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埋められてたまるか!――古い価値観や理不尽に抗う、すべての人に贈る希望の書

  • 2022.2.14

「出ていかないし、従わない」

桜庭一樹さんの『少女を埋める』(文藝春秋)は、著者初の自伝的小説集。「文學界」(2021年9月号)掲載時から話題を呼んだ「少女を埋める」と、発表後の激動の日々を綴った続篇「キメラ」、書き下ろし「夏の終わり」の3篇を収録。

2021年2月、母から電話がかかってきた。7年ぶりに聞く母の声だった。入院中の父がもう長くないという。東京に住む作家の「わたし」は、「最大限、身を守りながら」7年ぶりに故郷の鳥取へ帰ることにする。

因習的な故郷に、男性社会からのいわれなき侮蔑に、メディアの暴力に苦しめられた時に、「わたし」はいつも正論を命綱に生き延びてきた――理不尽で旧弊的な価値観に抗って生きる者に寄り添う、勇気と希望の書

「わたし」は考える

表題作「少女を埋める」では、帰郷に関わる出来事と、「わたし」が自分、家族、故郷について考えたことが綴られる。

「7年ぶり」「身を守りながら」とあり、「わたし」には、家族や故郷に対する何か複雑な思いがあるのかもしれない、と想像した。また、「わたし」と母とのやりとりが妙によそよそしく、互いにものすごく気を遣っているように見えた。いったい何が......。

「あの家族はなぜ解体したのだろうか?(中略)誰が、もしくは何が悪かったか......べつの犯人もいるのか? いや、それともやはり、このわたしが犯人か」

「わたし」と家族、「わたし」と故郷との距離感に、少なからず影響したと思われるエピソードがいろいろ出てくる。中にはきわどいものもあり、トラウマになっても不思議はない、と思ったが......。

「記憶というものは、どこをどう覚えているか、人によってひどくバラバラなのだな。事実が無数に連なるうちのどことどこを覚え、どの点と点を結んで線を引くか、何をどう関連づけて解釈するかによって、まったく異なる過去が出来上がるのだ」

思索しては、それを言語化しようとする「わたし」の姿が、とりわけ印象に残った。個々のエピソードの中身は本書にゆずるとして、ここでは「わたし」が考えたことを取り上げたい。

埋められないように、仮面をつけた

鳥取には「人柱(ひとばしら)」の言い伝えがあるという。城壁や土手を作るときに人柱を立てた(人を埋めた)のだとか。

誰を埋めたのかというと、「美しすぎる娘、よそ者、異能者、マジョリティとは別の生き方をしようとする者は、共同体に変化を促し、平穏を乱してしまう。だからみんなで穴を掘って埋めちゃうんだよ」。

また、マイク・レズニックのSF小説『キリンヤガ』の話も出てくる。主人公の少女は天才であるがゆえに、村は少女の存在を許さなかった。村から出ていくよう命じられた少女は、ある行動に出る。

少女の願いは2つ。「自分自身として成長し、夢を叶えて生きること」と「生まれ育った共同体にありのままの自分を受け入れてもらうこと」だった――。

読みながら、「少女を埋める」というタイトルの意味がわかってくる。本来の「わたし」は決して弱くないが、故郷の多くの人たちから「弱い子供」「弱い女性」と思われ続けた。ただ、それは相手の誤解ではなく......。

「自分でそういう仮面をつけてたからじゃないか、と気づいた。強さ、人とは違う考え、将来への展望がうっかり漏れたら、昔話の猿回しや美少女みたいに土手や城壁に埋められる、と警戒していたのだ。(中略)わたしはその仮面を、故郷を出た後ちゃんと外せたのだろうか?」

書くことで乗り越えよう

「少女を埋める」は、「故郷で感じたことを書くことで自分なりに乗り越えよう」とした作品だという。発表後、ある全国紙に批評が掲載された。それを読んだ「わたし」は、「そんなシーンは小説の中にまったくない」とおどろく。

自分のことなら我慢するが、その批評に書かれていたのは母のことだった。「キメラ」と「夏の終わり」では、「己が持ちうるものすべてを賭け、ほかの何を失っても必ずこの件を解決する、と決意」してからの一連の出来事が綴られる。

「小説が好きなだけでやってきて、いつしか年齢を重ねセンセイ的になり、身の置き所がなかった。でもいま一人で大きなメディアと対峙してると、辛さとともに不思議なやすらぎも感じた。ここが本来の居場所で、小説ってそもそもこういう場所で書くものじゃなかったのかと思った」

作家の矜持を目の当たりにした。批評の訂正を求めることによる影響は大きかったが、小説家として「本来の居場所」を見つけた桜庭さんは、「出ていかないし、従わない」を体現して見せたのではないか。個人的に、記憶に残る読書体験となった。

共同体の中で、何度埋められても這いでてくる「少女」。この「少女」は「わたし」であり、誰の中にもいるのかもしれない。

■桜庭一樹さんプロフィール

1971年島根県生まれ。99年「夜空に、満天の星」で第1回ファミ通エンタテインメント大賞小説部門佳作を受賞し、デビュー。2007年『赤朽葉家の伝説』で第60回日本推理作家協会賞、08年『私の男』で第138回直木賞を受賞。『ほんとうの花を見せにきた』『じごくゆきっ』『小説 火の鳥 大地編 <上・下>』『東京ディストピア日記』など、著書多数。

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