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「まっさらな気持ちで映画館で観てほしい」山内マリコが激賞した『コーダ あいのうた』

  • 2022.2.8
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人生の格闘の機微一切を、守護霊として見守る心地。

『コーダあいのうた』

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©︎2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS 家族の危機に際し、音楽を志すルビーは岐路に立つ。『エール!』を下敷きに、才ある監督が別物へと深化。ジョニ・ミッチェルに着眼した選曲にも惚れぼれ。

できれば予備知識なしで映画館の椅子に座ってほしい。ここから先を読むのはやめて、とにかく映画館へ。わたしはそうだった。この映画がどんなストーリーなのか、誰が出ているのかも知らずに観た。これはそういう出会いがふさわしい、“無名”のまま見るべき映画なのだ。

早朝から漁船に乗り込み、大声で歌いながら魚を選り分ける高校生のルビー。黙々と働く父。兄とガサツにじゃれ合う姿はとても仲良さげで微笑ましい。陸に戻ると彼女は漁協の人と水揚げしたばかりの魚の値段交渉をする。本来なら父の仕事だろう。しかし、他者とのコミュニケーションはすべて彼女が担っている。彼女以外の家族は全員、耳が聞こえないのだ。

ハンディキャップのある家族をずっと支えてきた女の子の物語だが、同時に、その役割からの解放を描く。愛情が鎖になってがんじがらめになっている女性は多い。誰かのサポートが存在意義になっている人も。ともすれば女性は生まれた瞬間から、その役目を期待される。けれど、彼女が跳びたいと言ったら?

ルビーの手話があまりに堂に入っているから、素晴らしい歌声を響かせるから、本人が本人役を演じていると言われても信じたかも。実際に耳の聞こえない俳優が演じている父・母・兄もみな真実味のある存在感で、フィクションを超えたなにかがある。彼女の 悩は本物で、喜びも本物。人生と格闘する彼女の、機微のすべてが伝わってくるから、観ている間ずっとルビーのことを、守護霊みたいな気持ちで見守っていた。守護霊か、もしくはフェアリーゴッドマザーか。

こういうことは滅多にない。だから、できればなにも読まなかったことにして、映画館へ。ラベリングされてしまう前に、どうか、まっさらな気持ちで。

『コーダあいのうた』監督・脚本/シアン・ヘダー出演/エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン2021年、アメリカ・フランス・カナダ映画112分配給/ギャガ1月21日より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開https://gaga.ne.jp/coda新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

文:山内マリコ/作家富山県生まれ。2012年、『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫)でデビュー。『あのこは貴族』(集英社文庫)が21年に映画化された。今年5月に4年ぶりの新作小説『一心同体だった』(光文社刊)が発売予定。

*「フィガロジャポン」2022年3月号より抜粋

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