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パリ郊外に生きる若者たちのファンタジー、その切なさに息をのむ。

  • 2022.3.22
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都市型ファンタジーの、幻想の切なさに息を呑む。

『GAGARINE/ガガーリン』

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©2020 Haut et Court – France 3 CINÉMAアスベストの粉塵舞う解体目前の団地。8階部分を刷新した少年は、リナ・クードリ演じるロマの少女を彼だけのアジールに招き入れる。淡い恋のエピソードも秀逸。

フランス映画にはいまや〈パリ郊外もの〉というジャンルがあります。マチュー・カソヴィッツ監督の『憎しみ』(1995年)を出発点として、最近ではラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』(2019年)が典型であるように、パリ郊外の団地を舞台に、移民の若者たちが不満を募らせ、暴力や麻薬など反社会的な行動のなかで自己を主張するという映画がしばしば製作されています。

本作『ガガーリン』の舞台もパリ南東にあるイヴリーの団地ですが、〈パリ郊外もの〉のパターンをがらりと変えてしまい、新たな1ページを開く鮮烈な秀作です。

タイトルのガガーリンは、世界初の有人宇宙飛行を実現させたソ連の英雄から取られています。パリ郊外のイヴリーに平等と快適をめざす労働者のための団地ができたとき、人類の夢をかなえた英雄の名にちなんで、この理想の団地をガガーリンと名づけたのです。

それから約60年。ガガーリン団地は移民や下層の市民が暮らし、老朽化で解体されることになりました。

本作の主人公ユーリ(ガガーリンと同じ名です)は16歳の黒人少年で、母に捨てられ、この団地にひとりで暮らしています。彼はこの団地を愛し、ひそかに団地のさまざまな機械や器具の修繕をおこなっています。団地の解体が近づくなかで、ユーリは無人になった団地に残り、ひとつの階を丸ごと宇宙船の内部に改造し、宇宙と同じ絶対的な孤独のなかで生きつづけようと決意します。

団地を宇宙船に改造するという、大都市の真っただ中に生まれるファンタジーの美しさに陶然とし、その幻想の切なさに息を呑みます。団地が解体される直前、ユーリは驚くべき変身をとげ、世界に向けてあるメッセージを発信します。その無重力空間と光のイメージの感動が、この作品のクライマックスです。

 

『GAGARINE /ガガーリン』監督・脚本/ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ出演/アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ジャミル・マクレイヴン、ドニ・ラヴァンほか2020年、フランス映画98分配給/ツイン2月25日より、新宿ピカデリーほか全国にて公開http://gagarine-japan.com新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

文:中条省平/フランス文学者文学、映画、漫画など探究分野は幅広い。著書多数。近著は『人間とは何か 偏愛的フランス文学作家論』(講談社刊)、『カミュ伝』(集英社インターナショナル刊)。最新の訳書はいま改めて注目されるカミュ『ペスト』(光文社古典新訳文庫)。

*「フィガロジャポン」2022年4月号より抜粋

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