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レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.4】

  • 2022.2.7

 

レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.4】
出典 FUDGE.jp

 

洋服を着替えるように、インテリアを変えるように、
気軽に自由に、アートを飾るのはどうだろう。

アート一枚で部屋の雰囲気はガラリと変わるし、
さらにその絵に〈物語〉があれば、いつもの空間がもっと素敵になる。

 

あなたの部屋に飾るとっておきの一枚を、
その絵からインスピレーションを受けて生まれたショートストーリーを添えて。

 

◆今日の一枚:レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』

レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.4】
出典 FUDGE.jp

 

 

チョコレートと甥っ子

 

冷え切った足先は履きなれないブーツでさらに締め付けられてもう限界だった。

ニュースによると今冬いちばんの寒波が街を覆っているらしい。そんな日にスカートなんか履いて、我ながらばかげている。

 

玄関を開けて家に入ると、ブーツを乱暴に脱ぎ捨てた。

ヘビの抜け殻のようになったブーツの横に、靴が二足揃えられている。暖かそうなファーが内側についた歩きやすそうなモカシンと、ちんまりとした青色のスニーカー。

「あきー、お姉ちゃんとユウくん来てるよー」

母の声がリビングから聞こえてきたが、私は顔を出さずにそのまま自分の部屋がある2階へと上がった。

 

コートを脱ぎ、トートバッグをベッドの上に放ると、長方形の小さな箱がバッグの口から飛び出して転がった。

淡いピンク色の包装紙に、赤色のリボン。

いかにも本命チョコですって感じが、こうして見るとなんとも痛々しい。

 

渡せなくてよかった。

頭の中で、あえて言葉にしてみる。

 

ちょっと仲がいいからって。数回、二人で出かけたからって。よく目があうからって。

いったい自分は何を期待していたんだろう。

しかも2月14日に告白しようなんて、どこまでも単純な自分の思考回路にため息が出る。

 

コンコン。

部屋のドアがノックされて、小さく開いた。甥っ子のユウくんが顔を出す。

顔を両手でこすり、わたしは急いで笑顔をつくった。

「ユウくん、どうした」

ユウくんは少し照れたように言った。

「たまにはあきちゃんとも遊んであげようと思って」

小学二年生らしい無邪気さでニッと笑うと、下の歯が2本なくて小さな隙間ができている。

「いいよ、おいで」

そう言うと、ユウくんは嬉しそうに部屋に入ってきて、ベッドの上に飛び乗った。

 

「あ、チョコレート」

ユウくんが箱を拾い上げ、目をきらきらさせて言った。

「それ、あげる」

「え、いいの?」

「うん、全部食べていいよ」

ユウくんは早速リボンをほどき、包装を勢いよく破って箱を開けた。

 

そこには丸いチョコレートが6つ、未知の惑星のような輝きを放ちながら整然と並んでいた。

ユウくんはそれを小さな指でつまみ上げ、一粒口に放り込む。

「少しお酒入ってるけど、大丈夫?」

ユウくんは歯の生えそろっていない、幼い笑顔で言った。

「ちょっと苦い。でも、ちゃんと甘いよ」

 

一粒500円ほどの高級チョコレートをぱくぱくと食べるユウくんを眺めながら考える。

 

この子もいつか恋をするんだろうか。

その人を見つけるときだけ急に視力がよくなったり、会う前日には必ず前髪を切りすぎてしまうような。

知らなかったバンドの曲を永遠にリピートしたり、ぼんやりして駅を2つも乗り過ごしたり。

朝、自分ではなくあの人の運勢ばかりが気になる星座占い。

本屋の棚に並ぶ背表紙にその人の名前の漢字だけがやたらと浮かんで見える不思議。

 

その人がいるだけで、季節は巡り、この世界の匂いが変わったりするような。

そんな恋を、いつかこの子もするんだろうか。

 

「やっぱり私も」

箱に残っていた最後の1粒をつまんで、わたしも頬張る。

ユウくんの言うとおり、たしかに苦い。でも、ちゃんと甘かった。

 

レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.4】
出典 FUDGE.jp

 

レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.4】
出典 FUDGE.jp
レイモン・サヴィニャック『ショコラ・トブレー』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.4】
出典 FUDGE.jp

カトートシ

1991年生まれ

大学時代は文学批評を専攻。

書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、

2018年よりカトートシとして活動を開始。

現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。

カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

Instagram:@toshi_kato_z

 

 

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