1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 「実母の葬儀」で起きた”骨肉の争い”の危機~実録・ボディガード体験談

「実母の葬儀」で起きた”骨肉の争い”の危機~実録・ボディガード体験談

  • 2022.3.21
葬儀の場では親族トラブルが起こることも…
葬儀の場では親族トラブルが起こることも…

ボディーガードが警護するのは、著名人とは限りません。近年は、一般の人からの依頼も増えています。中でも、冠婚葬祭といったセレモニーでのトラブルは大変多い案件の一つです。今回は、実際に葬儀の場で起きた「親族トラブル」を、警護歴25年以上の現役ボディーガードであるMさんに教えていただきました。(個人情報保護の観点から、会話の内容などに一部アレンジを加えています)

母の葬儀で再会した兄弟の確執

葬式や結婚式など、「式典会場での警護」は非常に多いご依頼です。なぜ、そのような場所で警護が必要なのか、疑問に思う人も多いでしょう。

冠婚葬祭の場では、普段は会う機会の少ない親類が一堂に会します。もちろん、多くの人たちは再会を喜び合う良好な関係です。しかし中には、刃傷沙汰になりかねない、因縁のある関係もあります。その場合、「会いたくない相手と会わざるを得ない場」になってしまうのです。その中から、あるご兄弟の事例をお話しします。

初夏のジメジメと暑い時期に行われた、ある高齢女性の通夜と告別式でのこと。依頼人は、故人の長男である喪主の男性(53歳)です。その男性には4歳下の不仲な弟さんがおり、依頼内容は「弟が暴れたときの応対」でした。

兄弟ともに結婚していましたが、弟夫婦に子どもはいないとのこと。依頼人である兄夫妻は、近所に住んでいた母親を長いこと世話していたそうです。一方、依頼人の弟さんは他県に住んでおり、15年以上会っておらず、お互いに連絡もしていないとのことでした。仲たがいの理由は分かりませんが、金銭トラブルや母親の介護ではないと聞いています。

依頼人には成人した娘さんがおり、「特に娘には、(弟を)絶対に近づけないでほしい」というのもリクエストの一つでした。そもそもの原因は依頼人の弟と娘、つまり叔父とめいとのトラブルのようです。これは相当デリケートな問題を含むと容易に想像でき、依頼人も話したくない様子でした。とにかく、「長年にわたって確執がある弟と、母の葬儀で会わなければならない」、しかも「弟は自分を恨んでいると思うので、会うのが怖い」とおっしゃっていました。

葬儀での警護は多くの場合、相続トラブルが原因です。しかし今回の依頼では、遺産については「弁護士に一任する予定なので、弟と話す必要はない」とのことでした。亡くなったお母さまも兄弟の不仲を理解していたので、もめないように整理を進めたのでしょう。

本件の趣旨は、「葬儀の円滑な進行」です。簡単にいうと、弟さんの動向を監視して、必要以上に近づいたり、攻撃の兆しが見えたりした場合は、速やかに会場の外へ連れ出すことが任務になります。この案件は私1人で行いましたが、参列者に警備と悟らせないために、依頼人の「会社の部下」のふりをし、もし弟さんに聞かれたときもそう答えることにしていました。

本来なら、こういった案件の場合は2~3人で行うことが多いですが、このケースは依頼人の予算の都合で1人体制になりました。依頼人にも事情があるので、警備の人数は可能な限り要望に応じますが、もちろん1人だと、複数に比べてかなり警備力が落ちます。人が大勢いる場所で相手が暴れた場合、周りの人を巻き込まないように取り押さえる必要がありますが、そのためには1人より2人、2人より3人と、警護を厳重にすることが理想だからです。

5分以上の押し問答の末に…

警護は、通夜と告別式の2日間。両日とも私が担当しました。問題が起きたのは、初日のお通夜のときです。通夜も告別式も、会場は同じセレモニーホールでした。規模は大きくなく、ご近所さんと近親者が中心の、参列者50人ほどの式でした。通夜は午後6時でしたが、念のため2時間前の午後4時、配置に就きました。

弟さんが到着したのは午後5時30分ごろ。理由は分かりませんが、奥さんは同伴しておらず、1人で来られました。親族が15人ほどいる控室に弟さんが入り、全員に一礼をしましたが、お兄さんたちとは目を合わせません。その後、会場に移動し、お兄さん・弟さんともに親族席に着席しました。ただし弟さんは、なるべく兄家族から遠い位置に案内してもらうよう、式場側にお願いしています。しかし読経中はもちろん、その後、別室で行った参列者への食事の振る舞いの席でも、弟さんが近づいてくることはありませんでした。

