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なにがきっかけで結婚するのですか?【ひとみしょうのお悩み解決】

  • 2022.3.15

“【お便り募集】文筆家ひとみしょう お悩み解決” に送っていただいたお便りの中から、お悩みをひとつピックアップしてひとみしょうさんがお答えします。

「サラさん40歳女性」のお悩み

いつも読ませていただいて、目からウロコがポロポロ落ちています。
「好き」の気持ちとはどういうものか、の相談に近い質問かもしれませんが、好きな相手に何をどこまでできるのが普通なのでしょうか。
職場の同僚の頼まれごとを聞いたり、おやつ程度はあげたり、友人が遊びにきたら簡単なご飯くらいは作って出したりします。彼氏に対してもそれくらいはします。

でも、相手を命がけで守ったり(そういう機会はめったにないかもしれませんが…)することができるかと言われると自信がないです。理想ではそんな無償の愛を与えられるようになりたいのですが、やっぱり自分がかわいくなってしまいそうです。

世の中の人すべてが自分を犠牲にして相手にすべて与えたり、相手を守っていってるようには見えませんが、なにがきっかけで結婚にいたるのでしょうか。ほどほどならほどほどのほうが、平凡に幸せでいられるのでしょうか。

〜ひとみしょうのお悩み解決コラム〜

好きな相手に何をどこまでできるのが普通か?というのって、なかなか普段考えないいい質問ですね。まずはそれについてお答えしましょう。

「好き」「愛する」とはなにか?

好きな相手に何をどこまでやるのか、というのは、自己愛と深く結びついている問題です。

自分のことが大好きな人は(こんな人間が世の中にいたのかと驚くほど自己愛が強い人っていますよね)、おそらくそんなことを考えないと思います。

彼・彼女は「私は愛されて当たり前」と思っているでしょう。

他方、自己愛がちょぼちょぼの人はよく考えるはずです。自己愛が希薄な人とは、言い方を換えると「自責的な人」だからです。つまり、なにかにつけ自分を責めがちだから、何をどこまでできたら「好き」と言えるのか?「愛している」と言えるのか?について考えるでしょう。

この問題に一般解はないように思います。しいて言うなら、話はやっぱり自己愛に戻り、「自分が納得することを、納得する量、納得する方法でやってあげること」ができれば、それが「好き」であり「愛している」である、と言えるでしょう。

なぜなら、どんなに自己愛が希薄な人であっても、とどのつまりは「自己満」のために誰かを愛するからです。

たとえば、過保護の親というのは、子を愛するあまりつい過保護に……というのではなく、自分がそうしないと納得できないから過保護になるまで子を愛し倒す(その結果、子がスポイルされてもそれは問題視しない)、ということです。

極端に言うなら、私たちの行動すべては、結局のところ「自分が納得するかどうか」という基準で行われているものなのです。溺れている人を捨て身で助ける人とは、「そうしないとあとあと自分が後悔する」と思ったから助けるのです。

むろん、他者に対する思いやりや愛、人としての倫理観も問題になるはずですが、それらと自己愛は、分かちがたく結びついているのです。

何がきっかけで結婚するの?

次の質問、何がきっかけで結婚するのかについて。

これも答えは簡単で、「偶然」です。

ある日偶然誰かに出会い、その誰かと「なぜか」結婚へと話がトントン拍子に進み、「気がつけば」親や親戚が祝福してくれていて、「背中を押されるように」結婚するのです。人って。

結婚に関するコラムはネット上に山のようにありますが、そのほとんどは、この「偶然」に触れていません。みなさん「こう行動すればああいう結果になるのです」という「エクセルでつくった人生設計」を恥ずかしげもなく披露しています。

恥ずかしくないか?

既婚者に聞いてみてください。きっと多くの既婚者は「なんか知らないけど今の旦那と結婚したんよ。でもな、今の旦那と結婚して失敗だったと思うわあ~。でもな、今の旦那と一緒じゃないと私はきっとこんなに楽しく生きてないとも思う」と言うでしょう。

人生ってそういうふうにできているのです。

人生って、じつは偶然の累積なのです

仕事が楽しくて生きがいを持っている人というのは、大学3年生のときから必死になって就活した人ではなく、そういう努力がありつつも、結局は偶然採用され、偶然、仕事力と人間力のある上司や人事担当者にみそめられ、偶然いい部署に配属された人です。

40歳って、人生の大枠が見えてきて、それゆえ、頭であれこれ考えるようになる年齢だろうと思います。
しかし、「それがすべてではない」。むしろ「偶然をいくつキャッチできるか」がすべてです。
そのためには、〇〇すべき、という考え方を捨てることです。人生はエクセルでつくった計画表のとおりになんか進まないと、サラさんはすでにご存知ですよね。
お互いがんばっていきましょう!

(ひとみしょう/作家・キルケゴール協会会員)

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