舌、胃袋のサイズ......つまり「胃が合う」のだった。

ストリップ劇場で食べる厳選おやつ。コロナ禍に交わすご馳走便。転機を迎えた日の中国茶。新居を温める具沢山スープ――。
ふたりの人生は動き続けるけれど、そばにはいつも旨いものがある。

餌場が同じ野良猫

本書は「歌舞伎町ストリップ編」「銀座パフェめぐり編」「神楽坂逃亡編」「両国スーパー銭湯編」「高田馬場茶藝編」「ステイホーム編」「福井・芦原温泉編」「京都・最後の晩餐編」「神保町上京編」の構成。

一緒に店を選び、ふたりで食べ歩きをする。先に新井さんがエッセイを書き、それを受けるかたちで千早さんがエッセイを書いたという。

食通のふたりが、どこでどんなものをどのくらい食べるのか(想像を絶する量だった)。相手をどう思っているのか(互いに「新井どん」「ちはやん」と呼び合う仲)。ときに優雅な、ときにディープな世界を行ったり来たりしながら綴っている。

新井 「気が合う以上に、胃が合うことが印象的だった。『モンプチ』しか食べられない猫と、『モンプチ』でも猫まんまでも同じ勢いで頭を突っ込む猫とは、どうしたって仲良くはなれない。もちろん我々は、揃って後者だ。いい匂いがすれば、見境がない」

千早 「新井どんとの食事は楽しい。いつかのイベントで彼女と自分のことを『餌場(えさば)が同じ野良猫』と言ったことがある。食べたいものや食への姿勢が似ていて、気がついたら同じ食卓を囲んでいる。延々と食べ続けられる。非常に、胃が合う」

歌舞伎町ストリップ

いきなりの「歌舞伎町ストリップ編」に「?」となるかもしれない。じつは新井さんはストリップにハマっていて、2020年からは踊り子として各地の舞台に立っている。書店員、エッセイスト、踊り子の「三足のわらじ」を履く日々を送っているのだ。

まだ新井さんがストリップの観客だった頃の話。ふたりは新宿伊勢丹のジェラート屋で落ち合い、ストリップ劇場へ向かった。新井さんはエナジードリンク、干し梅、または種抜きカリカリ梅、ハイチュウ、千早さんはフィナンシェ、マカロン、ドライフルーツなどを持参して。

ストリップ鑑賞は1日仕事だという。ふたりは午前のうちに劇場に入って良い席を確保し、日が暮れるまで踊り子たちの姿を眺める。タイミングを見て外出し、フルーツパーラーでパフェを食べることも。

「胃」から脱線するが、そもそもなぜストリップ? と気になった。ストリップ鑑賞後の高揚感を、千早さんはこう書いている。

「美はひとつではない。鍛えられた腹筋も、傷痕も、肉のたるみも、浮きでたあばらも、なんて輝いているのだろう、と踊り子たちの笑顔を見て涙がでそうになった。(中略)今夜くらいは自分の身体を愛せるような気がする。そんな肯定をストリップは与えてくれる」

小学生の頃に出会っていたら

「銀座パフェめぐり編」では、1軒、2軒、3軒......と店をはしごする。次の予約まで時間があり、新井さんは行き先を告げずに姿を消した。そして、何事もなかったかのように戻ってきた。どこへ行き何をしていたのか。千早さんは何も尋ねなかった。

新井 「ちょっとした、秘密とも呼べない秘密を持つことは、対人関係を続けるにおいて、欠かせない息継ぎなのだ。(中略)だから、大した意味もない秘密を尊重してくれるちはやんは、本当に得難い存在なのである」

その日、千早さんは締めパフェに生まれて初めての<鬼灯(ほおずき)のパフェ>を選んだ。

千早 「鬼灯のように、新井どんも私にとって未知の食材だ。食べても、食べても、よくわからない。初めて食べるパフェみたいに、掘っていくと新しい味がでてくる。人付き合いはそういうところがある」

新井さんが踊り子として福井に遠征していたとき、福井の街をふたりでぶらぶら歩きながら、千早さんはこう思う。

「もしも、小学生の頃に出会っていたらこんな夕暮れを何度となく過ごしたのだろうか。いや、私はアフリカで、彼女は東京育ちだ。薔薇色の夕日が一瞬だけパラレルワールドを見せてくれた気がした」

おとなになってからこんなふうに思える友人と巡り合えて、うらやましい。

本書はリッチな食事や休日の過ごし方がいろいろ出てきて、これがおとなの遊びか! と憧れる。ふたりともかなり個性的であることは読みはじめて間もなくわかるが、それぞれが内面を深掘りして書いているのも面白い。

■千早茜さんプロフィール
1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。同作は09年に第37回泉鏡花文学賞も受賞した。13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞を、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を受賞。他の著書に『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』『さんかく』『ひきなみ』やクリープハイプ・尾崎世界観との共著『犬も食わない』、エッセイ『わるい食べもの』など多数。

■新井見枝香さんプロフィール
1980年東京生まれ。書店員として文芸書の魅力を伝えるイベントや仕掛けを積極的に行い、中でも芥川・直木賞と同日に発表される一人選考の文学賞「新井賞」は読書家の注目の的となっている(ちなみに2014年第1回の受賞作は千早茜『男ともだち』)。エッセイも手掛け、『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』『本屋の新井』『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』の著書がある。

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