彼が、依頼人である兄に近づいてきたのは、一般の参列者が全員引き上げた後。親族一同が会場を後にしようとしていたときです。その日、初めての接近なので、私も動きやすい位置に移動しました。

弟さんは前置きなく話し始めました。内容は、「葬儀費用の一部を負担する」という打診です。弟さんからすれば当然でしょう。この段階で私が割って入るのは早過ぎるので、すぐに制止できるよう、依頼人の斜め前、つまり弟さんの斜め後ろで様子を見守りました。依頼人は弟さんの申し出に対して、「弁護士と話してくれ」と、そっけなく言いました。

弟さんも予想していたと思いますが、兄の言い方が気に入らなかったのでしょう。かばんから分厚い封筒を出して、「こんなことでいちいち弁護士なんか通していられるか! 受け取れ!」と、語気が荒くなり始めました。お兄さんは封筒を受け取らず、押し問答が5分以上続きます。最終的には双方とも怒鳴り声になり、驚いた職員さん数人が見に来るほどでした。この時点で、会場には15人ほどがいました。しかし、一般の参列者はお帰りになっていたので、残っているのは事情を知っている親族だけです。そんな状況の中、無理に私が間に入ると余計にこじれかねません。

依頼人とは事前に、助けが必要なときの合図も打ち合わせています。もしも、助けが必要になったら、「私を見て数回うなずく」。逆に必要ないときは「首を横に振る」と。このとき、依頼人は首を振っていました。翌日も会うことを考えると、2人とも、もめるのは不本意だと思うのです。ただしこうなると、売り言葉に買い言葉。一度上げた拳を下ろすのは簡単ではありません。他の親族も、「ではまた明日」と帰れる空気ではありませんでした。

そこで、差し出がましいかとは思いましたが、私が割って入り、「ここでは何だから、別室で話されたらいかがですか?」と半ば強引に、別のフロアの親族控室に案内しました。個室に連れ込むと長丁場になるかもしれませんが、その時点で会場にいられるのは残り30分ほど。それ以降は外に出なければなりませんでした。しかも、周りに人がいると、2人とも引くに引けません。そこで、私だけが立ち会うことにしたのです。弟さんが、私が誰なのかを聞くことはありませんでした。帰り際にお礼を言われたので、どうやらセレモニーホールの職員と思ったようです。

穏便に収めるための「3つのタイミング」

控室では10分ほど話しましたが、結局、お互い感情的になることはなく、葬儀費用の件は後日弁護士に相談するということで解決しました。おそらくこのケースの場合、あのまま放置しても、暴力までは発展しなかったと思います。しかし、なるべく穏便に収めるためのポイントとなるタイミングが3つありました。まず、「最初に大声で怒鳴り合ったとき」、次に「場所を変えて仕切り直したとき」、最後に「第三者の私が立ち会ったとき」です。

最初の怒鳴り合いは、2人の感情のピークでした。高ぶった感情を放置すると、双方とも引くに引けなくなります。しかし、ピークで水を差せば、怒りの矛先がズレて、わずかに冷静になります。多くの人にとって、暴力は手段であって目的ではありません。しかも、冷静なときには選ばない手段です。逮捕や実刑など、本来は誰も望んでいないからです。

次に「場所を変えた」ことで、さらにクールダウンの時間を稼ぐことができました。別フロアだったのは偶然ですが、インターバルを長く取れたのはラッキーでした。ちなみに、控室までの移動中に、「声のトーンを2つほど落とすと、弟さんも冷静になりますよ」と、お兄さんには伝えています。

最後が「第三者の同席」です。普通の人は、赤の他人が見ている前では、簡単に暴力を振るいません。今回のケースでは、この3つがうまくハマりましたが、これはあくまで理想論です。しかし、適切な間と言い方次第で、結果は大きく変わります。暴力のきっかけは、ほとんどが「売り言葉に買い言葉」。言葉にさえ気を付ければ、多くの被害は避けられるのです。

ちなみに、翌日の告別式では、弟さんが話し掛けてきたのは帰り際のあいさつだけでした。結果、初日の小競り合いの他は大きなトラブルもなく終了しました。実際に、セレモニー関連の案件は、何も起きないケースがほとんどです。まれに警察沙汰になる事例もありますが、ほとんどのケースでは、われわれの出番はなく終了します。

体感的には、今回のようにささいなものを含め、トラブルが起こるのは約3割。その中で深刻な暴力に発展するのは、さらに1割以下、つまり全体の3%弱と思います。しかし可能性は低いとはいえ、需要が多いということは分母も大きいということ。そのため、セレモニー関連のシチュエーションにおける警備では特に、十分な警戒が必要とされるのです。

一般社団法人暴犯被害相談センター代表理事 加藤一統

元記事で読む
の記事をもっとみる