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1908年のオリンピックに、ロシア選手団が遅刻したのはなぜ?

  • 2022.3.25
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何もないのに橋が揺れ、ねじれ、壊れる。何十億ドルもの大金が、一瞬にして跡形もなく消える。39階建てのビルの12階でエアロビクスをしていたら、ビル全体が大きく揺れる。本当にあったこれらの現象は、すべて数学の「ミス」が引き起こしたものだった。

コンピューターのシステムや、金融、建築物。私たちの生活は、裏から数学に支えられている。普段、私たちはそれを意識することはない。数学が表に出るのは、何か問題が起きたときだけだ。『屈辱の数学史 A COMEDY OF MATHS ERRORS』(山と渓谷社)は、そんな数学史上の「ミス」に着目した本だ。決して失敗をからかうわけではない。数学者としてイギリスのメディアで活躍している著者、マット・パーカーさん自身の失敗談も盛り込みながら、それぞれの現象の背景がていねいにテンポよく解説されている。

一筋縄ではいかない「カレンダー」

1908年のロンドンオリンピック。狙撃の試合開始は7月10日だった。他の国のチームと同じように、ロシアの選手団も7月10日の数日前にロンドン入りした。しかし、1908年のオリンピックの狙撃競技に、ロシアのチームの記録はない。なぜロシアはオリンピックに出場できなかったのか。それは、当時のロシア人にとっての7月10日が、イギリス人をはじめとする世界のほとんどの人々にとっての7月23日だったからだ。

当時のロシアはユリウス暦のカレンダーを使っており、現在一般的なグレゴリオ暦に切り替えたのは、1918年のことだった。なんだ、たかが暦の違い? と思うかもしれないが、暦というのはそう簡単に作られたものではない。知っている方も多いかもしれないが、地球の公転1周で決められる「1年」は、自転1周で決められる「1日」で割ると、約365.2563657日。しかも、地球は回りながら地軸の向きを変化させるせいで、季節が1周する「1年」はまた長さが違って約365.2421875日。どれだけ調整しても、暦の誤差がなくなることは決してない。

ユリウス暦は1年を355日として、閏月を入れて調整していた。しかしこの閏月が、統治期間を長くするためなど政治利用されるようになったので、現在の1年365日プラス4年に一度の閏日のグレゴリオ暦が考案される。新しい暦を導入するにあたって、ずれを修正するために1年が445日になったり、急に11日間がなくなったりと、さまざまな試行錯誤があった。しかもグレゴリオ暦を広めたのは、ローマ教皇グレゴリウス13世。宗教的な理由からも、世界中で使われるようになるまでには時間がかかったのだ。

失敗して成長する人類

私たちが当たり前に使っているカレンダーは、数学者たちの並々ならぬ努力で出来上がっていた。他にも、パソコンやスマートフォンはもちろん、あなたが住んでいる家、その中の電化製品、日々使うお金や上空を飛ぶ飛行機も、全て数学で成り立っている。

しかし、普段私たちがそれを意識することはないだろう。難しい理論を知ることなく、ごく当たり前に使っている。しかし、もしもあなたの家の設計図にたった1つ計算ミスがあって、何かの拍子に2階の床が抜けたら......?

ミスが発覚してから数学を意識するのは、数学者たちも同じらしい。本文中にこんな文章がある。

人間は自分の理解を超えたものを作ることがある。作ってしまってから理解する。そういうことを何度も、何度も、繰り返してきたのだ。蒸気機関は、熱力学の理論が確立する前から存在し、動いていた。ワクチンは、免疫系の働きについて十分に理解が進む前から使われていた。空気力学はまだ完璧なものとは言い難いが、それでも飛行機は今日も飛んでいる。

作ってみてから、失敗したらその原因を計算し、次に活かす。そうやって人類の文明は進化してきた。そんな、ちょっとかっこ悪くて危なっかしくて、しかし重要な意味をもつ数学の進歩を、著者パーカーさんが軽妙な語り口で紹介している。本書を読めば日常にひそむ数学が見えてきて、数学に親しみがわくはずだ。

■著者 マット・パーカーさんプロフィール
オーストラリア出身の元数学教師。イギリスのゴダルマイニングという歴史ある(古過ぎるのではと思うこともある)街に暮らす。他の著書に『四次元で作れるもの、できること(Things to Make and Do in the Fourth Dimension)』がある。数学とスタンダップ・コメディを愛し、両者を同時にこなすことも多い。テレビやラジオに出演して数学について話す他、ユーチューバーとしても活躍。オリジナル動画の再生回数は数千万回以上、ライブのコメディー・ショーを行えば、毎回、満員御礼という人気者だ。

■訳者 夏目大(なつめ・だい)さんプロフィール
大阪府生まれ。翻訳家。大学卒業後、SEとして勤務したのちに翻訳家になる。主な訳書に『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』ジャン=ポール・ディディエローラン(共にハーパーコリンズ・ジャパン)、『エルヴィス・コステロ自伝』エルヴィス・コステロ(亜紀書房)、『タコの心身問題』ピーター・ゴドフリー=スミス(みすず書房)、『「男らしさ」はつらいよ』ロバート・ウェッブ(双葉社)、『南極探検とペンギン』ロイド・スペンサー・デイヴィス(青土社)、『Think CIVILITY』クリスティーン・ポラス(東洋経済新報社)など多数。

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