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『メタルギア』生みの親・小島秀夫が明かす、3つのターニングポイントとは

  • 2022.2.6
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『メタルギア』で、攻撃よりも隠れて行動することに基軸を置いたステルスゲームを確立。『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』では、人との緩やかな繋がりを感じられる世界を描くなど、常に新しいゲームを作り、世界中の注目を集め、プレイヤーを魅了する小島秀夫監督。意外なことに、ゲーム業界へと足を踏み入れたのは「夢破れた結果でした」と話す。

「美術に明るい家庭で育ち、もともと絵や彫刻が好きでした。毎年のように市のコンクールで賞をとり、叔母は画家で、子どもの頃からそういう仕事をしたいという気持ちがありました。妄想癖があり、物語もよく空想していましたね。それが、中学2年生の時に突然、父が亡くなり、美大に行く夢が閉ざされ、就職の堅い経済学部に進学することに。友だちはいましたが、自分の夢を語れる相手はいなかった。父母親戚が薬関係の仕事をしていたので、そうした企業の内定はもらっていたものの、行くつもりはなく。そんな時にファミコンが登場したんです。当時のゲームは物語がなく撃ち合いをするだけとシンプルでしたが、何十年後かにはすごい娯楽になると直感でわかり、可能性を感じて飛び込みました。周りには止められましたけど(笑)。ゲームの黎明期、市民権はなかったけれど、だからこそ僕でも入れたんだと思います」

そして1986年、コナミに入社。

「そこには、元バンドマンやグラフィックデザイナーになれなかった人など、同じように夢破れた人たちがたくさんいて、すごく楽しかったんです。物創りが命という人たちばかりで、人生で初めて話が合うという経験をしました」

これまでを振り返り、思い出されるのは、3つのターニングポイント。

「1つは、きつかった入社1年目。当時の彼女に振られ(笑)、“仕事があるからええわ!”と思っていた数日後に、新人ばかりで作ったゲームがボツになったんです。そうして心が折れているドン底の時に作っていたのが、『メタルギア』です。『メタルギア』がヒットしてからは、協力してくれる人も増え、すごくやりやすくなりましたよ。評価は大事で、僕が“この指止まれ”をした時に、“この人と一緒にやったほうが得だ”と思ってもらえるかどうか。誰にも生活がありますから。ただ、そういう人は、自分で指を上げることはないんですよね。2つ目はプレイステーションの登場です。ゲームのイメージが大きく変わりました。開発者がクリエイターという肩書になり、『パラッパラッパー』など現役のミュージシャンやアーティストが携わり、そこからゲームがサブカルチャーになったんです。ソニーという、それまでゲームを作っていない企業の血が入ったことが大きいです。そして3つ目は独立し、コジマプロダクションを設立したこと。結果論ですが、自身のブランドであり、社員もいますから、失敗できないじゃないですか。それまで物創りで不安になることはなかったですが、独立後は立ち止まって後ろを振り向くようになり、自分でも驚きました」

大事にしているのは、真摯な気持ちで作ること、そして、人の記憶と歴史に残る作品を目指すこと。

「ゲームは、その人の人生の何%かを奪い、変な方向へとレールを敷いてしまうことがあります。だから、ただ時間を忘れさせるだけでなく、負の道には引きずり込まないよう、慎重に、一生懸命作るようにしています。あと、難しいですが、とんがりつつも、楽しんでプレイしてもらえて、収益的には赤にならず、歴史に残る作品。同業者とアーティストに褒めてもらえ、ユーザーにとって消費するのではなく、体の中に溜まるエンタメになることを狙っています。『デス・ストランディング』も売れましたが、空前の大ヒットではない。それも最初からわかっていました。売れている既存の作品のセオリーに従い、少し内容を変えた方が売れますが、それは僕の役割ではないので。

人は、新しいものに対して最初は拒絶反応を起こし、呑み込みづらいけれど、結果、一生モノになったり、人生を変えることがあります。でも、本当に受け入れられないと歴史に残らないし、次の作品を繋げることはできません。“なんだこの味!”と言いながらもまた食べたくなる料理のような、映画監督でいうとデヴィッド・リンチとジェームズ・キャメロンの間あたりのポジションを狙っています(笑)。幸い、僕は周りから“クリエイターとしてまだイケる!”と言われているので、大丈夫かなと。職業監督みたいな存在にはなりたくないんです。自分で言うのはカッコ悪いですが、最近、『メタルギアソリッド』をプレイした人が監督や俳優、アーティストになり、ファンでしたと言ってくださることもあって。すると、仕事がやりやすいんですよね。『デス・ストランディング』をプレイした人が10年後、どんなゲームを作るのかということも楽しみだし、それまでに僕は死んでいるかもしれませんが、いま種をまくだけまいておきたいと思っています」

こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。コジマプロダクション代表。’87年に初監督作『メタルギア』でデビュー。『創作する遺伝子 ―僕が愛したMEMEたち―』(新潮文庫)など、著作も多く手がけている。
「パイロンチェア」¥858,000 「メルトLEDシャンデリア」スモール¥814,000(共にTom Dixon/TOM DIXON SHOP TEL:03・5778・3282) 「リップルズ」カーペット¥515,900(moooi/トーヨーキッチンスタイル TEL:03・3400・1040)

※『anan』2022年2月9日号より。写真・内田紘倫(The VOICE) プロップスタイリスト・長山智美 ヘア&メイク・青木理恵 取材、文・重信 綾

(by anan編集部)

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