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女性の「貧困元年」から37年。シンママはいつになったら報われるのか?

  • 2022.1.4

コロナ禍で非正規雇用の雇止めや失職が相次ぎ、生活苦に陥る女性たちが急増。とりわけ母子家庭の困窮が深刻化している。二人に一人のシングルマザーが「貧困」を訴えているという事態も浮き彫りになった。

本書、『シングルマザー、その後』(集英社新書)の始まりは、さらに2017年夏にさかのぼる。著者であるノンフィクション作家の黒川祥子さんは、シングルマザーの調査研究を手がける社会学者の神原文子さんを取材。そこで神原さんから発せられた問いがあった。

「女性の貧困元年っていつだと思います?」

あまりに突拍子もない問いに混乱し、教えてほしいと頼むと、神原さんはこう答えた。「1985年です」と。

1985年といえば、男女雇用機会均等法が成立し、働く女性たちには「男女平等」という追い風が吹いた年である。それがなぜ、「女性の貧困元年」だったのか......。その陰には用意周到に仕組まれた制度があり、隠されたカラクリを明らかにしたいという思いが、本書のテーマに突き進む出発点となったと顧みる。

弁護士事務所からヤクルトレディへ。生活苦にあえいだ

実は黒川さんにも、シングルマザーとして生活苦にあえいだ経験があった。自身にとって「1985年」は、20代半ばで未婚の母になる決意をした年。勤務先の弁護士事務所は退職せざるを得ず、ヤクルトレディとして働きながら一人で子育てをする。その後出会った男性との間に子どもを授かり、事実婚の関係になるが、やがて彼に恋人がいることが発覚。12歳と4歳の2人の息子を連れて別れると、フリーライターの収入と児童扶養手当を得て、3人の生活を支えてきた。

ところが、母子家庭の暮らしに暗雲が垂れ込めたのは、次男が都立高校の入試に失敗し、私立高へ通うようになってからだった。元夫はなぜ都立へ行かせないのかと激怒し、それまで支払っていた養育費も途絶える。長男の大学進学には「国の教育ローン」を借り入れ、学費は奨学金とアルバイトで賄うが、次男の高校卒業後は児童扶養手当もなくなり、教育ローンの借り入れがかさんでいく。返済の負担は大きく、家族の生活も困窮したという。

怠けていたわけでも、遊んでいたわけでもない。

シングルマザーはいかなる日々をどんな思いで送っているのか――。黒川さんは同じ苦しみや傷を抱える女性たちを取材し、6人のシングルマザーの声を克明に綴っている。

その一人は、夫の浮気に振り回されて離婚を決意。小学2年生の長女と4歳の長男を抱えて家を出たが、専業主婦だった女性は正規雇用に就くことも叶わない。ゴルフ場でキャディーとして働き、わずかな養育費と児童扶養手当などで何とか生活していたが、そのうち養育費も滞り、児童扶養手当の支給も無くなると家計は崩壊へ。教育ローンの返済に追われ、カードのキャッシングで補填する綱渡りの日々。ついに自己破産するしかなかった。

子どもへのいじめや母子家庭への非難など、社会からの厳しい風にも晒されながら必死で生きる女性たち。「彼女たちは怠けていたわけでも、遊んでいたわけでもない。爪に火を点すような生活をしながら働き、子どもを育ててきただけだ。なのに、どうして、その後に穏やかな時間が待っていてくれないのだろう」と、黒川さんは考える。次章では、研究者への丹念な取材を通して、「女性の貧困元年は1985年」という理由を解き明かしていく。

「妻の優遇」と「シンママの締め付け」

1985年には男女雇用機会均等法が成立したが、それに先立ち、国民年金における「第3号被保険者」制度が創設された。第3号被保険者とは、いわば会社員や公務員の夫に扶養されている妻のことで、妻たちは自分で保険金を納めなくても年金がもらえるような仕組みができたのだ。80年代には、専業主婦やパート労働を行う妻たちへの優遇策が次々と作られ、その一つが「配偶者特別控除」だった。これらの制度によって、女性は専業主婦か、働いても家計補助的な低賃金のパート労働でいいとされ、「ここに現在の女性の貧困に繋がる要因が、くっきり見える」と指摘する。

一方、1985年には労働者派遣法が制定され、派遣切りや格差拡大を生み出す始まりとなった。さらに児童扶養手当制度が改定され、「母子家庭の生命線」といえる給付が大幅減額された。こうして妻の座にある女性の優遇措置と母子世帯への給付削減を行った1985年が「女性の貧困元年」といわれ、非正規雇用のシングルマザーは困窮を余儀なくされたのだ。

シンママが「明るく元気に」という発想がない日本

黒川さんはさらにシングルマザーの「その後」を追っていく。子どもは自立させたものの、老後の蓄えもなければ、国民年金だけでは暮らせない。宅配便ドライバーを続ける女性、性風俗産業でセックスワーカーとして働く女性は一人きりで生きていく覚悟をしている。離婚後も子どもの不登校、老親の介護など、さらなる困難を抱える人たちもいた。

シングルマザーにはどのような未来があるのか。その答えを模索するなか、終章では世界へ視点を転じていく。フランスではひとり親が特別視されることもなく、子どもと家族に対する支援の制度が充実している。その背景には「子どもは〈社会の子ども〉」という徹底した哲学があり、社会全体で育てるという考え方がある。シングルマザーにとっても、自分の人生を楽しむための支援が手厚いという。また韓国ではひとり親家族への支援と、差別や偏見をなくす教育や啓発に力を入れている。かたや日本の支援策では、シングルマザーが自分に誇りを持って、明るく元気に生きていくという発想はどこにもないのが現状だった。

近年、日本では子どもの貧困も問題となっている。子どもの貧困はすなわち親の貧困に起因するものだ。本書ではシングルマザーの現実から「貧困」を捉え、その理不尽なカラクリを解き明かしているが、それはこの国の福祉や教育の在り方も炙り出すことになった。

女性が「人」として生きられる社会に

コロナ後、目指すべき社会とはどのようなものか、黒川さんはこう述べている。

〈シングルマザーが誇りを持って生きることができる社会、たとえ、ひとり親でも子育てを楽しみ、子どもとのびやかに生きることができる社会こそ、当たり前の社会の姿なのではないだろうか。そして、子育てを終えた後は、自分の人生を楽しめる日々が待っているのだ。
それは、女性が「人」として、生きることができる社会だ。私たち女性はシングルでなくとも、「人」としてこの社会には存在していないわけだから。〉

その思いが込められた本書は、すべての女性たちへ、そして未来を担う子どもたちに託されたバトンでもある。一人でも多くの人に届き、希望の灯につながればと願っている。

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