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新宿の喧騒を外れた場所に建つお屋敷建築「小笠原伯爵邸」:東京ケンチク物語 vol.29

  • 2022.1.8

今回の目的地は、100年近い歴史をもつ大邸宅。 隅々まで美しい空間に耳を澄ませると、 ここで紡がれたいくつもの物語が聞こえてくるようです。

小笠原伯爵邸
OGASAWARA HAKUSHAKUTEI

小鳥のさえずりが聞こえる、オリーブの巨木が植わった庭。凝ったステンドグラスをはめ込んだ窓越しの光が、彩り豊かな影を落とすラウンジの窓辺。踏めばきしりきしりと微かな音を立てる、飴色のフローリング……。身を置くと現実が遠ざかり、時間がゆっくりと流れ始める。「小笠原伯爵邸」は、なかなかほっとできない今だからこそ、散歩の目的地リストに加えたい場所。新宿の喧騒を外れた辺り、若松河田の駅からすぐの場所に建つお屋敷建築だ。

こちらの建物、完成は昭和の初めの1927年。小倉藩の藩主だった小笠原家の、30代当主・小笠原長幹伯爵が、旧小倉藩の江戸の下屋敷があった土地に建てた本邸だ。設計は曾禰達蔵と中條精一郎による曾禰中條建築事務所。辰野金吾とともにジョサイア・コンドルに師事した曾禰は、日本人建築家の〝第一期生〟といえる存在。その曾禰と、後輩でイギリス留学帰りの中條で明治の末に設立した曾禰中條建築事務所は、戦前は日本最大の設計事務所だったともいわれ、各地で実績を残した。都内で現存するところでは「慶應義塾図書館旧館」も彼らの作だ。

芸術に造詣が深く、海外経験も豊富だった小笠原長幹。そのお屋敷には彼自身の趣向と、日本近代建築の初期を担った建築家2人の手腕が存分に発揮されている。中庭のあるロの字型のプランや、ざらざらしたテクスチャーのクリーム色の外壁と緑色のスペイン瓦、窓には鉄格子の飾りといった要素は典型的な〝スパニッシュ様式〟と呼ばれるスタイル。そのどっしりとした骨組みの中、繊細なディテールが光る。ステンドグラスや外壁のタイルなどを、当時の優れた芸術家がつくったほか、家具や壁の小さな装飾ひとつに至るまで注意深く、美しく仕上げた。

圧巻は庭に張り出した円形の「喫煙室」。大理石がアラベスクを描く床や柱、細かいレリーフを施した壁や扉……。大胆な色使いにも息を呑むイスラム風のしつらえで、着飾って伯爵を訪ねる人々で賑わったであろう往時を思ううち、すいっとタイムスリップしてしまう。こちらのお屋敷、一時は取り壊しの危機もあったが、意志ある人々に巡り合って復元され、現在はレストラン&カフェに。真の優雅さを今に伝える場所として、愛されながらここに建つ。

GINZA2021年10月号掲載

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