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溝口力丸、小浜徹也、水上志郎。3人の編集者による、SF文学座談会〜前編〜

  • 2022.2.9
『三体Ⅱ 黒暗森林』劉慈欣/著、『荒潮』陳楸帆/著、『第五の季節』N・K・ジェミシン/著

溝口力丸

まずは、それぞれの出版社の自己紹介から始めましょうか。

早川書房は海外・国内作品ともにSFのスタンダードというイメージを持たれていて、2020年はハヤカワ文庫が創刊50周年を迎えました。

海外SFでは劉慈欣『三体』から始まった中国SFの流れがいまも続いていて、中国以外の作品としてはメアリ・ロビネット・コワル『宇宙へ』やサム・J・ミラー『黒魚都市』も2020年は注目されました。

他方で、国内は刊行作品が多様化しているものの、軸にあるのはハヤカワSFコンテストです。第8回を迎えた2020年の優秀賞は、竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』と十三不塔『ヴィンダウス・エンジン』として刊行されています。

『宇宙へ』メアリ・ロビネット・コワル/著
巨大隕石落下により人類は宇宙開発に乗り出す。星々を目指す女性パイロットを描く宇宙開発SF。アメリカ主要SF3賞を制覇。上下巻。酒井昭伸/訳。ハヤカワ文庫SF/各¥1020
『黒魚都市』サム・J・ミラー/著
感染症が広まる北極圏の町で語られる、シャチと意識を共有し一体になれる女の噂話。それは住民たちをざわめかせ……キャンベル記念賞受賞。中村融/訳。早川書房/¥2100
『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』竹田人造/著
首都圏ビッグデータ保安システムが導入された近未来。AI技術者と映画マニアの2人が、人工知能の心を読み認識を欺くことで自動運転現金輸送車の誘拐に挑む。ハヤカワ文庫JA/¥980。
『ヴィンダウス・エンジン』十三不塔/著
動かないもの一切が見えなくなるヴィンダウス症の寛解者と都市機能AIを接続する未曽有の実験が始動。近未来の中国で都市と人間をめぐる巨大な計画が動きだす。ハヤカワ文庫JA/¥980

水上志郎

竹書房のSF担当は自分1人なので、僕の好みが強く出ています。当初は海外のクラシックな作品を刊行していましたが、2020年から日下三蔵さんの編集によって草上仁『キスギショウジ氏の生活と意見』や横田順彌『幻綺行』など国内の埋もれていた作品を刊行し始めています。

小浜徹也

東京創元社は1963年から文庫でSFを出していて、もうすぐ60年です。最新の翻訳でもスタンダード性を重んじています。

2020年の本でもケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』はタイムトラベル・ミステリでアレン・スティール『キャプテン・フューチャー最初の事件』はスペースオペラ。

1970年代にたくさん翻訳された宇宙冒険ものに始まって『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』へとファンを増やしていったようなSFは数が減っているけれど、伝統的な面白さは大事にしたい。
東京創元社は早川よりも“保守”だと思うし、この中だと竹書房が一番“革新”だよね。

『キスギショウジ氏の生活と意見』草上仁/著
移動する都市、呪いを飼う男、ダイイングメッセージの真実、裁判にかけられる神、駅のトイレの秘密……奇想天外なアイデアと意外な結末が詰まった短編作品集。竹書房文庫/¥1400
『幻綺行 完全版』横田順彌/著
自転車世界1周無銭旅行に挑んだ実在の傑物・中村春吉が人喰い植物や怪魔像など世界の怪奇と対峙する。明治の世界を舞台に冒険譚とSFを融合させた傑作。竹書房文庫/¥1200
『時間旅行者のキャンディボックス』ケイト・マスカレナス/著
時間旅行と時間犯罪への対処を独占的に管理する巨大民間組織〈コンクレーヴ〉。この組織が秘めていた、タイムトラベルがもたらす恐るべき副作用とは。茂木健/訳。創元SF文庫/¥1300
『キャプテン・フューチャー最初の事件』アレン・スティール/著
1940年代の傑作『キャプテン・フューチャー』シリーズを読み込んだ著者がリブートを達成。21世紀を代表するスペースオペラが誕生した。中村融/訳。創元SF文庫/¥1200

水上

早川さんと創元さんがやらないような作品の版権をとっていますからね。だからクラシックな海外作品を出すと言いつつ王道ではなくて、チャールズ・L・ハーネスなどを出したり。
竹書房の場合はSF作品を刊行してきた歴史がないので、自由に作品を選べるのが強みだといえるし、同時にそれは弱みでもある。

