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「人と人との接触を減らす必要はあったのか」ウイルス学者が今、政府に"猛省"を促していること

  • 2022.4.15
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3月、まん延防止等重点措置が全面解除された。自粛の影響で廃業を余儀なくされた飲食店も少なくないが、このような“人と人との接触を減らす”対策は果たして適切かつ必要なものだったのか。ウイルス学者の宮沢孝幸さんは「人と人の接触を8割減らさなくても、感染は8割減らせる。『100分の1作戦』を実行すれば」という――。

※本稿は、宮沢孝幸『ウイルス学者の責任』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

ウイルス学者が提唱した「100分の1作戦」とは

「100分の1作戦」とは、感染門戸(目・鼻・口)に付着するウイルス量を、通常に感染する際の100分の1にするというものです。なぜ100分の1にするだけでいいのか。それについては、ウイルス学の知識を持っていただくと、理解できるのではないかと思います。

「100分の1作戦」のチラシ
100分の1作戦

ウイルス感染というのは、実は単純ではなく、とても複雑です。ほとんどのウイルスでは、一つのウイルス粒子が一つの細胞に付着すれば感染するというわけではないのです。試験管内で一つの細胞に感染させるには大量のウイルス粒子が必要です。さらに、個体に感染する際には、一つの細胞に感染するウイルス量ではまったく足りないことがほとんどです(ウイルスの種類によって異なるので、一概にはいえません)。

ウイルスが細胞に感染するための条件

例えば、代表的なウイルスであるエイズウイルス(正式にはヒト免疫不全ウイルス。HIV-1と呼びます)について見てみます。HIV陽性者がHIV陰性者とコンドームなしのセックスをした場合の、感染確率はおおむね0.1%~1%と考えられています。100回から1000回のセックスをして1回感染が成立するというくらいです。陽性者の精液の中には多数のエイズウイルス粒子が含まれていますが、エイズウイルスのすべての粒子が感染性を持っているわけではありません。

HIVの場合は、ウイルス粒子100個のうちの一つくらいが感染性を有していると考えられていました。別の言い方をすると、一つの細胞に感染するのに100個程度のウイルス粒子が必要だということです。この点が細菌と異なるところです。

細菌の場合は一つひとつが生きていますから、条件が揃えば、一つの細菌でも、大量に増殖することが可能です。ただし、個体が感染したり、発症したりするには一定量以上の細菌数が必要です。牛乳は殺菌していますが、蓋を開ければ雑菌は混入します。大量に雑菌が増えた牛乳を飲むとお腹を壊しますが、少しの雑菌が混入したくらいでは、人はお腹を壊しません。しかし、牛乳の中に混入した雑菌は生きていて、条件が揃えば、つまり冷蔵庫に入れないで部屋に放置すれば、飲んだら病気を起こすくらいに増えてしまいます。

ところがその後の研究で、事はそう単純ではないことがわかりました。細胞の中には、HIVの感染を阻止する天然の感染阻害物質(宿主抵抗性因子)が存在して、細胞の中に侵入したウイルスを細胞内でやっつけていることがわかったのです。その阻害物質をかいくぐって、ウイルスが感染するためには、細胞内に一定量以上のウイルス粒子が侵入する必要があったということです。

少し難しい話になりました。ウイルスはすべてのウイルス粒子が感染性を有しているわけではなく、また、細胞に感染するためには、一定量以上のウイルス粒子が侵入する必要があるということです。

感染も“受精”も「集団突破」である

これは受精にも似ています。受精においては、多数の精子が卵子をめがけていきます。多数の精子の頭から出てくる酵素(ヒアルロニダーゼ)でまず卵細胞の周りの防護層(顆粒かりゅう膜細胞でできている層)を溶かし、タイミングよく到達した精子のみが受精をします。

同様に、ウイルスの場合も、多数のウイルスが宿主の細胞に侵入して、細胞内にある抵抗性因子のブロックを集団で突破して、うまくいったウイルスだけが感染を成立させるのです。つまり、感染も受精も集団突破なのです。

これは、細胞レベルの話ですが、個体レベルでも同様のことがいえます。一つの細胞に感染するウイルス量が感染門戸に付着しただけでは、個体には感染しません。何百、何千もの数の細胞に感染するウイルス量に曝露されない限り、個体は感染しないことが多いのです。逆にいえば、曝露されるウイルス量を大幅に下げれば、ほとんど感染しなくなるのです。

今回のコロナウイルスの例ではありませんが、動物実験によって、どのくらいの感染性のウイルス粒子が必要か、ある程度わかっています。

ネコの病原性コロナウイルスであるネコ伝染性腹膜炎ウイルスの場合は、ウイルス株にもよりますが、だいたい1万個の「感染性ウイルス粒子」が必要です。感染性ウイルス粒子とは試験管内で細胞に感染するウイルスをいいます。細胞に感染するのに100個のウイルス粒子が必要だとすると、個体に感染するには100万個のウイルス粒子が必要になるということです。ともかく、かなりの量のウイルス粒子がないと、個体レベルではウイルス感染は起こらないのです。

