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キスどころじゃない観覧車【彼氏の顔が覚えられません 第40話】

  • 2015.8.13
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カモメが飛ぶよりも高い位置から、きらめく夜の横浜を見下ろしている。恋人ではない、マナミと二人。

トイレから戻ったら言うべき言葉があったハズだった。けれど俺が声をかけるより早く、「大観覧車乗りたい」と言い張るマナミに従わざるを得なかった。

キスどころじゃない観覧車【彼氏の顔が覚えられません 第40話】

(c) jedi-master - Fotolia.com

全長112.5メートル。そのてっぺんまでもうすぐだ。年頃の男女が乗って、そこですることと言えば…まさかな、と思いながら、なぜか俺の胸の鼓動は少しずつ高鳴りを始めている。

窓に顔を付け、「うわー、きれー」なんてさっきからはしゃいでいるマナミ。ふと、大人しく座っている俺を振り返って言った。

「ねぇ、タニムラくんの隣に座っていい?」

「えっ」

いいよ、とも、ダメだとも返事をしないうちに、マナミは俺の隣にどすっと腰を降ろす。瞬間、ぐらんとゴンドラが揺れる。

「ひっ」

悲鳴が漏れた。「ん?」と不思議そうな顔で俺を見ているマナミ。それで俺は感じる。この胸の高鳴りは…マナミと密室にふたりきりでいることが原因ではないのでは、と。ひょっとして、怖いのだろうか…この高さが。

「ねえ、タニムラく…ううん、カズヤ」

マナミが、俺の耳元でささやく。片方の手を、そっと俺の心臓のあたりに添えながら。

「キス、しよ」

ドクッ、ドクッ、ドクッ…心拍数が上がる。

「は? キス!? おま…なに言ってんだよ…」

「やだ…かわいい。取り乱しちゃって。体は、正直に求めてるクセに…」

恐らく俺の心拍数を確かめながら言っているのだろう。けど、違う。そうじゃないんだ――あ、一つ先の観覧車が、ほぼ同じ高さに…きた、頂上だ!

近づいてきたマナミの唇から、とっさに片方の掌で自分の唇をかばう。もう片方の手は、観覧車の手すりをぎゅっとつかんでいる。

「…なんで」

マナミが俺をにらみながら言う。俺の胸に添えられた手に、ぎゅっと力がこめられる。

「なんで…なんで!? 私、こんなにカズヤのこと想ってるのに…まだ、イズミのことがスキなの!?」

胸ぐらをつかまれ、体を揺さぶられる。それに合わせ、ゴンドラも揺れる。ちょうど、降下を始めようとしているところ。血の気がさぁっと引いていく…や、やめてくれ…。

しかし唇をふさぐ俺の手を引きはがそうとするマナミ。そんなに既成事実がつくりたいのか…揺れるゴンドラの恐怖に震えながらも、何とかそれだけは免れねばと抵抗を続ける。

と、急にマナミの手が止まる。「…もしかして、イヤだった…?」俺の目を見ながら。きっと、伝わってしまったのだろう。高さへの恐怖に怯える俺の気持ちが…。

「そんなに、私のことがイヤだったのね!」

…あ、そういう意味に――。

パンッ。

快い音がゴンドラ内に響く。やはり弁解する間もなかったが、したとしても無駄だったかもしれない。続いて彼女の足が伸び、俺のスネを蹴った。何度も何度も。手も、また出た。今度はグーで頬をなぐり、胸を殴り、腹をなぐった。女の力と言えるような打撃ではない、重みがあった。全体重をかけてきてるような。拍子に、俺の口の中も切れたようだ。

しかしその痛みよりも、暴行を加えられる度にゴンドラが揺れる恐怖の方が俺にはつらかった。もはや唇をかばう必要もない手も手すりに回し、じっとしがみついていた。

ゴンドラの回転が残り45°を残すのみになったころだろうか、マナミの攻撃は止んだ。俺にそっぽを向き、黙って下界を見下ろし続けていた。もうすぐ終わる。夢の時間が――いや、悪夢か。

ゴンドラが地上に帰ってきて扉が開いた瞬間、俺は外へ転がるようにして出た。続いてマナミも降りたが、その場にへたり込む俺には目もくれず、スタスタと通り過ぎていった。

観覧車のスタッフが俺の肩に触れ、「大丈夫ですか? 具合でも…」と声をかける。しかし俺が彼と目を合わすと、すべてを察してくれたようだ。

殴られて、腫れた頬を見て。

「あ…フラれちゃいましたか…」

…まぁ、そう見えるだろうな…と言うか、実際そうだ。

結局、マナミに言うべきことは言えなかったものの、気持ちはぜんぶ伝わってしまったようだ。結果オーライ。俺が、ダサイ姿になってしまったこともふくめて。

自業自得、ってやつか…。

口の中に広がる血の味は、ただただ苦かった。

(つづく)

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(平原 学)

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