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昇格を望んでいない人のほうが、リーダーとして成功するというこれだけの理由

  • 2022.2.16
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激しい昇格争いに勝ち残る者がリーダーになるというのが一般的な考え方だ。しかしニュージーランドの女性リーダー、アーダーン首相は、最初から「首相にはなりたくなかった」という。世界中から注目を集めたリーダーの成功の鍵は、どこにあったのか――。

※本稿は、マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。

組織のリーダーになりたくなかったアーダーンが、2017年8月、党首として最初の記者会見にのぞむ。
組織のリーダーになりたくなかったアーダーンが、2017年8月、党首として最初の記者会見にのぞむ。
自主的ではなく、まわりから推されてリーダーに

ジャシンダ・アーダーンは首相にはなりたくなかった。そんなことは考えてもいなかったのに、突然、七週間先に首相になるかもしれないという可能性が出てきた。

ニュージーランドの政治ライターのあいだでは広く信じられていることだが、国会議員のだれもが首相になりたいと考えているし、なりたくないという議員がいれば、その人は嘘つきだ。

しかし、アーダーンが首相になりたくないと何度も繰りかえすうち、人々はそれを本心だと信じるようになった。首相になりたくないというだけでなく、組織の中の昇格そのものを望んでいないようだった。

IUSY(国際社会主義青年同盟)のリーダーだったアーダーンが労働党から議員に立候補し、副党首になり、党首になった流れは驚くべきものだったが、どの段階でも自分から望んでそうしたのではなく、まわりから要請されてのことだったし、その要請も一度だけではなく、何度も頼まれてようやく受け入れたという場合がほとんどだ。

自分がリーダーになりたかったのではなく、まわりがアーダーンにリーダーになってほしかったということだ。つまりしぶしぶリーダーの役割を果たしているだけなのか、とききたくなるが、そうではない。

アーダーンは首相という役割をすんなり受け入れた。渋っていたどころか、前からやりたいと思っていたのではないか、いいタイミングを待っていただけなのではないか、と思うほどに。

ひたすら他人のためになることをする

アーダーンは、多くの労働党の政治家たちが乗りこえられなかった障害を乗りこえた。成功の鍵は、自分が鏡になること。相手の身になってものを考えることで、出会った人々は心配ごとや困っていることを話してくれる。アーダーンはそれを理解し、援助の手を差しのべる。

アーダーンが国会議員になる前はなにをしていたと思うか、若い頃にいちばん苦労したのはなんだと思うか、と平均的な有権者にきくと、ほとんどの人はわからないと答える。それはなぜかというと、アーダーンは個人的な欲求をかなえるために政治活動をしているわけではないからだ。

ティーンエイジャーの頃から、アーダーンは自分が望んだことではなく、ほかの人たちのためになることをしてきた。単に自分が目立ちたいからといって、生徒代表に二年続けて立候補する子どもはいないだろう。モルモン教徒だったアーダーンは、学校にショートパンツをはいていきたいとは思わなかったが、クラスメートたちはそう望んでいた。だからアーダーンは、クラスメートたちのためにそれを訴えた。

同様に、アーダーンはウェリントンで平等の権利を求めていたLGBTQ IA+コミュニティのメンバーではなかったが、彼らが支援を求めているのを知って、支援した。労を惜しまなかったので、コミュニティの人々のあいだで政治家の協力者として有名だった。

モリンズヴィル高校時代。理事会の生徒代表になったアーダーン。
モリンズヴィル高校時代。理事会の生徒代表になったアーダーン。
他人の利益のために働く希有な政治家

アーダーンにとって、政治家としてのやる気をかきたてる存在は、昔から子どもたちだったし、子ども担当大臣になりたいと思っていた。首相になってからは、ニュージーランドを「子どもにとって最高の国」にすると誓った。子どもたちが暮らしやすい国を作るというのはとくに目新しい考えではないが、アーダーンの場合、自分が育った家庭が貧しかったわけではない。ムルパラ時代、近所に貧しくて困っている家庭がたくさんあったからそう思ったのだ。

自分が子どもを産むより前に、産休の期間を長くするように法改正をした。そして自分が出産したときは、産休を6週間しかとらなかった。

政治家が自分ではなく他人の利益になるように働くことが当たり前であってほしいものだが、現実にはそうではない。しかしアーダーンはそういう希有な政治家であり、だからこそ、人々の悩みを共有してくれる共感力のあるリーダーとして世界の人々から偶像視されるようになった。アーダーンの評価は上がり、他国のリーダーたちが非難された。

インスタグラムに投稿された第一子誕生の写真。パートナーのクラーク・ゲイフォードとともに。
インスタグラムに投稿された第一子誕生の写真。パートナーのクラーク・ゲイフォードとともに。
解釈によって逆の印象になる巧妙な答え方

