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彼は「友だち?」「恋人?」【ひとみしょうのお悩み解決】

  • 2022.1.8

“【お便り募集】文筆家ひとみしょう お悩み解決” に送っていただいたお便りの中から、お悩みをひとつピックアップしてひとみしょうさんがお答えします。

「natureさん38歳女性」のお悩み

初めまして。いつも読ませていただいています。

最近、価値観や趣味、仕事への姿勢がぴったり合い、一緒にいてすごく楽な彼ができました。もう長年連れ添ったような安定感です。でも、どこか彼氏ではなく、友達と感じてしまうところがあり、自分の気持ちに戸惑っています。

彼は結婚したがっていますが、私はこのままでいいかな。大事な人だけど、それ以上になれないかな。と感じています。

私達のこれからってどうしたらいいのでしょうか?

〜ひとみしょうのお悩み解決コラム〜

natureさんが友だちだと思うのであれば、彼は恋人ではなく友だちです。なので、これからどうしたらいいのでしょうか?の答えは、友だちとしてこれからも仲良くする、です。

恋愛の大原則は「女性が決定権をにぎっている」

まず、恋愛における絶対的な法則として、「女性が相手のことを友だちと思えば、それは友だちであり、そこから先は行き止まりだ」というものがあります。世の中、男尊女卑とかなんとか言われていますが、もうこれは絶対的な法則です。女性「が」どう思うのか、が「すべて」であって、男が相手の女性のことをどう思っているかなんて関係ないのです。

このことは、女性の特性と言いましょうか、なんと言いましょうか、なんかそういうものが影響しているのではないかと思います。

男って、若い頃から、そういった女性の特性に悩まされてきたのです。きっとnatureさんのお相手も同じでしょう。

女子が「あなたは友だち」と言えば、そこで終わりなんです。「その先」には絶対に行けないのです。類型的なことに「あなたはいい人」という言い方があります。女性に「あなたはいい人」と言われたら、男はもう終わりなんです。絶望するしかないのです。恋愛の残酷なところです。

まあ、ぼくも若い頃は、この「恋愛の大原則」によく泣かされたものです。

「人として相性が合う」ことについて

別の答え。

ソウルメイトなんていう大げさな言い方をときどきネットの恋愛コラムでする人がいますが、そういうのはたいていの場合「人として相性が合う」ことを意味します。

なので、natureさんと彼はきっと、人として相性がいいのだろうと思います。

人間性が似ているのか、「善い」と思うことの基準がどことなく似ているのか、もっと大きく言えば、人生観が似ているのか、といったところではないでしょうか。

そういうふたりは、付き合わなくても、互いに相手のことが気になるものです。別々の場所でそれぞれのことをやっていても「彼(彼女)は元気にしてるかなあ」などと、ふと思ったりするのです。

それを恋愛というのでは?と思うかもしれませんが、でもそれは「人として理解しあえる相手だ」ということで、まあ、それ以上でもそれ以下でもないケースがほとんどではないかと思います。

そういうふたりが実際に付き合ったら「なんか思ってた人とちがう」とかなんとか思ったりして、あまりうまくいかなかったりします。

しかし、この「人として」というのはものすごく大切ですから、彼のことを「人として=友だちとして」大切になさるといいと思います。

魂の友だち

まれなケースとして、本当に「ソウルメイト」であるということがあります。

ソウルメイトという言葉じたいが最近使われすぎて「軽く」なっているので、ここではあえて「魂の友だち」と呼びます。

その昔、かれこれ2000年以上前に、古代ギリシャ人が「魂の友だち」について語りました。

大昔(古代ギリシャ・ローマ時代よりもっと前の神話の世界のような時代)において、男と女は「男女(おとこおんな)」というひとつの生き物だった、と、その神話(?)は言います。

それが、神様の都合によって、男と女に分断され、男は「自分の半身である」女を探し求めるようになります。女も「自分の半身である」男を探し求めるようになります。

運よく自分の半身と出会えたふたりは喜悦し、愛し合います。しかしそれは、性的な愛し合い方ではなく、「旧知の友のような」愛し合い方をします。というのが、話の大筋です(アリストファネスという人の話で、それを聞いたプラトンが『饗宴』に書いています)。

そのことをうまく物語化したのが、新海誠監督の「秒速5センチメートル」だとぼくは考えています。タカキとアカリは、じつは「本当の」魂の友だちだった。しかし、親の転勤で離れ離れになった……というような。

「秒速5センチメートル」

その「秒速~」における話のポイントは「永遠」です。

アカリと出会ったことによって、永遠としか呼びようのない気持ちを抱いたタカキは、その後大変な人生を歩みます。が、ある日ある時「ああ、こういうことだったのか」と、どことなく納得します。

つまり、「魂の友だち」とは、男女それぞれがもつ「永遠」が似ている、というふうに言い換えることができます。

永遠というのは、簡単に言えば、生と死に関する問題のこと(一生答えが出ない問題のこと)です。私はなぜ生まれてきたのだろう(生まれてこなかった方がよかったのではないか)、とか。なぜ死んではいけないのだろう(こんなにつらいのなら死んだ方がマシではないか)、とか。

そういった気持ちを、おそらく誰しも抱いている(抱いたことがある)と思います。

が、その問いに答えを出せないまま(あるいは問いを見ないようにして)生きているはずです。

その「見ないようにしているもの」が、あるとき、ある人との出会いによって表面化してきます。なぜなら、その人と一緒にいると問いの答えが出そうな気がするからです。あるいは答えを得た気になるからです。

そういった「魂の友だち」と出会えた人は、本当に幸せです。

natureさんと彼との関係は、単に「人として相性が合う」だけなのか、「魂の友だち」なのか、よく考えてみることで「いいこと」が起こるように思います。

(ひとみしょう/作家・キルケゴール協会会員)

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