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管理栄養士の現役プロボクサーに聞く 試合前にボクサーがつらい「減量」をする理由

  • 2022.2.22
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ボクサーはなぜ減量する?
ボクサーはなぜ減量する?

ボクサーは試合が決まると、その日に合わせて「減量」に取り組むことが知られています。例えば、漫画「あしたのジョー」などのボクシング漫画でも描かれているように、一般的に減量は、とても過酷なもののようです。しかし、ボクシングをあまり知らない素人からすると、試合前にわざわざ体重を急激に落とす必要性が理解できません。急激に体重を落とすことで健康にも良くないですし、何より、試合当日に体重が減ったことで体力が落ち、これまでの練習の成果が発揮できないのではないかと思うからです。

なぜ、ボクサーは試合前に減量をするのでしょうか。現役のプロボクサーで管理栄養士でもある岸百合恵さんに聞きました。

10キロ以上の減量をする選手も

Q.ボクサーの減量ですが、試合のどれくらい前から開始し、どのような方法で体重を落とすのでしょうか。

岸さん「1カ月~1カ月半くらいの期間で減量を行う選手が多いのではないでしょうか。方法は、選手の栄養学の知識量や経験によるところが大きく、選手によってさまざまです。食事の全体量を少しずつ減らし、練習しながら体重を減らす選手もいれば、かつてのボクシング漫画のように、おにぎりや果物1個で調整する選手もいるようです」

Q.岸さんは、どのように減量をしていますか。

岸さん「私の場合は、3キロ弱の減量を1カ月で行うことが多いです。計量前日までにマイナス2キロ、計量前に水分で1キロ弱マイナスできるように調整します。食事は、通常時より摂取量は少なくても、タンパク質13~20%、脂質20~30%、炭水化物50~65%と、バランスよく摂取することを心掛けています。

中でも、糖質の摂取には注意をしています。スピードやスタミナを維持するために、糖質は必須だからです。『減量時には糖質を控えるのでは?』と思う人も多いでしょうが、糖質を抜くと一時的に体重を落とせても、筋肉量やスタミナが低下するため、試合では圧倒的に不利になります。

基本的に、計量の前日まで食事は3食摂取し、欠食や単品のみ食べること、水分を控えるといった調整はしません。減量時だけ食事に気を使うのではなく、糖質を含めた栄養素を日常的に過不足なく摂取し、ハードなトレーニングの中で『使ったら補充して、補充したらしっかり使う』ことを繰り返し、体の代謝を高めていくことが大事だと考えています」

Q.一般的なボクサーの減量は、どれくらい体重を落とすことが多いのですか。

岸さん「2~3キロの選手もいれば、10キロ以上の減量をする選手もいます。中には、全く減量をしない選手もいるので、選手によってそれぞれです。男子選手であれば、5~8キロくらいの減量をする選手が多いかなという印象です」

Q.なぜ、ボクサーは試合前に減量をするのでしょうか。自分のベスト体重に合わせた階級で試合をする人はいないのでしょうか。

岸さん「減量は、試合前日の計量をクリアした後、試合当日までに体重を増やして相手よりも少しでも大きくなり、体格差を有利にすることが目的です。また、無駄な脂肪を落とすことで、体の俊敏性やキレを上げることも大きな目的です。ボクシングの減量は単純に体重を減らすことではなく、より軽い階級で勝率を上げる戦術なのです。

とはいえ、減量は過酷で、健康のことを考えるとベストではないかもしれません。しかし、上手に減量できれば『戦うためのベスト体重』をつくることができます」

Q.急激に体重を落とすことで、体調を崩すボクサーはいないのですか。

岸さん「減量を過激にし過ぎると、脱水症状やまひなどを引き起こしてしまう場合があります。胃腸が弱ることで、消化不良や下痢を引き起こし、計量後に体重を増やすことがうまくできず、本番でベストパフォーマンスができない選手もいます」

Q.計量をクリアした後、試合当日に減量前に近い体重に戻っているボクサーもいると聞きます。なぜ、軽量時より体重が大幅に増えても、問題なく試合が行われるのですか。

岸さん「昔は試合当日に計量を行っていたので、試合当日と体重が大きく異なることはありませんでした。しかし、過酷な減量をしてでも体重が下の階級で戦って王者になりたい選手が多く、過酷な減量によるスタミナ不足で試合中に倒れるなど、試合中の事故が多く起きてしまい、それを防ぐために前日の計量となりました。

体重が大幅に増えても試合が行われるのは、特に理由があって認められているわけではなく、最初の時点で体重の増加を禁止しなかったからということが大きい気がします。

最近は、こうした体重の増加も選手の体の負担になるとの考えから、規制され始めています。日本ボクシングコミッション(JBC)は、『試合当日の計量で、試合前日よりも体重の8%以上増加している選手には、健康管理の観点からウエート変更勧告を行う場合がある』としています。

また、国際ボクシング連盟(IBF)では『当日計量で、前日計量から10ポンド以上(約4.5キロ)増量してはならない。10ポンド以上増量した場合には、体重超過時と同様の措置が取られる』と定めています」

Q.試合前の減量は、今後もボクシング界に残るのでしょうか。あるいは、今後は変わっていきそうなのでしょうか。

岸さん「近年、計量の失敗は、世界タイトルを争う対戦だけではなく、日本のボクシングの試合でも多く起こっていて問題となっており、無理な減量をさせるのではなく、適正な『選手自身のベストな体重で試合に臨む』というあるべき形に変わり始めていると感じます。

減量の方法も、選手自身の情報収集やサポート体制から、スポーツ栄養の観点が取り入れられ、極端な食事制限も減っていくのではないでしょうか。減量すること自体は残ると思いますが、ベストパフォーマンスをして勝つための準備と考えるなど、捉え方が変わっていくのではないかと思います」

オトナンサー編集部

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