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NETFLIXゾンビ・ドラマ『今、私たちの学校は…』が問いかける「子どもを見殺しにする大人社会の欺瞞」

  • 2022.2.11
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グロテスクで刺激が強いだけのゾンビ・ドラマではない

NETFLIXゾンビ・ドラマ『今、私たちの学校は…』が問いかける「子どもを見殺しにする大人社会の欺瞞」
Netflixシリーズ『今、私たちの学校は…』独占配信中

架空の高校を舞台にしたゾンビもの韓国ドラマ『今、私たちの学校は…』が世界的にヒットしている。噛まれた人が次々とゾンビ化する中、仲間と協力し創意工夫によりサバイバルする高校生たちを描くアクションだ。

本作を視聴するかどうかを分けるのは「怖いもの」への耐性だろう。私自身は血が出るシーンが苦手でホラー作品は全く観ない。韓国ドラマは最近2年ほどよく観ているが、これは観ずに終わると思っていた。

けれど、たまたま仕事で疲れ切ったある日「いつもと違うもので気分転換しよう」と考え、中学1年生の息子を誘った。

「ねえ、ネトフリの学校舞台でゾンビのやつ、観る?」

二つ返事で付き合ってくれた息子と共に、怖いものが大の苦手な娘に聞こえないよう、イヤホンをつけて並んで観ながら12話を3日で完走してしまった。これは、単なるグロテスクで刺激が強いだけのドラマではない。

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※次ページより、ストーリーに触れています。前情報を入れずに本作をご覧になりたい方は、観賞後にお読みください。

マス向け作品の表層を一枚めくると現れる、痛烈な社会風刺

話の構造はオーソドックスである。ゾンビを生み出したのは、ある父親の執念だ。壮絶ないじめに遭う息子を救うため、父親は息子を強くするウイルスを開発した。制御に失敗したゾンビウイルスが息子を怪物に変え、ウイルスは瞬く間に全校、全市へと拡散していく。科学の暴走に同情を引く親心をミックスして視聴者を引き込む。

極限状態で人間の本性が表れるのは、過去に何度となく描かれてきたパニック映画の十八番である。ゾンビになりたくない一心で、他人を犠牲にする行動を取る人々。平時にいじめを隠蔽した高校の校長は、校内をゾンビが埋め尽くす阿鼻叫喚の中、生徒を盾に自分が逃げようとする。プライドが高くて自分の非を認められない生徒は、共に身を隠している友達を平気で裏切る。

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一方で極限状態だからこそ、見える友情や誠実さもある。生き残った生徒たちが屋上で焚火をするシーンは特に印象的だ。学校でトップの成績を誇り「委員長」と呼ばれる女生徒は、これまで友達がいなかったこと、彼女の成績しか気にかけず愛情を注がない親の問題に言及する。高校生らしい恋愛模様やとんでもない状況でも笑いを取り入れて、ひと息つかせてくれる。

教室、音楽室、カフェテリア、科学室そして図書館と学校空間の特徴を存分に生かしたゾンビと人間の追いかけっこは圧巻だし、見事なアーチェリーの腕前でゾンビを次々と仕留めていく上級生の女性は凛々しくてカッコいい。グロテスクなゾンビも見慣れてくると現実離れしすぎているためか、私の夢には出てこずじまいだった。

満点を上回るエンタメ度で、仕事で疲れていることはすっかり忘れてしまった。さらに、単に「面白かった!」で終わらないところが、韓国ドラマの凄さである。「学校舞台のゾンビアクション」というマス向け作品の表層を一枚めくると、出てくるのは痛烈な社会風刺だ。

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権力の近くにいる大人ほど地獄を見ていない

冒頭に描かれるいじめシーンと、ドラマの舞台が学校であることから分かる通り、本作品の主題は学校空間の問題である。より具体的に言えば、子ども・学生を見殺しにする大人の社会が持つ汚さと欺瞞だ。

ゾンビウイルスを生み出したマッドサイエンティストの父親は、米国で博士号を取得した科学者である。もともと製薬会社で研究職についていたが、わけあって高校の科学教師をしている。この辺りには、超学歴社会就職難の韓国で、たとえ望ましい学位を持っていても仕事を探すのが難しいといった事情が垣間見える。

