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作家・大前粟生が選ぶ6冊。淡い憧れや共感、これって恋なの?

  • 2022.2.10
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恋愛小説『A子さんの恋人』 恋愛小説 『美しいからだよ』

恋の本質に迫るヒントは緊張関係と心の揺れ動き

価値観が多様化し、「恋」は男女間のものだと画一的に描くことの暴力性に人々が気づき始めた今、その解釈が問い直されています。そもそも恋とは、当事者たちの非対称性や同一性、支配/被支配といった関係性やメンタルに関係するもの。原点に立ち返ると、恋とは何であるか、本質が見えてくる気がするんです。

例えば、私の大好きな詩集『美しいからだよ』では、人と人、人とモノの、互いに取り込み合って未分化な状態が表現されています。その曖昧な関係の中にも支配/被支配の緊張感が光っていて、不穏さの中に恋と似たものを感じます。

そして、支配/被支配の関係が社会制度と人の関係に重なるのが、小説集『愛が嫌い』の収録作「生きるからだ」。主人公は、一種の記憶喪失によって従来の価値観がリセットされ、自身に流れていた男性優位の家父長制的な社会性を失った男です。

新たに得た主体性のなさによって彼は異性にモテることになるんですが、以前の人格や取り巻く社会を見ていると、男性たちは家父長制への懐古的な恋心を抱いているようにすら思えます。

恋愛小説 『美しいからだよ』
後天的に性別を変えられてしまう世界を描いた「未婚の妹」や、ゲームのキャラクターを思わせる主体が自身の存在を強く訴えかける「私を戦わせて」などを収録。「読んでいるとお腹がじくじく痛くなってくるような不穏さに惹かれます」。思潮社/¥2,000
恋愛小説『愛が嫌い』
「社会の中でうまく生きることができない男たちを描いた小説集です。家父長制の不条理さは、町屋さんの様々な作品の中でも描かれています」。「生きるからだ」のほか、「しずけさ」「愛が嫌い」を含めた青春パラレル私小説3作を収録。文藝春秋/¥1,650
恋愛小説『世界で一番すばらしい俺』
「歌集を締めくくる“膝蹴りを 暗い野原で受けている 世界で一番 すばらしい俺”という短歌だけは、それまで一貫して“オレ”であった主体が“俺”に変化していて、自意識への諦めと潔さを同時に感じます」。全331首を収録している。短歌研究社/¥1,500

さらに一歩進んで、自分と恋愛をしているようにも解釈できるのが『世界で一番すばらしい俺』。自意識と破滅願望に満ちた歌集で、イジメや偏見、劣等感など、自らを取り巻くダークな状態を描きつつも、そうした自分を受け入れていく、いわば“自己愛の再構築”と言えそうです。

一方で、一見恋を描いているようで、少し異なる関係が浮かび上がる作品もあります。
例えば、漫画『A子さんの恋人』。ニューヨークにいる恋人と、東京にいる元カレの間で揺れるえいこさんを主人公にした恋の物語と思いきや、描かれるのは関係への“クソデカ感情=処理し切れない重めの感情”。

関係が進み人間の心理が巡ることで、恋とは似て非なる歪な関係が際立っていく。これも「恋らしきもの」と言えるかもしれません。

恋との接点は、身の回りのあらゆる関係性に潜んでいます。「恋らしきもの」を見つめることで改めて、自分なりに恋とは何かを考えるきっかけになる。そうして、あたらしい時代のあたらしい「恋」をそれぞれが作っていけるのだと思います。

恋愛小説『百年と一日』
「20、21世紀の地球の履歴が淡々と綴られた小説集。ある場所で、だれかがいたことやいなかったことが、フィクションながらも実直に書かれていて。社会の片隅にいる人々を忘れない姿勢は、日常すら脳裏に焼きつく恋の思い出とも似ています」。筑摩書房/¥1,400
恋愛小説『A子さんの恋人』
元カレと今カレの間で、ああでもない、こうでもない、と揺れ動く29歳のえいこさんの日々を綴った長編漫画。漫画誌『Haruta』で連載され、単行本最終巻が刊行されたばかり。「読むのが楽しみ!」。全7巻。KADOKAWA/1〜5巻各¥620、6巻¥660、7巻¥680
恋愛小説『うなじ保険』
「“頭を撫でたい”“告白したい”など、これはもう恋では?という状態が、超絶リアルな会話劇によって描かれています。登場人物たちが自分たちへのメタな視点を持ち、ゲームのように“恋らしき関係性”を作るところが新鮮です」。27編を収録。白泉社/¥800

大前粟生の「恋の、答え。」

「SF映画『ロブスター』(2015年)です。パートナーを見つけなければ体を動物に変えられてしまう近未来の社会が舞台ですが、恋心を模索する僕には動物になる方が魅力的に思えて。何になりたいかなとずっと悩んでいます」

profile

大前粟生(小説家)

おおまえ・あお/1992年兵庫県生まれ。2016年に短編小説『彼女をバスタブにいれて燃やす』でデビュー。男らしさに葛藤するさまを書いた新刊『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』が発売中。

twitter:@okomeinusame

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