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岸井ゆきの×高橋一生『恋せぬふたり』で出会う「アロマンティック・アセクシュアル」とは?

  • 2022.1.17
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岸井ゆきのと高橋一生のダブル主演ドラマ『恋せぬふたり』(NHK総合)が2022年1月10日(月)スタート(全8回)。恋愛もセックスもしたくない男女の出会いを描く1話を振り返りながら、ドラマのキーワードとなる「アロマンティック・アセクシュアル」を解説します。

1月10日(月)、よるドラ『恋せぬふたり』(NHK総合)の放送がスタートした。ついに、と言うべきか、ようやく、と言うべきか。日本ではほぼ初めてとなる「アロマンティック」「アセクシュアル」の男女が主人公のドラマが始まった。

ダブル主演の今作。周囲のひとたちと同じように恋愛ができず悩む会社員・兒玉咲子(こだま・さくこ)を岸井ゆきのが演じる。もうひとりの主人公、スーパーの青果部門で働きながら匿名でアロマンティック・アセクシュアルに関するブログを書いている高橋羽(たかはし・さとる)を、高橋一生が演じている。

脚本を担当するのは吉田恵里香。男性同士の恋愛を丹念に描いて大きな話題となり、ギャラクシー賞月間賞を受賞したBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系/2020年)を手掛けた。女性ファンだけでなく当事者をも楽しませエンパワーメントしたという通称「チェリまほ」の脚本家。期待が高まる。

固定観念を覆す高橋一生

咲子は悩んでいる。男女ペアをすぐに恋愛に繋げたがる短絡的な男性上司。サポートしたら自分に恋愛感情が向いていると思い込んでしまった後輩男性。孫を産んでほしいと願っている母親。恋人ができると離れていってしまう女友だち。誰かを恋愛的に好きになる気持ちを感じられない咲子は、恋愛を当たり前とした周囲の人々との関係にしんどさを感じている。

「恋しない人間なんて、いないもんね」
「仕事一本じゃなく恋愛もな。そういう経験が商品開発に生きて、ひとを成長させるわけよ」
「咲子ってやっぱあれだよね。恋愛関係苦手っていうか」
「お母さんも言ってたよね。咲子には早く男孫産んでもらわないとなあ、って」

恋をしないで生きてきた咲子に投げかけられる言葉たちは、咲子に大きなプレッシャーをかけ、また彼女が人間ではないかのように存在を否定していく。

そんななかで出会ったのが、羽だった。咲子と羽の出会いは、スーパーで床に落ちたキャベツを拾おうとして互いの手が触れ合うシーンではじまる。触れ合った手に驚き、またキャベツを落としてしまう。まるで、ここからふたりの恋愛がはじまるかのような演出。
けれど、羽は梯子を外すように言い放つ。

「あ、あと、いると思いますよ。恋しない人間」

職場のひとたちには隠しているけれど、羽はまさに「恋しない人間」だった。「アロマンティック」「アセクシュアル」という指向を自認している性的マイノリティだ。そして、周囲と上手くやっていけない自分に悩んだ咲子は、羽が匿名で書いているブログ「羽色キャベツのアロマ日記」に出会う。そのブログを通して、自分は「アロマンティック」や「アセクシュアル」なのではないか、と自問していく。

アロマンティック・アセクシュアルとは?

咲子が初めて「アロマンティック・アセクシュアル」を知る場面で、きちんと用語の説明が入る。

「アセクシュアルとは性的指向の一つで、他者に性的に惹かれない人のことをいいます」
「アロマンティックとは恋愛的指向の一つで、他者に恋愛感情を抱かない人のことをいいます」

ただ、書籍『13歳から知っておきたいLGBT+』(アシュリー・マーデル著、須川綾子訳/ダイヤモンド社)によると、その定義も絶対ではないようだ。「本人がその呼び方をアイデンティティとしている」という場合にはじめて、その名称を使う主義のひともいるし、他者に性的にも恋愛的にも惹かれないけれど、この名称でラベリングされたくないというひともいて複雑だ。このドラマでは、アロマンティック・アセクシュアル考証として3人の識者が参加している。最も一般的で簡単な解説を、最低限の言葉で伝えてくれたのだろう。