声をあげられない人々の代わりに声をあげることができる、それがアーダーンの強みだ。しかしその代わり、自分自身について率直に語る機会を失いがちではないだろうか。昔大麻を吸ったことがあると認めることが政治的利点になりうるような状況でも、アーダーンはそれを認めるのに抵抗を感じたらしく、こういった。

「わたしはモルモン教徒として育ちましたが、モルモン教徒らしくないことをしたこともあります。これがどういう意味か、ご想像におまかせします」賢い答えかただ。笑いもとれた。そしてこれはじつにアーダーンらしい発言だった。個人的なことは、些細なことであっても決して明かさない。明かすとしたら、その方法を巧妙に工夫する。

大麻の合法化を求める人々は、アーダーンは自分たちの気持ちや経験を理解してくれると思っただろうし、反対の人々は、昔一度だけやったことがあるだけでその後二度とやっていないんだと解釈しただろう。解釈によってまったく逆の印象になる。

働く女性が子どもを持つことについてのマーク・リチャードソンの暴言に反論したときのやりかたも、まさに政治家アーダーンらしいものだった。個人的には、あなたにいわれたことで気を悪くしてはいませんが、ほかのみんなを代表して苦言を呈します、といったのだ。ほかのみんなの代表といいながら、ほかのみんなとは違うスタンスをとった。

トランプやジョンソンとは全く違う姿勢

クライストチャーチのテロのあと、アーダーンが直感的にとった行動は、悲しみにくれる国家のリーダーとして模範的なものだった。海外からも、国民の心を思いやることのできるリーダーと評価されたし、実際にそのとおりだった。しかしニュージーランド国民はだれも驚かなかった。アーダーンはそれよりずっと前から、自分が属しているわけではないコミュニティを理解し、心を寄せることのできるリーダーだったからだ。

銃規制法の改正では、指揮をとるアーダーンをまわりのすべての人々が支持した。議論が起こることさえなかった。多少の雑音があったとすれば、それは規制をもっと厳しくすべきだという意見だったし、6カ月後の再改正ではその意見が採用された。アーダーンは国民の要望に素早く応え、国民はアーダーンに感謝した。

いろいろな意味で、アーダーンは完璧な政治家だ。自分の個人的意見を脇に置いて、ほかの人たちの希望をかなえるために働くことのできる人間こそ、リーダーに適している。トランプやジョンソンのように、自分の興味や関心ばかりを優先させる政治家とはまったく違う。

しかし、国民の希望や意見がふたつに分かれているとき、政治家はどうするべきなのだろうか。そうした国民のために働くとは、どういうことなのか。ニュージーランド国民(と、世界各国の何百万人もの人々)は、アーダーンが正しい行動をとると信じている。ほかの国のリーダーたちと違って、アーダーンは、どうするのが国民のためになるか、ということだけを考えて行動する。

自分たちの関心ばかりを優先させるトランプやジョンソンとアーダーンとは、まったく違う。
自分たちの関心ばかりを優先させるトランプやジョンソンとアーダーンとは、まったく違う。
他人を支援しているうちに世界が注目

だからこそ、悲劇を悼む国民をひとつに結束させてからほんの数週間後に、アーダーンが個人的には不本意な決断を下したとき、ニュージーランド国民は驚いたのだろう。自身の圧倒的な人気を利用してキャピタルゲイン課税の導入を強行する選択肢もあったはずなのに、アーダーンはそれをしなかった。作業部会からも法案可決のお墨付きをもらい、自分自身もずっとそれを実現させたいといっていたにもかかわらず、見送ることを発表した。有権者は疑問を感じた。結局は国民ではなく自分が大切なのか?

マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)
マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)

アーダーンの本心を推しはかるのは難しい。個人的に腹を割って話しているときでも、論点をいつのまにかずらすのが得意なのだ。国でもっとも有名な人物と話をしているはずなのに、なぜか、そうではないような気分になってしまう。

本人がなにを求めているのかはっきり言葉にしてもらおうとしても、思うような答えは得られない。自分が首相でいることは自分自身にとってはどうでもいいことで、ニュージーランドにとって大切なことだから――結局はそういわれてしまう。

そう考えると、現実がますます皮肉なものにみえてくる。ほかの人たちの希望や主張を支援することに長い年月を費やしてきたアーダーンが、世界の注目の的になったのだから。

訳=西田佳子

マデリン・チャップマン
作家、ジャーナリスト
サモア、中国、ツバル系。スティーブン・アダムスのベストセラー自叙伝『My Life, My Fight』(Penguin Random House NZ)の共著者であり、2020年まで〈The Spinoff〉のシニアライターを務める。2018年ヤング・ビジネス・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー、2019年ユーモア・オピニオン・ライター・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。北島のボリルアに両親と暮らす。

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