小浜

ミステリも同じですが、SFっていままでのジャンルの上に成り立つものなので、会社の歴史とつながってるんですよね。

例えばうちはエドガー・ライス・バローズの『火星シリーズ』やE・E・スミス『レンズマン』を出してきた会社であって、その延長線上で僕も仕事をしてきました。だから作品を刊行していくうえで自分の好みを意識することはあまりないです。

溝口

それは早川も同じですね。『SFマガジン』初代編集長の福島正実さんが徹底的に文学としてSFを紹介したのに対し、次の編集長である森優さんはエンタメとしてのSFを確立していった。2つの極を背負っている感じがします。

特に早川は福島正実『未踏の時代』など過去に活躍した方々のテキストが読めるので彼らの作った路線の上にいる意識は強いですね。そのうえで、私は『SFマガジン』で百合特集を組むなど、SFを外へと広げていく取り組みも進めています。

もっとも、自分の意図だけではなく読み手からの反響がないと作り続けられませんし、百合とSFを組み合わせて売り出すということは、双方のジャンルの歴史と、読者からの期待を背負うことになります。編集者としては緊張感とやりがいがありますね。

多極化する海外SF

小浜

海外SFを見てみると、2019年から引き続き中国SFブームが起きていますが、まったく新しい潮流というよりはジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』のような位置を占めるであろう作品として『三体』はあるのだと思っています。ケレン味のある昔ながらのSFというか。

日本で高度経済成長期にSFが盛り上がったように、中国では今世紀に入ってSFが盛り上がっている。

溝口

著者の劉慈欣は小松左京を読んで育ったと言っていますよね。早川からも最近は『三体Ⅱ 黒暗森林』や陳楸帆『荒潮』が刊行されています。

水上

『三体』は話題になりましたが、一方で創元さんが2020年に出したN・K・ジェミシン『第五の季節』は受賞歴もすごいし世界的にも評価されているのに、日本では『三体』ほど話題にはなっていない。

あの作品はアメリカの人々にものすごく刺さるし最先端の作家でもあるけれど、文化の違いが大きいのかもしれません。

小浜

SFに限ったことではないけど、文化的には分断が起きて局地化しているのかなと。

水上

日本の人々からすると、中国や韓国のSFならそこまで構えずに読めるけど、アメリカのいまのSFを読むにはさまざまな前提知識が求められる気がします。
しかもSFは設定や世界観が複雑だからさらに負荷がかかる。『82年生まれ、キム・ジヨン』を読むように『第五の季節』は読めないというか。

うちから出したイアン・ワトスンの『オルガスマシン』は現代ではフェミニズムの文脈から捉えられるかもしれない。時代が変わると作品の見え方も変わってくるのは面白いですね。

『三体Ⅱ 黒暗森林』劉慈欣/著
世界を席捲し日本でも13万部を突破した『三体』待望の第2章。「三体文明」と地球との全面対決がいよいよ始まる。上下巻。大森望、立原透耶、上原かおり、泊功/訳。早川書房/各¥1700
『荒潮』陳楸帆/著
中国新世代SF作家を代表する著者が描き出す、各国から輸入された電子廃棄物を資源とするシリコン島の環境再生計画。『三体』の劉慈欣も激賞。中原尚哉/訳。早川書房/¥1800
『第五の季節』N・K・ジェミシン/著
数百年ごとに「第五の季節」と呼ばれる天変地異が勃発する大陸で、新たな季節が始まる。3年連続で3部作すべてがヒューゴー賞受賞。小野田和子/訳。創元SF文庫/¥1500
『オルガスマシン』イアン・ワトスン/著
男たちの妄想と欲望が具現化されたカスタムメイド・ガールたち。男による男のための世界で運命に翻弄され絶望した彼女たちが、いままさに蜂起する。大島豊/訳。竹書房文庫/¥1000

profile

溝口力丸(編集者)

みぞぐち・りきまる/2014年から『SFマガジン』編集部所属。担当書籍に宮澤伊織『裏世界ピクニック』など。

profile

小浜徹也(編集者)

こはま・てつや/1986年東京創元社入社。近年は創元SF短編賞出身者の作品や翻訳作品の新版・新訳版担当。

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水上志郎(編集者)

みずかみ・しろう/2008年頃、竹書房へ入社。『寄港地のない船』刊行を皮切りにSFを出し始める。

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