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ここで韓国ドラマファンにひとつ見どころを紹介したい。本作品で父親を演じた俳優キム・ビョンチョルは、韓国の壮絶なお受験事情を描いて大ヒットしたドラマ『SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜』で、歪んだコンプレックスを息子たちにぶつける大学教授を熱演していた。どちらも社会構造が生み出した狂気をまとった父親という人物像で、共通点が多いことも視聴の楽しみにつながる。

ドラマの中で最も許されない役回りだったのは、学校長と政府関係者である。いじめをもみ消した校長が重視したものは、学校の外部評価だった。ゾンビ感染拡大を防ぐため、多くの住民を犠牲にするプランを示した国家情報院の幹部は、阿鼻叫喚の現場を知らない。最も多くの犠牲を出した街出身の国会議員を辞職に追い込もうとする党幹部も登場する。

要するに、権力の近くにいる大人ほど地獄を見ていない、非人間的な判断をするのである。彼らには自分の怠惰や保身がもたらす現場の人間の苦しみが見えない。想像すらできていない。

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これが韓国社会だけの問題ではないことは、日本でもいじめ被害者の自殺がなくならないことから、分かるだろう。学校はいつも、いじめの兆候はなかった、と述べ、第三者委員会など外部機関が調査を行った後、判で押したように謝罪会見を開く。隠蔽体質という点では日本の学校が抱える問題も、本作が描く学校の問題も、根本はよく似て見える。

風刺が効いているのは、特に悪質なゾンビが羽織っている学校のジャージである。もともと酷いいじめっ子だった彼が「心は一つ」と背に書かれたジャージを着て、人間だった時と同様、酷い所業に及ぶ。彼個人の問題もさることながら、偽善的なスローガンで問題を隠蔽する学校空間の実態を上手く表現していた。

この結末をハッピーととるか、アンハッピーととるか

「うわ、これ何、気持ち悪い! ゾンビ!」と驚かせて関心を惹き、主要な登場人物が救済されるまでを前述の通り、オーソドックスに描いて終わらないのが、韓国ドラマの凄さだ。“学校舞台のゾンビもの”であるなら、死ななくていい、むしろ生き残るべきだった人物が何人か、物語の後半で命を落とす。彼・彼女たちは高校生たちを救い出そう、守ろうとした大人たちだ。

特に終わりの方で、救出された高校生たちが、静かに調査協力を拒むシーンは印象に残る。自分たちを見捨てた大人たちを許さず、受け入れない。避難所生活が数ヵ月続いた後、高校生たちはある場所である人物と再会する。

平穏が戻った社会を支配するのが、非常時に子どもを見捨てた大人たちのルールである限り、この人物は帰ってこないだろう。多大な犠牲を払った後も、おそらく、意思決定権を持つ大人たちは本質的には変わっていない。そして、非常時に捨て身で子どもたちを守ろうとした少数の大人は、ほとんどが命を落としている。

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主要な登場人物がある程度、生き残るという意味で、このドラマはハッピーエンドと言える。ただし大規模なパニックを引き起こした根本的な原因――大人の保身、偽善、子どもの声を聞かないこと等――が何一つ変わっていないことに気づけば、とてもハッピーとは言えない結末だ。

何も考えずに見ても、怖いしグロいしハラハラドキドキする。ゾンビが瞬く間に増える様子は、今も収束していない感染症とそれが引き起こす差別問題を想起する。少し考えながら見ると、光州事件(編集部注:1980年、軍事政権に対する大規模な民主化要求の蜂起。軍がデモ隊を鎮圧する際、約200人の市民が犠牲になった)以来の戒厳令というシーンから、何かを考える人もいるだろう。様々な角度から楽しめるドラマの中心には、大人の偽善にノーをつきつける子どもたちがいる。

筆者プロフィール

治部れんげ

ジャーナリスト。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員。東京大学大学院情報学環客員研究員。東京都男女平等参画審議会委員。豊島区男女共同参画推進会議会長。著書に、『ジェンダーで見るヒットドラマ 韓国、アメリカ、欧州、日本』(光文社新書)、『男女格差後進国の衝撃 無意識のジェンダーバイアスを克服する』(小学館新書)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ」〜みんなを自由にするジェンダー平等〜』(汐文社)など。

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