手洗いをすると、「新型コロナウイルス粒子が一つも残らないように」とゴシゴシ洗う人もいると思いますが、1個や2個の粒子ではまったく感染しません。しかも、そのウイルス粒子が感染性を持った粒子であるかどうかはわかりません。感染性を持った粒子が大量にないと感染は成立しませんから、ザッと手洗いをしてウイルス量を減らしておくだけで感染のリスクはかなり減らせます。

このメカニズムを知れば、マスク、手洗い、換気で通常の感染時に曝露されるウイルス量を100分の1に減らせば、感染の確率が極めて低くなることが理解できると思います。

重症化しやすい人は、より厳密に“100分の1作戦”を

新型コロナウイルスの感染に必要なウイルス量は変異体(一般的には変異株と呼ぶがここでは変異体とする)でも変わっていきます。

重症化しやすい人は、感染を回避することが重要だと思います。そのために、100分の1作戦を実行してほしいのですが、古いタイプの変異体よりも感染しやすくなっていることは事実です。そのため、重症化しやすい人で感染を極力回避したい人は、より厳密に100分の1作戦を実施してほしいと思います。

接触感染はメインの感染ルートではないのですが、目・鼻・口を触る際には、エタノールで消毒するか、手洗いやお手拭きなどでウイルス量は減らしたほうが安心だと思います。

「感染しないようセックスは絶対にやめましょう」とは、誰も言わない

この「100分の1作戦」を国民の8割が理解して実行すれば、全体的に感染する確率を8割減らすことができます。それには、国民を啓蒙けいもうして、8割の人に一定期間実行してもらうだけです。「人と人の接触」を8割減らさなくても、感染を8割減らすことができるのです。

エイズウイルスが出てきたときに、感染ルートが特定され、精液や輸血、注射器具の共有からの感染であることがわかりました。感染ルートが特定されましたから、「コンドームを使いましょう」「麻薬を打つのをやめましょう」という対処法が出てきました。「エイズ(後天性免疫不全症候群)になると危険だから、人と人の接触機会を減らしましょう」「エイズになるといけないから、セックスするのをやめましょう」と言うのは、馬鹿げた対処法です。新型コロナウイルスの場合に「ウイルスに感染するといけないから、人と人の接触をやめましょう」と言うのは、「エイズウイルスに感染するといけないから、人と人の接触をやめましょう。セックスは絶対にやめましょう」と言うようなものです。

新型コロナウイルスは、感染ルートが特定されています。可能性の高い感染ルートを遮断するために「マスク、手洗い、換気をしましょう」でいいのです。

理屈さえ理解できれば、日本の多くの人は実行してくれるでしょう。実行しない人が2割くらいいたとしても、8割くらいの人が実行すれば、8割削減はほぼ可能なのです。

ウイルス学者の責任

ウイルスは、未知の「お化け」ではありません。「お化け」なら、わけがわからないことが起こりますが、ウイルスの感染にはすべて理由があります。その理由を知っておけば、「ほぼ起こり得ないこと」を過度に恐れることはなかったはずです。

宮沢孝幸『ウイルス学者の責任』(PHP新書)
宮沢孝幸『ウイルス学者の責任』(PHP新書)

「お札から感染する」とか「水道の蛇口から感染する」といったことも、ないと断言していいレベルです。しかし、そのようなことを吹聴する人がいたため、それを聞いた人が怖がってしまって、過度な自粛につながりました。万一あったとしても、天文学的に極めて確率の低いことを過度に気にしていては、日常生活は送っていけません。

過度な自粛をするよりも、「お札から感染することはない」「水道の蛇口から感染することはない」と伝えて、人々が恐れおののかないようにすることのほうがはるかに重要でした。私はウイルス学者として、世に伝えるべきことを伝えようと、SNSやメディアで訴え続けています。しかし、私の声が各方面に十分に届いたかというと、決してそんなことはありません。残念なことに国の行政が、ウイルス学者である私の発言を尊重してくれることはなかったですし、罵声のような批判も浴びました。時には殺害予告まで受けました。

ひどく失望したこともありましたが、それでも私はウイルス学の専門家として、声をあげることをやめてはいけないと考えています。

今後、別のウイルスでまたパンデミックが発生したら、今回の教訓を活かし、専門家の知見を活かした合理的な判断が下されることを切に願います。

宮沢 孝幸(みやざわ・たかゆき)
京都大学医生物学研究所准教授
1964年生まれ。東京大学農学部畜産獣医学科にて獣医師免許を取得後、同大学院で動物由来ウイルスを研究。東大初の飛び級で博士号を取得。大阪大学微生物病研究所エマージング感染症研究センター助手、帯広畜産大学畜産学部獣医学科助教授などを経て現職。

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