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本屋大賞ノミネート作。22年ぶりに再会した母娘の物語に釘付け。

  • 2022.3.14
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「辛かった、哀しかった寂しかった。痛みを理由にするのは楽だった。でも――。すれ違う母と娘の物語」

『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞した町田そのこさん。受賞後第一作となる『星を掬う』(中央公論新社)は、2022年本屋大賞(4月6日発表)にノミネートされている。

本作の第一稿を書き上げた後、読み返し、頭と最後以外は全部書き直したという。母に捨てられた娘、娘を捨てた母、母を捨てた娘、娘に捨てられた母、DV、若年性認知症......さまざまなテーマが重なり、作品の迫力に圧倒されっぱなしだった。

千鶴が元夫から逃げるために向かった"さざめきハイツ"には、自分を捨てた母・聖子がいた。ほかの同居人は、聖子を「ママ」と呼び慕う恵真と、娘に捨てられた彩子。「普通」の母娘の関係を築けなかった4人の共同生活がはじまった――。

五万円で売った思い出

「おめでとうございます。芳野(よしの)さんの思い出を、五万円で買い取ります」――。ラジオ番組の「あなたの思い出、売ってみませんか?」という企画に、芳野千鶴は出来心でメールを送った。

小学校1年生の、夏休み。千鶴と聖子は1ヶ月ほどの旅をした。ワクワクが連続する日々の終わりは、突然だった。父と祖母が宿に現れ、聖子を責め立てたのだ。家に帰るとき、千鶴は父と祖母の車に乗った。その日を境に、聖子はいなくなった。

「夏が来るたびに、わたしはあの夏休みを思い出し、いなくなった母に問いかけています。あの夏休みはお母さんにとって何だったの、と。答えは、きっと永遠に聞けないのでしょう」

高校生のときに父が、高校を卒業した年に祖母が亡くなった。千鶴には家族も親戚もいない。お金もない。応募したのは、賞金に惹かれたからでもあった。

元夫がたびたびやって来て、金を毟(むし)り取っていく。容赦なく暴力を振るわれる。逃げても居場所を特定されてしまう。千鶴の生活は破綻寸前だったのだ。

「もし、母が一緒に連れていってくれ、あの夢のように楽しかった夏の日々の延長線上を歩めたならば、わたしはきっとこんな未来に辿りつきはしなかった。母さえ、わたしを捨てなかったら」

ほんとうの母娘

千鶴は、聖子と長く同居しているという芹沢恵真(えま)と会うことになった。ラジオを聴き、千鶴のことではないかと、ラジオ局に連絡があったのだ。

恵真は、派手な服装をして、モデルみたいに整った顔をしていた。千鶴の傷だらけの顔を見て、心配した。そして、「あたしたちと一緒に暮らそう。不満があるならさ、直接言えばいいじゃん。何言ってもいいんだよ、だってほんとうの母娘でしょう?」と言った。

「なんて純粋な心の持ち主だろう、と思った。どれだけ幸福に生きてきたら、こんな風に育つのだろう。とてもうつくしい心根の持ち主。綺麗で、そして愚かだ」

「わたしを捨てたひとに縋るなんて情けない真似、死んでもするもんか!」と千鶴は拒んだが、「絶対に会ったほうがいい」と恵真は引かなかった。じつは、聖子は若年性認知症を発症していて、進行がものすごく速いのだという。

「あの夏の意味を、知りたいんでしょ? だから、ラジオに投稿したんでしょう? (中略)一刻も早く、ふたりには再会してほしい」

その手に掬い取れるもの

22年ぶりの再会は、悪夢のようだった。聖子は服装も体型も性格も、まるで別人のように変わっていた。「これから、千鶴さんを支えてあげてよ」と恵真が言うと、「私が? 無理よ!」と悲痛な叫びを上げた。

「ああ、このひとは、ほんとうにわたしを捨てたのだ。どうしようもない事情、やるせない感情、そんなものはなく、ただ、わたしを捨て置いていた。(中略)『よく見なよ。これが、あんたが捨てた娘の、なれの果てよ!』」

千鶴と聖子の関係を軸に、恵真と彩子の思いがけない事情も丁寧に描かれる。全体をとおして何度も憤りや恐怖を感じたが、希望が見える瞬間もあった。

「星を掬う」というタイトルは、認知症のひとが見る世界を想像し、混沌とした脳内から記憶を掬い上げる、というイメージからつけたそうだ。終盤にこんな一節がある。

「いまの母は何をどれだけ掬い取れるか分からない。ならばせめて、その手に掬い取れるものが星のようにうつくしく輝きを放つものであればいい」

記憶を失くしつつある聖子は出奔した理由を語るのか。身も心もぼろぼろの千鶴は自分の人生を取り戻すのか――。思いのほか激しい展開で、言葉がぐさっと刺さる。あなたも釘付けになるだろう。

『星を掬う』特設ページでは、試し読み、著者インタビューを公開中。

■町田そのこさんプロフィール

1980年生まれ。福岡県在住。「カメルーンの青い魚」で、第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。他の著作に『ぎょらん』『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―』(新潮社)、『うつくしが丘の不幸の家』(東京創元社)がある。『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)で2021年本屋大賞を受賞した。

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