本作の公式サイトのによると、2019年におこなわれた「大阪市民調査」では、アセクシュアルを自認しているひとは人口のうち0.8%だったという。これはあくまで羽のように自分のセクシュアリティを自認しているひとの割合だ。咲子のように自分のセクシュアリティが決められずにいるひと、そういった概念に出会っていないひとなどを含めると、アセクシュアルの割合はもっと多いのかもしれない。

アロマンティック・アセクシュアル、略してアロマ・アセクの自認がなく、恋愛するのが当たり前という社会の空気に違和感を覚えずに生きている、わたしたちにとって、アロマ・アセクとの出会いは驚きかもしれない。

わたしはドラマを見るよりもだいぶ前にこの言葉と出会っていた。そのとき、いままで自分が誰かに言った言葉が、もしかして無自覚に傷つけるものだったかもしれないという可能性にドキリとした。たとえば「いま、好きなひといないの?」「あなたはすてきだから、すぐに恋人ができるよ」なんて良かれと思って言ったかもしれない。振り返れば、本当にいい意味で受け取られていたかどうかわからない。

そんな言葉に苦しんでいたのがまさに咲子だ。「羽色キャベツのアロマ日記」を書いているのが羽だと知った咲子は、羽に自分のつらさと彼への感謝を吐露する。

「『付き合えばわかるよ』『好きなひとに出会えばわかるよ』『大人になればわかるよ』……みんなはそう言うけど、でもやっぱりなんか上手くいかなくて。なんか欠けてるのかな、ひととして、とか思ってて。だから、だから『アロマンティック・アセクシュアル』という言葉に、いや、高橋さんの言葉にすごく救われたんです」

高橋一生と岸井ゆきののデコボコな空気感

咲子が「アロマ・アセク」という言葉と出会う場面の、光の演出が美しい。自分のせいで何もかも上手くいかないのではないかと悩んだ咲子は、スマートフォンで検索バーに「恋愛 しない わからない おかしい」と入力する。明かりの少ない暗い公園で、その検索結果はポッと光る。そして「アロマ・アセク」の概念に辿り着いたとき、その検索バーと検索結果の画面の光が咲子の顔を優しく照らしているのだ。

また、小道具にも注目したい。友人の千鶴(小島藤子)とルームシェアをするために、咲子はカラフルなガラスがはめ込まれたモロッカン風のライトを購入していた。しかし、千鶴が元恋人とヨリを戻すことになりルームシェアの話はなくなり、千鶴も咲子の元を去ってしまう。未来のために気に入って手に入れたライトは、無意味なものになってしまった。

その後、咲子が羽の家に行ったとき、そこにはカラフルなステンドグラスの卓上ライトが置いてあった。咲子のライトとは違い、羽の家のライトはすでに明るく灯っている。性的マイノリティのうち「LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)」の活動の象徴として虹色のフラッグが掲げられる。咲子と羽のカラフルなライトは、虹色とはまた違った色合いでふたりのいる空間を照らしていた。

この先、咲子のライトがいつ光を宿すのか。そんな演出も気にかけながら、ドラマを追っていきたい。

本作の公式サイトを見ると、「ラブではないコメディ」とのコピーが書いてある。鬱屈しつつも時折スルリとひとの心に入ってくる高橋一生の演技と、魅力的なものに出会うと素直に「すてき!」と笑って言える岸井ゆきのの笑顔の対比、そしてまだちぐはぐなふたりの空気感が、すでに作品の楽しさをつくり出している。

「アロマ・アセク」を知らなかったひとや学びの途中のひとにとっては、楽しみながら知識を得たり自分を振り返ったりするきっかけとなり、当事者にとっては安らぎやエンパワーメントとなる。そんな作品になることが期待できる、いま見逃したくないドラマである。

■むらたえりかのプロフィール
ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。

■まつもとりえこのプロフィール
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。

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